堕ちた天使の子 上
序章 悪夢のゴールデンウイーク
「マットサイエンティストりんこだ!逃げろ~!解剖されるぞ!」
私の名前はマットs…じゃなくて市ヶ谷凛子。
生徒にあだ名を付けられるほど大人気の養護教諭兼化学教師です、まあ大人気ってのは嘘ですけど。
とまあ、前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう。
「おいこらてめぇーら!市ヶ谷先生をちゃかすんじゃねーよこのタコ!」
今九十年代の少年漫画に出てきそうな表現で怒ってくれたのは、2年1組の巫くん、私の好きの人です。
とは言え私は教師です、教え子を口説くなんて事はできません。
第一巫くんが私なんかと釣り合う訳もありませんし、年齢も八歳違いますから、尚更無理です。
とまあ、そうやって私は自分に言い聞かせて、この子を保健室のベットに押し倒したいという欲求を抑えています。
いつからこの子にこんなに夢中になったのかは、話すと長いのでまたの機会に。
ゴールデンウィークの中頃、ここから私の悪夢は始まりました。
朝目が覚めると私はいつも、今日は巫くんと何を話そうか考えます、けれど今朝はそれができません、学校が無いので巫くんと会えないからです。
彼にメールか電話でもしようかと思いましたが、部活動の邪魔になったらと思うとできませんでした。
彼の寮に直接会いに行こうかとも思いましたが、さすがに気持ち悪いのでやめました。
とりあえず今日は、カエルを二百匹ほど解剖して、気を紛らわせましょう。
翌日、今日も巫くんとは会えません。
思い切って電話してみました。
「もしもし、巫くん?」
「市ヶ谷先生、どしたんすかー?」
巫くんは電話に出てくれました。
「ちょっと声が聞きたくて」
「いや、乙女か」
こういう心ないツッコミも好きです。
「まじでどうしたんすか?先生からかけてくるなんて、何かあったんですか?」
「いや、ほんと大した用無いんだけど、今日、なにしてるのかなー、なんて」
「今日ですか?今実は、部活のメンバーで沖縄にきてるんですよ」
「へ、へー、そうなんだ、部活ってことは、その、愛川さんも一緒?」
「ええ、一緒ですよ」
あのクソビッチがぁー!、私を差し置いて沖縄旅行なんてずる過ぎる!
「ちょっと巫さん!なにやってるんですか?早くこっちきてくださいよ~」
ん?今の愛川さんの声?・・・キャラ替わりすぎだろ!そんな敬語キャラだったっけ!?
「すみません先生、ちょっと呼ばれちゃったので切りますね、それじゃ」
「あ、うん、また」
ツー・ツー・ツー
「ね」
ここから先のゴールデンウィークはまさに悪夢でした、毎日愛川さんに見立てた人形を硫酸につけて遊んでいました。
学校が始まったら、絶対に巫くんを押し倒そう、でないと本物の愛川さんを硫酸漬けにしてしまう。
まあ実際は、そんなこと、どっちもできなかったんですけどね。
第一章 とある男子生徒からの依頼
ゴールデンウィークが明けてから数日、市ヶ谷先生からの執拗な求愛行動も落ち着き出した頃、ここオカルト撲滅部に、珍しく来客があった。
「僕は怪物に命を狙われています」
そう話すのは、小山学園高等部一年、西牧智久君だ。
「どういう事ですか?西牧さん、詳しくお聞かせください」
クラウディーから解放された愛川椿は、本当の自分を取り戻し、元々そうだったと言う敬語キャラに変貌していた。
「最初から話します。僕はいつも、昼休み、一人中庭で昼食を取るのですが・・・」
「西牧さん、友達いないんですね」
アハハと西牧君の話を遮って愛川が笑う。
「愛川、少し黙れ」
少しきつめに愛川を注意してみたが、効果は抜群だったようで、ふてくされて顔を埋めた。
「西牧君、続けてくれ」
「はい。・・・一人中庭で昼食を取るのですが、その日は違いました、先客がいたんです、人ではない先客が」
「人じゃない?」
「その先客を見たとき、僕はすぐ隠れました、喋りかけられたりしたら面倒なので。それで、立ち去ろうとした時、中庭から変な音がしたんです」
「変な音?」
「はい、表現しにくい、聞いたことない音でした」
「それで?」
「はい、僕は気になって中庭を覗きました。今思えば、そんなの気にしなければよかったんです、そうすればあんなもの、見なくて済みました」
西牧君は俯きながらそう言う。
「中庭には女子生徒がいました、多分高等部二年の制服だったと思います、そいつは中庭の飼育小屋で蹲っていました、見ているとそいつは、こちらに気が付いたのか、振り返ったんです」
そこで西牧君はブルブルと震えだした。
「大丈夫か?」
「はい・・・振り返ったそいつの口周りには、とんでもない量の血がついていました、それが鶏の血だとすぐ分かったのは、そいつが頭の無い鶏の死骸を持っていたからです」
さっきの音っていうのはそれを食ってた音か…なるほど、人間じゃねーな。
「僕は怖くてすぐ隠れてじっとしていたのですが、少しすると大きな羽音がして、もう一度中庭を見てみたら、あいつは消えてました」
「なるほど、それは興味深い」
「信じてないでしょうけど、僕は見たんです!・・・次食われるのははきっと僕です!口封じの為に!」
「落ち着け西牧君、学園長にきみを保護してもらうよう、俺から頼んどくからさ、それでいいだろ?」
「僕の依頼は身柄の保護じゃありません」
俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに俺を見る。
「殺して欲しいんです、あの怪物を」
第二章 学園に潜む怪物を探せ!
「むにゃむにゃ…あれ~?西牧さん、帰ったんですか?」
「そりゃ二時間も経てば帰るだろ」
西牧君が部室を後にしてから、俺は少し西牧君の件について調べ物をしていた。
成果は無かったが。
「あれま、私そんなに寝てました?それは失敬失敬。それで?どんな怪異譚だったんですか?」
「妖怪鶏喰らいだ」
「なるほど、一昨日の全校集会であがった中庭の養鶏所襲撃事件と何か関係が?」
「関係というか、まさにそれだ。その事件の目撃者なんだってよ、西牧君。
担任にも話したらしいけど、取り合ってもらえなかったそうだ」
「ふーん。それで?心当たりはあるんですか?」
「さあ、動物を食べる怪物なんて吐いて捨てるほどいるからな」
「絞り込む事はできませんね、他に何か言ってなかったですか?」
「んー、大きな羽音がしたって言ってたな」
「んー・・・は!?」
「なんか心当たりあんのか?」
「いえ、特には」
「・・・」
困った、情報が少ない、相手が分からなければ、対策のしようがない、まずは相手を見極めねば。
ステラに聞こう、困ったときのステラさんだ。
ステラ、聞いてたか?
ああ、聞いていたぞ、巫
なんか心当たりあるか?
ふ~ん…無いな
…なに?
無いと言ったのだ
いや、なんかあるだろ?何でもいいからさ、絞り出してくれよ
知らない物は知らない、自分で考えるんだな、巫
やけに冷てーな、整理か?
悪魔に整理など、あるわけないだろう。
そんな事を言っているからいつまでも彼女が出来ないのではないか?
うるせー余計なお世話だっつーの
「巫さーん、何ぼおっとしてるんですか?私に見惚れてるんですか~?」
「んな訳あるか・・・ステラと話してたんだよ」
「ステラさん、何か知ってましたか?」
「いいや、知らねーってさ」
「それは残念」
さて困ったぞ、ステラも知らないとなると、打つ手は…
「とりあえず様子見だな」
「ですね」
そういって俺達は部室を後にした。
「そういえば他の皆さんは?」
「お前が寝てる間に来て、寝てる間に帰ったよ」
「そうですか・・・冷たい人達ですね!」
翌日、休み時間。
「巫くん、ノート見る?」
そう俺に話しかけて来たのは、クラスメイトの山川美咲。
「いや、見ないけど、いつも見せてるみたいな言い方するな。話した事そんなにないだろ」
「そうだっけ、ごめんごめん」
「いや別に、謝らなくていいけどさ」
「じゃあジュースでも飲む?飲みかけだけど」
「意味分かんねーんだけど・・・何?なんか用?」
「別に用は無いけど、あんまり喋った事ないでしょ?だからなんかきっかけ作ろうと思ってさ」
「だからっていきなり飲みかけのジュース飲ませるのは飛躍し過ぎだろ」
「確かに、順序吹っ飛ばしちゃったね」
「うん」
「・・・」
「・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「飲む?」
「・・・貰うわ」
気まずいから結局貰う事にした。
美味しいレモンの炭酸飲料だった。
「じゃあ、またね」
「おう、飲み物サンキューな」
それを聞いて山川はにっこり笑い、自分の席に戻って行った。
「山川さん、かわいいよなー」
前の座席に座る飯渕が山川の背中を見ながら喋る。
「やっぱ小山三大河川のメンバーは最高だね~」
「小山三大河川って何だよ飯渕」
「なんだ知らねーのか?じゃ教えてやるよ」
ゴホンと咳払いをしてから飯渕は話し出した。
「小山三大河川つーのは、この小山学園高等部に在籍する数多くの女子生徒の中でも、容姿や性格がずば抜けて良い三人の女子の総称だ。愛川椿が転入してくる前はこの言葉は存在しなかったんだが、彼女が転入してきた事により、前々から美人だって噂されてた二人と共通点が生まれ、誰が考えたのか、いつの間にか男子の間で小山三大河川って総称が定着したわけだ」
「愛川が容姿や性格がずば抜けて良いってのは疑問だけどな・・・その共通点ってのは何なんだ?」
「苗字に三人とも川って文字が入ってる事さ」
「なるほどな、それで三大河川か・・・そのまんまだな」
「男子高校生が考える事なんざそんなもんさ」
「愛川と山川、後の一人は誰なんだ?」
「お前は何にも知らねーんだな」
「そういうのに疎くてな」
「しょうがねー奴だな・・・鶴見川鶴子ちゃんだよ、同じクラスだぜ?」
「ふーん、初耳だな・・・ん?てことはその小山三大河川ってのは全員このクラスにいるのか?」
「そうゆうことさ、とんでもないだろ?これはまさに運命だ!きっと三学期の頃には、一人の男をあの三人が取り合って戦になると思うぜ?まさに学園ラブコメだな!」
鼻を膨らませて興奮する飯渕。
そんな事無いっての、こいつに愛川の本性を見せたら、どんな顔するのやら。
「そのハーレムの渦中の男はお前だったりしてな~」
「んな訳あるかよ、山川とはほとんど会話ねーし、鶴見川とか言う奴に至っては顔すら見たことねーぞ」
「でも少なくとも、愛川さんはお前に気があると思うぞ?、いつも一緒にいるし、お前と喋ってる時の顔は、他の奴と喋る時には見れない顔だ」
「あいつはただの部活仲間だ、それ以上の関係になるはずが無いし、なるつもりも無い」
「私がどうかしましたか?巫さん」
横を見ると愛川が文字通り目と鼻の先まで顔を近づけていた。
「近いんだよ」
俺は愛川にデコピンをした。
「いったー!!何するんですか巫さん!腫れたらどうするんですか!」
「知るか、お前が悪い」
「元はと言えば巫さんが私の悪口言ってたのが悪いんですよ!?」
「悪口なんか言ってねーよ、なあ飯渕・・・あれ?飯渕?」
同意を求めて飯渕の方を向いたが、そこには誰もいなかった。
「野郎逃げやがったな」
そこからは愛川の怒号の嵐だった、全部無視したけど。
「所で巫さん、昨日の話ですけど」
突然怒号が終わり話題が変わった、情緒不安定かこいつは。
「なんか分かったのか?」
「ええまあ、まだ確証は得られてませんが」
「話してみな、バカみたいにデカい声で喋んなよ」
「はい。これは友達から聞いた話なんですけどね」
「怪談みたいな出だしだな」
愛川は耳打ちで話だした。
「うちのクラスに山川さんって女子がいますよね、その方実は、もの凄い大喰いなんだそうです、購買のパンを一人で食べ尽くしたって噂もあります」
「そりゃ凄いな」
「だからもしかしたら山川さんは、お腹が減りすぎて鶏を食べちゃったんじゃ無いですか?」
「んなバカな」
「いえ、きっとそうです!彼女が犯人です!」
愛川は耳打ちを止め大声でそう言った。
「バカ!でけー声出すなって言ったろ!」
「あっ、ついうっかり」
「そんなんで犯人だって決めつけちまうのか?冤罪だったら事だぞ」
「その辺はご心配無く、しっかりとした証拠を掴みますよ」
「どうやって?」
「監視ですよ、スパイみたいで何だかワクワクしませんか?」
笑顔でそんな事言われても。
「ばれたらどうすんだ、ケツは持てねーぞ?」
「自分のケツくらい自分で拭けます!私に任せなさい!」
ドンと胸を張る愛川。
「はぁー・・・わかったよ、好きにしな」
「はい!待ってて下さい、明日には解決して差し上げますから!」
全く信用できない。
まああんな超が付く人気者の山川が怪物だったら、とっくに知られてるだろうから、愛川の監視は無駄に終わるだろう。
とりあえず今日も様子見だな、明日愛川の成果を聞くとしよう。
翌日。早朝。二年一組教室
「おはよう巫くん」
「おはよう、山川…って、俺達朝の挨拶をするような仲だったか?」
「違ったっけ、ごめんごめん、ちょっと用があってさ」
「俺に?」
「そう、巫くんに」
山川は少し怒っているようだ。俺何かしたっけ。
「いやさ、実は昨日の放課後から今まで、ずっと愛川さんに監視されてたんだよ」
思いっきりばれてるじゃねーか!!
「へ、へぇー、そりゃ災難だな…」
「全くだよ、プライベートもあったもんじゃない! 女の子だからまだ良いものの、男だったら通報ものだよ?」
「そ、それで?それと俺に何の関係があるんだ?」
「いや、関係無いかもしれないんだけど、関係無いと願ってるんだけど、昨日巫くん、愛川さんと何やら話してたでしょ?だからもしかしたら巫くんの指示なのかなーなんて」
「それは無い。それは断言できる」
「そっか、ならいいんだけど、それじゃあ愛川さんに言っといてくれる?ストーカー紛いなことしてると年少にぶち込むぞってね」
山川はウィンクして去って言った。
別に愛川がパクられようがどうでもいいが、むしろスッキリするが、来たら一応言っといてやるか。
数分後、愛川は登校してきた。
「お、おはよう…ござい…ます」
今にも死にそうな声で朝の挨拶をする愛川、目の下には大きなクマができていた。どうやら徹夜で監視していたらしい、対象にバレているとも知らずに、滑稽だ。
「愛川、首尾はどうだ?」
俺は白々しく聞く。
「それはもちろん!上々ですとも!」
復活した…何が上々だというのだ、監視対象にバレてちゃ手に入る情報なんてねーだろ。
「やはり山川さんは黒ですね!」
「どうして?」
「ご家庭で鶏を食べていました、丸々一匹」
「ローストチキンでした~、なんて言わないよな?」
「・・・」
「・・・そうなのか?」
愛川が黙って頷く。
「うん・・・他には?」
「いえ…特に怪しいことは」
「そうか…」
「今日こそは尻尾を掴んで見せます!今日こそは!」
「あー、その件なんだけどな」
「はい?」
「ばれてんだよ」
「ばれてる?」
「ああ、山川にな、さっき言われたんだ。これ以上ストーカー紛いなこと続けるなら少年院にぶち込むってな」
「・・・さいですか」
とりあえず山川美咲が怪物じゃないって事が分かったが、状況は全く進展しない、むしろ振り出しに戻ったか。
「そういえば昨日から大塚さん達の姿が見えないのですが?」
「ああ、あいつらは群馬で部活中だ。明日には帰って来ると思うぞ」
「なんで私はハブられてんですか、なんで巫さんと居残りなんですか!大体部長が遠征に参加しないなんてどういう了見ですか!」
「急なヤマだったからな、都合が付かなかったんだ、俺も食うためにはバイトしなくちゃいけないからよ」
「悪魔に食事って必要でしたっけ?」
「当然だ、感じないだけで腹は減る、腹が減れば体力が落ちる、そして死ぬ、自然な事だ」
「まあ確かに私もクラウディーから解放されてから、死ぬほど食べましたしね」
「そうゆうことだ」
「それで、これからどうするんですか、西牧さんの依頼」
「う~ん」
俺は唸る、打つ手がやはり様子見しかない、だがこんな悠長な事でいいんだろうか、次もまた被害が鶏だけとは限らない、次食われるのは人間かもしれない、何か、何か無いか。
「困りましたね~、とりあえず伊月さんに相談してみたらどうですか?うちの参謀じゃないですか」
「そうだな、それがいい」
俺はスマートフォンを取り出し、伊月にLINEを送る。
「おい巫、授業中に、それも私の授業中にスマホをいじるとはいい度胸だな」
「げぇ、柏木」
担任の柏木が俺を上から見下ろしていた。
もう授業始まってたのかよ。
横で愛川がクスクスと笑っている、腹立つぜ全く。
「さっさとしまえ!」
「わかったから、そんな怒鳴んなよ」
腹抱えるほどおもしれーか愛川!
「よろしい、では授業を始める」
柏木の授業が終わり、スマートフォンをチェックすると、伊月から返信があった、内容はこうだ。
『お疲れ巫ちゃんこっちは順調だよ、巫ちゃんが睨んだ通り原因はオボだったみたいだよ、大塚ちゃん達が今退治に向かってるとこ、これで夜道で産声が聞こえてくる事もなくなるよ。それで例の西牧?とかいう生徒からの依頼の件だけど、ごめん、そんな怪異譚は聞いたことないや、一応調べてわ見るけど、あんまり期待しないでね。あっ、でも一つだけ心当たりがあるよ。大きな羽音が聞こえたんだよね、それはもしかしたら天使の翼かもしれない、まあでも天使が鶏を食べる訳無いんだけどね。とりあえず、何かわかったら連絡するよ、それじゃ』
「伊月も分かんねーか・・・」
ちなみにオボとは、難産で赤ん坊を産めずに死んだ妊婦が悪霊となり、その悪霊が墓で産んだ赤ん坊の事を言う。
オボは生きた母親を求め、通りすがる女性に憑りつき、母親を独り占めしようと、憑りついた女性の子宮を破壊する妖怪だ。
「何かわかりましたか?」
「愛川・・・なんで授業が始まってるって言わねーんだよ」
「いつまでも根に持たないでください、みっともないですよ」
「調子いいぜ・・・伊月もわかんねーってよ、天使じゃないかってさ」
「天使?」
ブッ!と愛川が吹き出した。
「アッハハ!天使ですって?ないない」
そうゲラゲラ笑いながら言う愛川
「大体そんなのがいたら、なんで人間が悪魔と戦わなきゃいけないんですか?天使の仕事でしょそれは」
「まあ、確かにそれは俺も同感だ」
いや、天使はいるぞ。
体の中からステラが話しかけてきた。
ん?どういうことだステラ。
だから、天使は存在すると言ったのだ。何せ悪魔達が魔剣を作り出したのは、元々天使に対抗するためだからな。
そいつは初耳だぞ、なんで十二年間言わなかったんだよ。
聞かれなかったからな。まあどちらにせよ、今回の件と天使は関係ない、だから別に言わなくても良いと思ってな。
いや言えよ・・・
「どうしました巫さん?ぼーっとして、あっ、もしかして中のブロンド美女と何か話してたんですか?」
「まあな。天使はいるらしいぞ」
「え、マジですか!?・・・やばい、天使さん天使さん、さっきのは全部冗談ですからね、これからも私を見守ってくださいませ」
愛川は手を合わせ、天を仰ぎ、祈るようにそう言った。
「今更おせーだろ」
そして放課後、部室
「で、どうするんですか?」
「そればっかりだなお前」
そこでゴンゴンゴンとドアが叩かれる。
「騒々しいな・・・どうぞー」
乱暴にドアが開く。
「何やってるんですかお二人は!僕の依頼は進んでるんですか!」
怒鳴りながら俺に近づいてくる西牧君。
「落ち着け西牧君。俺達も調べてはいるけど、情報が少ないんだ、高等部二年の女子ってすげー人数いるんだぜ?」
「もういいです!僕が探します!お二人は退治をお願いします!」
「危険だぞ、素人が手ぇ出していいことじゃねえー」
「何と言われようと、僕は殺されるのを黙って待つことはできません!では失礼します!」
「ちっ・・・勝手にしろ」
バタン!とドアが締められる。
「いいんですか?巫さん、かなり危険だと思いますけど・・・」
「ほっとけ、素人に見つかるようなら、とっくに見つかってるさ」
「そうだといいんですけど・・・もし見つけてしまったら、殺されるかもしれませんよ」
愛川はじっとこちらを見る。
「あーもうわかったよ!学園長に話しとくから、心配すんな」
全く、またあの人に借りを作っちまう。
「とりあえず、俺今日バイトだから、解散な」
「はい!おつかれさまです!」
俺は部室を後にし、愛川と別れ学園長室によった。
「失礼しま~す、巫です」
俺は扉をノックしながら名を名乗る。
「どうぞ、入りなさい」
扉の中から透き通る男性の声が聞こえた、俺はそれを聞いてから扉を開ける。
「巫君、今日はどういった要件かな?」
そう聞くのはこの学園の長にして俺と大河の大恩人、柴田源次郎先生だ。
「はい、ちょっと面倒な事になりまして・・・」
そう言ってから俺は、今回の事件の事をすべて話した。
「なるほど、それで西牧君は一人で怪物探しに出たと。つまり私はその西牧君の警護をしたらいいのかな?」
「そういう事です、本当は俺がやらなきゃいけないんですが・・・」
「いやいや、君はしっかり働いて来たまえ、先月のように寮の家賃を滞納されても困るからな」
「その節は、ご迷惑をお掛けしました・・・」
「なーに心配するな、西牧君は凍神君がしっかり警護するよ」
「お任せください」
そう返事をしたのは柴田先生の秘書兼学園の警備主任、凍神風子さんだ、彼女は並外れた頭脳で学園長をサポートし、異常なまでの戦闘力で生徒を守る、まさにスーパーウーマンだ。
「そうですか、凍神さんなら安心です。それじゃ俺はこの辺で」
「お待ちください、巫様」
げぇ、またか。
「ステラ・フィオレンティーナ様と御一緒ですか?」
「そりゃーもちろん、俺達は一心同体ですから」
「そうですか、よろしければ、御顔を拝見したいのですがよろしいですか?」
俺は体の中のステラに呼びかけた。
こう言ってるけど、どうすんだステラ
ちっ、またあの女か・・・今日は相手をする気分ではない、適当に流せ
無茶言うなよ・・・
「今日は体調がすぐれないようで、出たくないそうです」
「悪魔に体調などあるのですか?まさかとは思いますが、私を恐れているのではありませんか?」
調子に乗っているな小娘が、そこまで言うのなら相手になろう
そういうとステラは俺の体かろ飛び出した。
「そんなに私にやられたいのか小娘、一度本気で地獄を見せなければならないようだな」
「それはこっちのセリフですよ、ステラ様」
睨み合う二人、凄い殺気だ。
「二人とも、ここをどこだと思ってるのかな?」
その声が聞こえた瞬間、殺気が一気に消えた。
「も、申し訳ございません、源次郎様、度が過ぎました、お許しください」
「ふん!この小娘が悪いのだ、私は関係ない」
「喧嘩両成敗ですよ、ステラさん」
ステラはしょんぼりして、俺の体に戻った。
「それじゃあ、本当にこれで」
「はい、引き留めて申し訳ありませんでした」
「気を付けて帰るんだよ」
その言葉を背中に受けて、学園長室を後にした。
翌日の登校中の事だ、今日は愛川と一緒に歩いていた、まさかカッターで俺を殺そうとしてた女と一緒に登校するようになろうとは、人生何が起きるか分からない。
俺は人じゃないから人生って言っていいのか分からないが。
「あれ、何でしょうか?あの人だかり」
「ん?」
愛川が指さした方を見ると、確かに人だがりができていた。
「ちょっと野次馬しに行きましょうよ巫さん」
楽しそうに言う愛川。目をキラキラさせている。
「しょうがねーな」
俺は渋々人だかりの方に向かう、どうやら道路の側溝に集まっているらしい
「ねえ、これ警察に通報した方がいいんじゃない?」
野次馬の話し声が聞こえる
「あれうちの制服だよね?やだちょー怖いんですけど~」
俺と愛川は人混みをかき分けて進む。
「え、あれって確か」
そうぼそっと言ってから愛川は人混みを抜けて、側溝に落ちている制服を持ち、裏返す。
「やっぱり・・・」
そう言って俺に目を向け何か言ったが、人が多すぎて聞こえなかった。
「聞こえねーよ!もっかい言え!」
愛川は深呼吸して。
「西牧さんの制服です!」
と、血まみれになった制服を掲げてそう言った。
第三章 残された名前
「皆さんに、とても悲しいお知らせです」
柴田先生は、険しい顔で全校生徒に向かって話し出した。
「高等部一年の西牧智久君が、何者かに襲われ、行方不明になりました。
この事件を受けて、私は、事件が解決するまでの間、学園を閉鎖することを決めました。生徒の身の安全を守れなかった事、ここに、深くお詫び申し上げます」
全校集会が終わり、俺と愛川は学園長室にいた。
「申し訳ございません!学園長」
凍神さんが何度も頭を下げる。
「私がついていながら、生徒を守れないなんて・・・」
「頭を上げなさい、凍神君、ミスは誰にでもある」
「学園長・・・」
凍神さんが頭を上げた、目には涙が溜まっていた。
「何があったんすか」
俺は凍神さんに尋ねる。
「消えたんですよ、巫様、私は一時も目を離してはいません・・・ですが消えたのです、目の前から」
「どういうことですか・・・西牧君が瞬間移動でもしたって言うんですか!」
「ええ、そうです」
「んなバカな!あんた、本当にちゃんと見てたのか!」
「ええ、瞬きもせず、常に警護してました。西牧君が女生徒と会うまでは、その女生徒に会った途端彼とその女生徒は消えてしまったんです、羽音と共に」
羽音?西牧君もそんな事を言っていたな。
「・・・そうか、彼は見つけたんだ、犯人を」
「それで口封じに殺された、ということですか?巫さん」
「まだ殺されたと決まった訳ではないよ、愛川君」
「そうでしょうか学園長、あの制服を見て生きていると考えるのは無理があります」
「愛川、その辺にしとけ」
「・・・はい」
「学園長。天使について、何か知ってますか?」
「天使・・・か、そうだね。天使というのは悪魔と同じで、人間に憑依する事でこの世で活動することが出来る。悪魔と違う点は、憑依できるのは決められた一人の人間だけ、ということ。その決められた人間の事を器と言う」
「他には?何か能力などは知ってますか?」
「うん・・・天使は背に生えた翼を使い高速で移動できるそうだ、光をも超える速度だと言う」
「その翼を使って、凍神さんの監視を掻い潜り、西牧君をさらった」
「そんなことをして、天使に何のメリットがあるというのですか、巫様」
「さあ、それは分かりませんが、辻褄は合います、他にそんな事ができる怪物、俺は知りません。羽音も証拠の一つです」
「だが巫君、天使に食事は必要ない、憑依された体は天使その物になる、だから君のように空腹は感じないが栄養は必要、なんてことも無いんだよ」
俺は黙った、部屋が静まり返る。その静寂を破ったのは、やはり愛川椿だった。
「まあまあ、敵が何者なのかは、敵に聞いて見ればいいじゃないですか!」
「はぁ?お前敵が誰だか分かってんのかよ」
「ろちもん!」
ろちもんって、何語だ。
「犯人の名前が、西牧さんの制服の内ポケットに入っていた生徒手帳のメモ欄に、書いてあったんですよ」
「・・・愛川様、なぜそれを早く言わないのですか」
「いや~、巫さんに“その辺にしとけ”と言われましたので、大人しく言う機会を待ってました」
愛川は俺の台詞を声真似して言った、全く緊張感のねーやつだ。
「全く、君のガールフレンドは、場の空気を明るくするのに長けているね」
「愛川は俺のガールフレンドじゃありません」
「そりゃあそうですよ巫さん、だってあなたは私のボーイフレンドじゃないですから」
「訳わかんねー事言ってねーで、さっさと犯人の名前を言え!」
「はいはい、分かりました、じゃ読みますよ?」
愛川はスカートのポケットから、血まみれの生徒手帳を取り出す。
「えーっと」
ゴクッ、と俺は唾を飲んだ。
「生徒手帳にはこう書かれてます『怪物=やまかわみさき』ってね」
「と、言うことだ、山川、何か言いたい事はあるか?」
俺と愛川と凍神さんの三人は山川の家の前で犯人と対面していた。
「なるほどね、愛川さんが私を監視してたのは、私を疑ってたからだったんだね。私が犯人だって証拠は、その西牧君の生徒手帳だけなんだよね?そんな物で私を犯人だって決めつけるのは、おかしいと思うな、巫くん」
「そうか?これ以上ないってくらいの証拠だと思うがな」
「見苦しいですよ~山川さん、さっさと吐いちゃった方が、楽になりますよ?」
愛川のやつ、自分の予想が当たったからって調子に乗ってやがる。
「愛川さん、そんなに性格悪いキャラだったの・・・とにかく私は何もしてないし、怪物なんかじゃない」
「巫様、これでは埒があきません、私がやります」
凍神さんが山川の前に立ちはだかる。
「あなたは確か、警備主任の凍神風子さんですよね。私をどうする気ですか?」
「どうもしないわよ、ただ喋りたくなるようにするだけ」
「拷問ですか、いいですよ、それで疑いが晴れるなら」
「いい度胸だ、お嬢ちゃん」
「凍神さん、台詞が悪役になってますよ・・・確実に犯人と分かるまでは何もするなと、学園長に言われてたんじゃないですか?」
「失礼、そうでした」
凍神さんは少し後ろに下がった。
「では手荒な方法はやめて、シンプルなのにしましょう」
そう言って凍神さんはポケットから、どこの国の物か分からないが、
一枚の銀貨を取り出した。
「このコインは純銀です、銀は祝福された物質と言われていますから、邪悪な物は大抵銀に触れると、何かしら反応します。では山川さん、触ってください」
「本気で言ってるんですか?・・・あなた達、正気じゃないですよ」
そう言いながら山川は、銀貨を触った・・・が、何も起きなかった。
「やはりヴァンパイアや狼人間などではないようですね」
凍神さんが俺に耳打ちする。
「あの、もういいですか?」
「まて山川、もう少しだ。おい愛川、準備いいか」
「バッチリですよ巫さん。では山川さん、これを飲んでいただけますか?」
そう言って愛川はペットボトルを差し出す。
「何よ、これ・・・毒でも入ってるの?」
「まあ、場合によっては毒ですね。これは聖水、ホーリウォーター、聞いたことありますよね?悪魔によく効く液体です」
「ええまあ、映画とかで何度か」
「じゃあ、飲んじゃってください」
山川は恐る恐る聖水を飲む・・・が、やはり何も起きない。
「悪魔でもないみたいですね」
愛川が俺に耳打ちする。
となると、山川は人間なのか。
「悪かったな、俺達も切羽詰まってたんだ、許してくれ」
俺は握手を求めた。
これが最後のテストだ、俺の手の平には魔剣と同じ物でできた針が付いている、ステラが作ってくれた物だ。
この針は人間に刺さっても気付かないくらい小さな物だか、刺さったのが天使なら顔を歪めるくらいの反応はあるだろうとステラは言っていた。
「まあ、これで私の容疑が晴れるなら、別に良いけどね」
そう言って山川は俺の手を握る。
「痛ッ!」
「ビンゴ」
俺は凍神さんに合図を送る
「お任せを!」
俺は山川から距離を取り、入れ替わりで凍神さんが詰め寄り、彼女の頬に右ストレートをお見舞いする。
バシン!と音がした、見てみると凍神さんの拳は止められていた。
「全く、最近私ドジ踏んでばかりだわ、生徒に食事を見られるわ、生徒手帳をそのままにするわ・・・別に私、ドジっ子とかじゃ無いんだけどね」
そう言って山川は凍神さんを投げ飛ばしたと思った瞬間、目の前に現れ、俺は蹴り上げられ、次に愛川の前に現れた。
「わ、私は女の子ですよ?女の子には手を出しちゃダメなんですよ!?」
「それは男の子の場合でしょ?私女の子だから」
そう言って山川はずんずんと愛川に近づいて行く。
「愛川・・・逃げろ!」
「愛川様、逃げてください!」
俺と凍神さんはダメージが大きく、助けに行くことが出来ず、ただそう叫ぶだけだった。
「逃げろと言われましても・・・さっきの速さ見ました?とてもじゃないですけど逃げ切れませんよ」
相変わらず緊張感がないな。
「愛川なだけに」
「うまくねーから!バカいってねーで逃げろって!」
「逃がす訳ないでしょ?」
山川の拳が愛川に向かって飛んでいく。
「いいや、悪いが、逃げさせてもらう」
「!?」
突然低い声が聞こえたと思った時には既に、山川の真上に大男がいた、そしてその大男は、山川の頭を持ち、地面に叩きつけた。
「おせーぞ・・・大河」
「すまない、待たせたな」
その大男の名は大河、オカルト撲滅部最強の男である。
第四章 オカルト撲滅部凱旋!
「学園に着いたら生徒が居ないからびっくりしちゃったよ~。柴田先生に聞いたらここだっていうから来てみれば、とんでもない相手と戦ってるみたいだね、巫ちゃん」
お気楽な調子で喋る伊月。
「無様だなー部長、女の子一人守れねーなんて、見損なったぜ!」
「うるせーよ大塚、てめぇ何もしてねーだろ」
「二人とも、何もしてない、やったのは俺だ」
「犯人を見つけたのはおれだ!」
「何言ってるんですか巫さん!見つけたのは私でしょうが!」
「愛川の手柄は俺の手柄だ」
「はぁ?どこのガキ大将ですか・・・じゃあ、私がドジ踏んでもそれは巫さんの責任なんですね?」
「それとこれは別だな」
「言ってることめちゃくちゃじゃないですか・・・」
「あのー皆さん?・・・緊張感って言葉、ご存じですか?」
呆れるように言う凍神さん。
「ていうか、私まだやられてないんですけど・・・」
山川は既に立ち上がっていて、オカルト撲滅部のバカさ加減に呆れていた。
「おい大河ー、山川まだピンピンしてんぞ?やったのは俺だとかいってなかったか?」
「まだやられ足りないようだな」
山川の前に立ちはだかる大河
「女を傷付けるのは、趣味じゃないんだ、大人しくしてくれ」
「そう言われてもね、それに私、女とか男とか、そういうの無いと思うよ?・・・私、天使だし」
「そうか、ならいい、殺してやる」
もの凄い殺気がぶつかり合う。
「あー、大河?殺すのはまずいぞ?」
聞こえていない、一触即発の状態だ。
とそこで、山川宅の玄関が勢い良く開く。
「何をしてるんだ君達!」
ずかずかとこっちに近づいてくる一人の男。
「うちの子に何かようかね」
山川の父親のようだ、天使にも親がいるのか?
「なんでもないよお父さん、心配しないで」
そう言って山川は俺に近づき、耳を貸すようジェスチャーしてきた。
「家族は巻き込みたくないの、あなた達の部室に行くから、今は見逃してくれないかな、お願い」
怪物の言う事なんざ聞きたくもないが、どうやら山川の親御さんは自分の娘が何者なのか知らないようなので、ここは頷いておいた。
「ありがと」
そう言って山川は父親のところに戻り再びこっちを向いた。
「じゃあみんな、また明日ね!」
親の目を気にして、山川は俺達とまるで友達のように別れの挨拶をした。
返事は誰もしなかった。
「山川さん!また明日!」
ただ一人、愛川を除いて。
下巻に続く。