決闘 1
「あれ、プラムちゃん?」
「これはこれはジャンク屋さん、奇遇ですね」
「一人?シュウはいないの?」
お買い物に行く途中で、ジャンク屋さんと遭遇しました。
ですがいつもと少し様子が違います。
会って最初に口説いてこないし、なんだか焦っているようにも見受けられました。
「はい、どうしても必要なものがあったので買い物に。マスターなら先ほどジャンク屋さんに用事でお店の方に向かったのですが、会っていないのですか?」
「いや、会ってないな。入れ違いになっちゃったか。どんな用事だったか分かる?」
「ここでは言いにくいので、お店の方で直接マスターに聞いてください」
誰が聞いているか分からないので、何も言わないことにします。
「了解、すぐに戻ることにするよ。それにしても」
今日のジャンク屋さんはなんだか、いつになく真剣なご様子でした。
「一人だなんて危ないよ。全く買い物に行かせるなんて、シュウのやつ何を考えているんだか」
「いいえ、マスターの指示ではありませんよ」
なんとなく戸惑いながら、私は答えます。
「足りないものがあるなあと思ったので、私が自分の判断で買い物に出たんです」
「え?」
なんだかとても驚かれてしまいました。私、なにか悪いことをしてしまったのでしょうか。
「シュウの奴に一人で外出するなって言われてたんじゃ」
「あ」
そういえば、そうでした。
「すっかり忘れてました」
「忘れてたって、そんな……。まぁ、いいか」
その一言でジャンク屋さんはいつもの調子を取り戻したようです。
「ここ最近は物騒だからね。工房まで送っていくよ」
「いえ、そんな。それにジャンク屋さんがお店に戻らないと、マスターはいつまでも待ちぼうけを貰うことになってしまいます」
「シュウの奴なんていつまでも待たせとけばいいんだよ」
「それではマスターにもジャンク屋さんにも大いに迷惑が」
「気にすることなんてないのに。まあ、でもプラムちゃんなら気にするか。よし、じゃあ分かった。ここからそう遠くないし、ジャンク屋までついてきてよ。それでシュウとの話が終わるまでちょっと待ってて貰って、話が終わったらシュウと一緒に帰ればいい」
「そこまでして頂かなくても」
「させてよ。でないと、俺が気になっちゃっておちおち帰れないって。そしたらさ、マスターが俺のこと待って困るんじゃない?」
そういう言い方はずるいです。
でも、そういう言い方をするということはきっと譲れないことなのでしょう。
「分かりました。では、お店までよろしくお願いします」
「そう来なくっちゃ。じゃあ、道すがら新しいメイド服の話でも……」
その時です、私の背後に目を向けたジャンク屋さんの顔が強張ったのは。
「よう」
それは昨日聞いた声でした。
粗野で暴力的で、恐ろしい、声。
「外出歩いてるとは好都合だな。ちょっとついてきて貰うぜ」
「おい、あんた!」
ジャンク屋さんの声を無視して、その人は私を乱暴に担ぎ上げます。
私、こう見えて結構重いはずなんですが。
「こんな往来でどういうつもりだよ!」
「どういうもこういうもないだろ。この魔道人形は預かるぜ。お前あの回路技師と知り合いだよな。伝えとけ。闘技場で待ってるってな。さっさと来ないと」
最低です。この人は、昨日マスターをいじめた、あの衛士。
「こいつ、ぶっ壊しちまうぜ」
「この!」
「来ないで!」
私を取り戻そうと衛士に向かっていきそうなジャンク屋さんを必死で止めます。
「行ってください!マスターの元に!そして伝えてください!」
逃げて、と。
「プラムちゃん」
「いいから、早く」
私なんかのためにマスターやジャンク屋さんが傷つくことはないのです。
そっちのほうが私にとっては恐ろしいのです。
「だとよ、どうする?」
最低衛士のそのニヤ着いた顔を一度睨み付けてから、私はジャンク屋さんを見ました。
そして、再度お願いします。
「マスターの元へ」
お優しいジャンク屋さんは一瞬だけ逡巡しましたが、すぐに踵を返してお店の方に向かって走って行きました。
お願いします。
どうか、私以外誰も傷つかない結末を。
「腰抜けめ」
その一言には少しムカッとしましたが、すぐに思い直すことにしました。
勝手に言ってろ、です。
「お前は逃げないのか」
「この状態になっては暴れるだけ無駄です」
私の力は弱くはありませんが、魔力回路で力を強化している衛士に匹敵するほどでは残念ながらありません。
今は逃げ出す機会を待ちます。
「そうかい、手間が少なくて助かる」
それだけ言うと私を担いだまま歩き出しました。
闘技場に向かっているのでしょう。
「あの、逃げないので下ろして頂けないでしょうか?」
「駄目だ」
逃げ出す気まんまんなのがバレているようでした。
いいです、今に見ていなさい。
きっとマスターを待つ間は控室にでも放り込まれるでしょうから、その間にどうにかして逃げ出してやります。
私はその決意を固めて、荷物に徹することにしました。
そう、マスターを待つ僅かな間に、私は逃げ出すのです。
「……これは流石に予想外でした」
ワーワーとうるさいぐらいに観戦席で観客が騒いでいます。
「さぁ、はじまりましたエキシビジョンマッチ!本日の生贄はメイド型魔道人形です!この魔道人形が何分持つのか!はたまた衛士が会場に着くのが先か!皆様の予想は!」
実況だか解説だかがアナウンスで必死にオッズを叫び続けています。
そう、直です。
控室なんて上等なものは用意されず、直接グラウンドに放り込まれました。
「どうしましょう」
グラウンドの周りにはお客様を守るための分厚い魔道障壁が張られ、出入り口には鍵のかかった扉と鉄格子。ちょっと私の力ではどちらも壊せそうにありません。
これならまだ生身の人間である衛士と戦った方が幾分か目がありそうです。
「さて、対するは我が闘技場一番の実力者!ゲイル・アスター!そしてそのパートナー!ハウンド・ドッグ!」
訂正、生身の人間だけではありませんでした。向こうは魔道人形とのタッグで二対一です。
その上、ハウンド・ドッグはバリバリの戦闘型の魔道人形です。
これは、どうにかして扉を壊す方に軍配が上がりつつある気がします。
「さあ!本日の主役の登場です!」
実況のアナウンスでが終わると、先ほど私を運んできた衛士が反対側の入場口から登場してきました。
その横には猟犬型の魔道人形が一機付き従っています。
ハウンド・ドッグ。量産型の機体ではありますが、自身が前に出て戦うタイプの衛士が好んで使う優良機です。
「皆様ご存知の通り!我らが闘技場最高の実力者がその相棒と共に入場してきました!ご覧くださいあの堂々とした出で立ちを!本日も気合は十分なようです!」
あの衛士は観客席に向かって拳なんて突き出してアピールしています。
ここではすっかりヒーロー扱いのようです。
「見てくださいこのオッズ!一分と持たず戦闘不能!衛士は全く間に合わずという予想が鉄板扱いです!それもそうでしょう!いままでこうして何十という魔道人形を沈めてきた男ですから!」
その解説に気をよくしたのか、衛士はマイクを持ってご機嫌に叫びます。
「へい審判!例のものを!」
「これは失礼いたしました!すぐに手配を!はーい!そこのメイドさん!素手のままじゃあ勝負にならないので武器をご用意させていただきました!お使いください!」
武器、そう聞いて少し期待します。
なにかまともな武器の一つでもあれば勝機が見えるかも知れません。
「では、こちらを!」
そう言って投げ落とされて、カランカランと音を立てて私の足元に転がったのは。
「そちらは戦闘メイドがこよなく愛するという特注品!敵も汚れもお掃除しちゃってください!」
観客席からどっと笑いが漏れました。
そう、私の足元に転がったのは。
「モップ、ですか」
もう絶望的です。
それでも、私はそのモップを掴んで少し振り回します。
なにやら丈夫そうな金属製で、取り回しは悪くありません。
覚悟を決めます。こんなものだって無いよりはましです。
「では!両者の準備も整ったところで!間もなく試合開始となります!」
「おい嬢ちゃん」
獲物を痛ぶる気まんまんの笑顔で、衛士が言います。
「せいぜい逃げ回って俺を楽しませてくれよ」
「ちょっといいですか」
私は、もうちょっと手にモップを馴染ませようと素振りを繰り返しながら言います。
「あん?」
「昨日、言いましたよね。闘技場の決闘でマスターが勝ったら見逃してくれるって」
「ああ、言ったな」
「それ、私が勝っても同じですよね?」
一瞬、呆けたような顔をした後に、怒るでなく大笑いしながら衛士は言いました。
「おいおい!勝つ気なのかよ!怯えられて逃げ回られるよりは幾らかましだけどよ!」
そう言って、もうすぐゴングなのでしょう、構えをとります。
「主従揃って吠えやがる!いいぜ!勝ったら俺の権限で見逃してやる!」
「では!試合開始!」
衛士が言い終わると同時に宣言がなされました。
「GO!ハウンド・ドッグ!」
その命令で、物言わぬ猟犬が凄まじい速さで私に肉薄してきます。
(いいかい、ハウンドドッグはね)
その四足から吐き出されるエネルギーで彼我の距離を一瞬で詰め、私の喉笛に牙を突き立てようと大口を開けて。
「は!」
私は、その下顎をモップで思い切りかち上げました。
「クリーンヒットォォ!なんと一瞬で終わるかと思った開幕からまさかまさか!先制はメイドさんがとったぁぁ!」
見事に決まったカウンターに爆発的に歓声が上がります。
予想外だったのでしょう、敵である衛士もまた、目を見開いていました。
「勝つ気かと、そう言いましたね」
モップを構えて、私は高らかに叫ぶのです。
「勿論です!私だってマスターをいじめられたこと、怒っているのですから!」