♯2 バカの日常
死ねと言ってしまった、次のいきさつだ。
「ギャオオオオオオッッッッ‼︎」
ドラゴンが低く唸る。
これはニレンとセーツが13歳のとき、今から約4年前だ。
「っ……」
セーツは、全体的に運動が苦手だ。
幼少期の頃、親に勉強を叩き込まれたせいで運動神経の方は全く鍛えられなかった。
そのため常人から見れば、セーツの運動能力は圧倒的に低い。
そしてそれは、戦闘にも色濃く反映されており──
「はぁ、はぁ……」
セーツは肩で息をする。
もうどれだけ走っただろうか。
セーツの攻撃は全く当たらず、逆にドラゴンの攻撃から逃げ惑っているだけだ。
セーツの剣のリーチはそこそこ長く、加えてドラゴンも幼体であった。だが、その二つの利点は「セーツは運動神経が皆無」という理由ひとつでねじ伏せられた。
「うぐ、ぁ、は、……はぁ、はぁ、」
息が苦しい。
セーツの頭の中にあるのはそれだけだった。
次はどんな攻撃が飛んでくるとか、どうすれば有効打を与えられるかなどという考えは微塵もない。
どんどん呼吸が荒くなっている。
肺機能もなく、すぐにへばってしまう。
なのに、戦い続けて30分。
運動神経が高いクラスメートでさえスタミナ切れでうずくまっているのだから、セーツがここまで立っていられたのはもはや奇跡といえよう。
だが、奇跡にも限界はある。
「ギャァォッ‼︎」
ドラゴンが爪を振るう。
それをセーツは左に跳び回避する。
「かはっ……‼︎」
さらに息は乱れ、もう呼吸が呼吸でなくなってくる。
「ぜはっ、ぜ、ぇ、はぁぁ、ぁ、ぅ、……」
酸欠に陥る。
視界を白が染め上げる。
キィーンという頭痛と、立ちくらみ。
(あ……死ぬ……)
ドラゴンは第2撃を繰り出そうとする。
セーツはそれを認識した。
そして、死を覚悟した。
(やっぱ……運動オンチの俺はここで死ぬんだな……)
セーツは、静かに目を瞑った。
響き渡る──
剣の音。
倒れるセーツ。
ドラゴンの爪を受け止めたのは──
ニレンだった。
異質な眼光を宿した、ニレンだった。
「ここは、俺が守る……っ‼︎」
この上なく真剣な表情で、ドラゴンを睨む。
「グルッ……」
そのあまりの迫力に、さすがのドラゴンも少したじろぐ。
「…‥っ」
セーツが目を覚ます。まだ酸欠に陥ったままだ。
「はぁ、はぁ、ひぃ……」
苦しい呼吸の中、必死にドラゴンと戦っているニレンを、セーツはその目に捉えた。
(え……?)
セーツは違和感を覚えた。
だって。
今までのニレンは、ただのバカだったのだから。
授業は真面目に受けず、後先考えずに行動し、感情や目先の利益に惑わされて動き……
まったく頭を使うことをしなかった。
だからセーツは、ニレンを落ちこぼれだと認識していたのだ。
それなのに。
「級友を傷つけたこの仇……我が刃を以って討たせてもらう‼︎」
こんな詩的な表現をして。
こんなセリフを吐いて。
相手の挙動をくまなく観察し、考えて動いて。
まわりにも指揮を出していて。
こんな知的なニレンは、見たことがなかった。
(……‼︎)
セーツは、悔しさのあまり、酸欠を忘れ拳を握りしめていた。
今まで自分の下だと思っていた人間が。
今やクラスのトップに立っていて。
そしてその光景が、あたかも当然のように存在していて。
その事実は、齢13の少年の心を抉り取るにはじゅうぶん過ぎた。
そして戦いが終わると。
「いやー、疲れた。スポーツドリンクの粉でも飲もう」
こんなバカなことを言って。
本気でそう思っている。
そしてそれは今も──