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ハロー1216  作者: エル
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衛士

 両手に抱えるほどの大荷物でも、人間より少し力のある私は軽々と、とはいかないまでもえっちらほっちらと運ぶことができます。それも、背中には大き目の鞄を背負った上でです。

「ごめんね、プラム。結構買い込んじゃって」

「いいえ、マスター。これが私のお仕事ですから」

 夕焼けの帰り道。たっぷりと買い込んだ備品と日用品。私とマスターは二人でゆっくりとお店への道を歩いています。

「むしろマスターにお荷物を持たせてしまっていることの方が、問題なくらいです」

「いいよ、これくらい」

 マスターの手にも、小さくない荷物がぶら下がっています。入っているのは主に食料なので私が抱えているものよりは軽いはずですが、繊細な作業が要求されるその手に、痣の一つでもついてしまわないか心配です。

「けど、これで当分は持つね。買い物にはあんまり出る必要がないくらいには」

「そうですね。安心です」

 ですが少し寂しくもありました。

 私はマスターと二人でお買い物に行くのが少し嬉しかったりもするからです。いえ、作業をしているマスターの背中を眺めていることも、同じくらい好きなのですが。

「ですが、これほどまでに買い込んでしまって、お金のほうは平気なのですか?この間もお客さんに逃げられてしまいましたし」

「平気平気。ジャックが定期的に仕事を回してくれてるし、あのお客だって結局うちに頼むことになると思う。この町にいる限り、回路技師の仕事はなくならないよ。この町には、あれがあるしね」

 マスターの視線の先にあったのは、この町で一番大きくて目立つ建物です。

 闘技場。

 それはこの町唯一にして最大の観光資源であり、町の命脈を握っている施設と言っても過言ではありません。

「あそこでは連日、魔道人形が破損していく」

 闘技場というものは、世界的に見ればそれほど珍しいものではありません。しかし、この町の闘技場は、少し変わっていて魔道人形を使用した戦いを見ることができるのです。

 戦闘用の魔道人形どうしの決闘方式から、多対一の変則戦闘、さらには試合数は少ないですがチームを組んだ者同士で戦う大規模戦闘まで、様々なスタイルがあります。

 その中でも一番人気は、何と言っても魔道人形と、それを守りつつ守られる人間の衛士との二対二のタッグマッチルールです。魔道人形どうしだけでも、人間どうしだけでも味わえない興奮があるそうで。

 そこに賭博の要素まで絡み、恐ろしいまでの熱狂と潤いをこの町に与えました。

 今も町の大通りでは、戦闘用のごつい魔道人形を引き連れた衛士が、肩肘を張って町を歩いているのが見えました。

 その姿は、町の英雄であり、闘技場の花形であるという自覚からか、少し横暴さがにじみ出ているように思えます。

 それを見てマスターは、小さな声で言います。

「まあ、僕はその恩恵で仕事をもらえてる訳だからあんまり文句を言うべきじゃないんだけどさ。それでも、やっぱり野蛮だよ、衛士ってやつは」

 魔道人形に無茶をさせて、回路をボロボロにしてしまうその多くは衛士です。あまり魔道人形を大切に扱わないその様を何度も見て、マスターも思うところがあるのでしょう。

「私も、そう思います」

 私の場合は、同族への同情が多分な理由ですが。

「ちょっと遅くなっちゃったね。早く帰ろう、プラム」

「はい、マスター」

 私とマスターは少しずつ暗くなっていく道で足を少し早めました。

 

「あれ」

 帰りつくと、お店の前に見知らぬ誰かが立っていました。

「お客さんかな」

 見た目からして筋肉質で大柄な、いかにも衛士といった風貌の方でした。

 お店の方にはすでに閉店の札を出しているのですが、緊急の用事か何かでしょうか。

「あの、どうされました」

 無視するわけにもいかず、マスターが声をかけます。

 すると男のほうが横柄な態度で私たちのことをじろじろと見てきました。

「あんたは?」

「一応、この工房のオーナーです」

「はー、思ってたよりも若いな」

 そういって男は懐から何かを取り出しました。

「俺はこういうもんだ」

 取り出したのは名刺、でしょうか。一枚の手のひらに収まるくらいの紙を手渡され、マスターは怪訝な顔でそれを見て、一変、表情を変えました。

「事情は、だいたい分かってるよな」

「……プラム」

 マスターは深刻そうな声音で、私に言います。

「先に荷物を持って中に入っていてくれないかな。あと、そうだね。日用品じゃなくて備品のほうを先に整理しておいて」

 日用品よりも先に備品のほうを。その言葉の意味は一つです。

 地下の工房のほうにいてくれと、そういうことです。

「ですが、マスター、それは」

「いいから!」

 珍しく強い口調に、私は思わず荷物を取り落しそうになります。

 ですが、私の心をより打ったのは、そのすぐ後の一言でした。

「頼むよ」

 弱々しい一言です。ですが、その絞り出すような一言には、なにか言いようのない焦燥がありました。

 マスターは、なにかに怯えて、弱っているようでさえありました。

「分かりました」

 ですが私は魔道人形。そういうしかありません。

 それでもせめてもの抵抗で、私はマスターの手から荷物を受け取りました。

「お話の邪魔でしょうから、こちらもお預かりいたします」

 そうして、受け取る際に少しだけ手と手を触れさせました。

 どうか、私がマスターの魔道人形としてそばにいることだけは忘れないでほしいと、それだけを願って。

「ありがとう」

 伝わったのかどうかは分かりませんが、その口調はほんの少しだけ柔らかかったように思います。

 私は大きな荷物を抱えて工房に入ります。

 きっと地下があることを知られたくないでしょうから、努めてゆっくり、遠回りするように、階段に向かって。

 マスター、どうか御無事でと、それだけを願いながら。

 

 


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