トラック野郎ゴブリン星 〜魔族はつらいよ〜
「さて、飯も食ったし、休憩終了!東京まであと何キロだ?行くとすっか」
運転席に座りっぱなしで凝りまくった手足を伸ばすと、俺は再びハンドルを握る。
今日の積荷は岡山の桃!初夏の初出荷のこの一品は、世間は皆そう認めるであろう、高級品だ。
高速道路をひた走る俺も、万一にも衝撃によるキズが付いては一大事と、握ったハンドルに力が入る。
向かうは新規一転した「あの」市場。
建設途中はなにやら有害物質が出ただのどうだの、大騒ぎだったなあ…。
ま、俺の故郷の地下ダンジョンに湧く、有毒ガスに比べたらそんなもん、屁のウンディーネってね。
おおっと。
へい、気をつけなオープンカーの兄ちゃんよ。11トンのマシンに張り合おうたあ、良い度胸だ。
だが今回は荒っぽい運転は願い下げだ。
俺は普段から車内でも着用している、帽子と顔の下半分を覆ったバンダナマスクを外し、レイバソのサングラスをずらすと、左ハンドルの運転席に向かって睨みを効かせてやった。
はは。やっこさん、驚いてたな。
そりゃそうだ。緑の肌に耳元まで裂けた口、目玉は血走り黒目は縦長。
所謂、悪鬼の姿だ。
でもまあ、安心しな地獄の鬼ってわけじゃあねえからよ。バチなんか当てねえ。
これに懲りて、あおり運転なんかすんじゃねえぞ。
そう、俺あ人間じゃあない。
こことは違う別の世界からやって来たのさ。
どこかって?そいつあ、お宅のほうが良くご存知だろう?
無事に市場に到着した俺は、シェイプシフター錠を飲み干す。
変身擬態薬ってやつさ。会社のお偉いさんから支給されるんだ。
パッケージの箱には、
『アマテラス製薬』って書いてある。
何かの冗談かと思ってたなあ。この仕事に就くまではさ。
そうこうしてるうちに、薬が効き始めた。
口がもぞもぞとして、牙が引っ込む。
肌がぞわぞわして、肌色に変わった。
バックミラーを覗き込み、変身が終わったのを確認する。
眠たげな目をした、人間ドライバーが一丁上がりって訳だ。
そう、眠い。こいつを服用すると非道く眠くなる。
だから走行中は飲めないし飲まない。
何だか別の例えみたいだな。アルコールっていうのか?エールの類はこの世界じゃ。
まあ、運転手の嗜みだし、常識。
お宅らも見習えよな。
さーて無駄口叩いてないで、納品、納品。
ふぁ〜あ(あくび)おはようございます〜。
無事、積荷を渡し終えた俺は仮眠を取った後、本社のある名古屋に帰社する。
薬の効き目も切れて、目もぱっちりと血走ってる。快調、快調。
知ってるかい?ドライバーの皆さんが仮眠を公園なんかでしてるのの、何割かは俺達と同じ魔族なんだ。だから邪魔しねえ様に頼むぜ。
高速道路を飛ばすこと数時間。無事に本社ビルの駐車場に到着。再び変身薬を服用。
眠さに加えて、頭がズキズキする。つらい所だぜ。
そういや、同僚のくしゃみばっかりしてるやつもそんな事、言ってたなあ。
アレルギーとかいう奴だそうだけど、目に見えないものが体に入り込む、恐ろしい呪いだってな。
人間も辛いね。
報告書を書きに事務所に入った俺に、件の同僚、女性事務員が声を掛けてきた。
「五風さん、社長がお呼びですよ?また何かやらかしたんですか」鼻声だ。
失礼言うぜ。俺みたいな模範的ドライバーに向かって。しかし、嫌な予感がした。
エレベーターで最上階に着くと、社長室のドアをノックする。
「五風 臨、入ります」
「はい、ご苦労さま。まあ、掛けて」妙齢の女性がソファーを薦めてくる。
ここ、『マアト運輸』取締役の女性。人間名は、この際無視しよう。
正体は正義を司る『マアト女神』この世界に派遣された女神の一柱が正体だ。
「単刀直入に言うわね。『上』の方から指示があったわ。転生依頼よ。宜しく頼むわ」
…この世界に赴任してだいぶん立つが…とうとう来たか。
男なら、四の五の言わない。一言、
「承りやした」
あくる日、早朝。
とある都立高校へと続く通学路。まだ人影はまばらだが、朝練ってのか?部活動に向かう学生たち。
嫌なもんだなあ。高校生だぜ?
これから恋して、青春なんかしちゃったりしてさ。
進学したり勤めに出たり。若さゆえの思い上がりも良い。挫折を骨まで味わってよ。
でも生きてるっていいなあ、って感じて。
もう死んでも構わないなんて心の底から思う日がある…。
そんな一人の日常を使命とはいえ、俺は根こそぎ奪わなくちゃならない。
果ては悪鬼羅刹魑魅魍魎の跋扈する世界に叩き込む、と。
何でだ?
俺は自問自答する。
理解ってる。
世界の為さ。
100フィート先の小学生が目配せしてきた。
小学一年生に擬態した、いたずら小鬼レプラコーンの奴だ。
宜しく頼むぜ相棒。ヘマすんなよ。
ターゲットの高校男子が四つ角からパンをくわえて走ってきた。
俺は人間ドライバーの姿なのをルームミラーで確認すると、アクセルを踏みこむ。
レプラコーンの野郎が、小動物を追いかけて飛び出してくる。
男子が気づき、大慌てで飛び出してくる。口は「危ない!」のイ!で固まった。
急ブレーキをかける俺。男子がレプラコーンを突き飛ばし、そして…。
なあ、お宅らさ。
毎度の異世界転生がある度に交通事故が起こりすぎじゃね?って思ってたろ。
結果には原因、要因が必ずある。
送り手が段取りをしてるに決まってる。そして実行するのは俺ら下請けさ。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
パトカーのそれも加わる。
俺は唯一使える魔法『仮死化』を自らに唱える。これで衝撃で気を失った体になる。
最後にチラ、と男子高校生を見る。即死は間違いない。
口から血を吐きながらも笑みが浮かんでいた。
小学生の無事を確認して笑ったのだろう。
立派な勇者にきっとなるぜ、兄ちゃん。
そして俺の意識も遠のいていった。
俺が次に目覚めたのは、どうやら警察病院のベッドの上のようだった。
意識が回復し次第、事情聴取って事だ。
ドアには外から鍵がしてあるだろう。窓枠には鉄格子。
手元を見ると、爪先が本来の鋭い形に戻り始めている。
いけねえ。早いとこ頼んますよ。女神さん…。
室内の監視カメラと目が合った。やべ、気づかれたなこりゃ。
ドンドン、ドンドンと派手なノックの音。
カチャカチャと鍵を探る音もしやがる。
万事休すか?
ピシッと軽い音と共に監視カメラのレンズが砕け、同時に俺の目前に丸い紫色の靄で形作られた魔法陣が出現した。
ありがてえ!躊躇する事なく俺は飛び込む。
次元を飛び越えていく感覚に再び意識が遠くなりつつ、俺は
どの神さんでもいいですが、次はもうちょっと気楽な業務の世界に頼んますよ…。
しみじみと祈った。
今日の積荷は丘夜魔の喪々!得上品の一級品だ。あれ、前の世界でもこんなの運んでなかったかな。
こっちの世界じゃ市場は移転しなかったとかで、瘴気ガスの発生する地帯を迂回し、無事納品を済ませた。
無誤矢に帰社する。
『ヒューペリオン便』本社に到着した俺に、呼び出しがかかる。
…社長、直々の業務依頼だって?
社長室のドアをノックする。この世界でも転生依頼だろうなあ。
やれやれ。
全く、魔族は辛いよ。