第一環。(交換屋.第一号本店)
『トレイド・ゲィム』
(交換屋.第一号本店)
マニュアルその1
現金との交換はご遠慮致します。
小此木高校、文化クラブ棟。
くすみや傷の付いていないクリーム色の壁材が建設してから間もない事を教えてくれる。
この施設は、学校側が
「文化創造計画」と称して生徒の保護者から集めた資金をふんだんに費やしたものだ。
「次代を担う個性と閃きのある青少年の育成」
との文句を語尾に星マークまで付けて、高らかにプロジェクトと謳ったが、その棟に入る文化系クラブの面々は快活や血の滲むような練習、努力の匂いからはどうにもかけ離れていた。
スポーツ部の棟とは場所が違うので、そこだけ見たら学校敷地の縁に建つ小さなアパートのようにも見える。
その一角、二階建てのクラブ棟の一階左端にある一室は中でも特に異彩を放っていた。
部屋の窓に薄ピンク地にクローバーが散った可愛いらしいカーテンがかかっているが、手芸部や家庭科クラブの類ではない。
しかもその薄手のカーテン越しには中で荷物がひしめき合っているシルエットが窺えたし、棟の隅であることを役得にして段ボールが外にも詰まれていた。
しかしそれがよくある廃棄物の山に見えないのは、どこの引っ越し業者のマエストロだと言いたくなるような綿密な青いガムテ捌きで丁寧に梱包されているからだ。
そして箱の表に実に流麗な文字で、
「夢」
「希望」
「冒険心」
等と書かれている。
だから廃棄物ではない。
文化クラブとして登録しているが、クラブ員はクラブ長と副長の男子生徒二名のみで、顧問もなく気ままな活動をしている。
言わずもがな…数ある中でも弱小の部類だ。
その活動の内容が大人しく本を読んでいる、
音楽を聴いている、
こっそりいけないDVDを見るといった慎ましくも可愛いげのあるものならば、まだ良かった。
実際に茶菓子を食べる為だけに存在するようなクラブはある。
このクラブ棟を使う彼、あるいは彼女らは決してヒマを持て余している訳じゃない。
「た〜りいなあ」
なんて言いながら店の前にたむろっているモロモロと同列に見なされるのも…怖いけど一方的に心外だ。
このクラブ棟にいる人間は
「正々堂々」と時間を潰しているのだから。
「ゆかり〜、また依頼が…、」
クラブ棟のドアを開けかけた男の首筋数センチをギリギリ避けて、鋭いダーツの先端がドアにタンッと突き刺さる。
標準男子高校生として、合格の反射神経で避けた。
「その名で呼ぶな。
もうお前に六百五十四回はそう言ってる。
このクラブでは縁長と呼ぶ決まりもある!
当クラブ規則にも書いてある」
壁にミミズがのたくったような文字が紙に筆ペンで書かれているが、わかるのは…ようやく理解出来るのは規則の頭に付いている漢数字くらいだ。
「…えんちゃんッ
大事な商品をぶっこわしちまっていいんけ…!?」
男はカラくも首を狙われたのに反抗し、普段の会話では余り使わない訛りが飛び出る。
今は男二人のみの空間だが、女の子と喋る時はドラマみたいな標準語を話したいのが男心だ。
だから普段はそれっぽく喋って、気を遣っている。
生粋の都会育ちにはわかるまい。
「訛りが出てるぞ。
それにこれは試し撃ちだ。
モモスケ。
お前の雑な足音から近付いてくる距離、ドアを開ける角度、反射神経を計算した範疇にある」
蕩々と語るが、もしうっかり怪我をしても…それはそれでもっともらしい理論が展開されてそうで面倒臭い。
モモスケと呼ばれた男はドアに刺さったダーツを引き抜く。
玩具屋によくあるピンクや緑のプラスチックの安っぽい持ち手ではない、羽飾りの付いたなかなか良さそうなものだ。
「これ、何と交換したんだ?」
合っているかどうかはわからないが、憧れ標準語にテンションを落としたモモスケは椅子に座ったままのクラブ長…縁に訊ねた。
縁と書いてゆかり、と読むが本人はそれを昔から好まず、エンと音読みで呼ばせていた。
モモスケは、度々それを注意されるが今のトコロ直す気はない。
何故なら、彼自身もモモスケが本名ではないからだ。
そんなつまらない意地の張り合いが十年近くも続くと、滑り過ぎのギャグみたいでこそばゆく、毎回ある程度ツッコミを入れる縁はまめな方だといつも思う。
縁は棚の一カ所を示し、
「そのダーツセット一式と、ずうっと嫁入り先のなかった風呂敷十枚セットを交換した」
「今時嫁入りに風呂敷は持ってかないと思うけど。
カートとかキャリーバッグの方が実用性高いのに、よく納得したな〜」
この部屋には何故かカートも海外旅行に持っていけそうな鞄の類もたくさんある。
この部屋で行っているクラブ活動の中身は、
「交換屋」
と縁が呼ぶものだ。
ちなみに、学校施設内であるにも関わらず勝手に一号と決めていた。