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ハロー1216  作者: エル
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回路

 最近のマスターは少し変です。

 すごく変、なのではなく、少し変、です。

 まず前より明るく笑うようになりました。私といるときに時折感じていた、あの哀郷。昔を思い出して少し寂しそうな顔をすることが無くなりました。それは私にとっては嬉しいことのはずですが、不安を覚えるのはなぜでしょうか。

 それと、お買い物に行くときは、必ず二人で行くことになりました。理由は分かりませんが、マスターがある日突然そう決めてしまったのです。

「これから、僕と一緒じゃないと外出するのは禁止だ。買い物は、二人で行くことにしよう」

 と、いうことでした。

 元より、単独で外出することはマスターからの用事か日々の買い出しくらいのものでしたので、そのこと自体はさして不便という訳でもありません。

 ですが、マスターはなぜ、急にこのようなことを言い出したのか、その理由までは分かりません。

 しかし、それらは実生活においてはさして大きな変化などないことでしたので、私は深く考えることも受け止めることもしませんでした。

 

「義体の調子はどう?」

「はい、良好です。マスター」

 今日は月に一度の、義体と回路の定期検診の日です。

 地下の工房で、私は椅子に座って体の各部にコードを繋ぎ、マスターがその数値を確認しています。

 これまでの検診でも問題が見つかったことはありませんでした。

 けれど油断は禁物です。魔道人形とは繊細なもの。いつどんな問題が起こるかも分からないのです。

 それに、この検診には私のクォーツの解析作業も含まれているとのことでした。

「うん回路もきちんと定着してる問題はないよ。先月と同じ……、あれ?」

「どうされましたか、マスター?」

「いや、なにか変なんだ。回路に問題があるってわけじゃない。むしろ、これは」

 なにやらぶつぶつと、マスターはつぶやいています。

 マスターは、時々、こうして思考にふけってしまう癖があるのがこの半年間でわかりました。

 私は、その邪魔をしないように黙ってマスターのことを眺めています。

「ねえ、プラム」

 その考えが終わったのか、マスターが話しかけてきてくれました。

「最近なにか義体に変わったことはない?なんでもいいんだ」

「いえ、特に変化はありません」

「そう、か」

 マスターは深刻そうな顔をしています。

 私の義体のことを見ながらそんな顔をされてしまいますと、とても不安になってしまいます。

「ああ、ごめんプラム。そんな顔をしないでいいよ。別に故障とか不具合とかでは、多分、ない」

「多分、なんですね」

「うん、多分。というか、僕には現状だと詳細が分からない。これを見て」

 そういってマスターは見ていたモニターをこちらに向けてくれます。ですが、自分の義体のことでも、私にはその画面だけではなにがなんだかさっぱりわかりません。

「どういう、ことでしょうか?」

「簡単に言えば、プラムの中に僕が形成した覚えのない回路が成長してる。それも、この数値を見るに、由来はクォーツからだ」

「クォーツ……」

 それは私の中の魂

 マスターの師匠が組み上げた言う特別性の結晶体。

「それはもしかして、マスターがずっと知りたがっていた」

 マスターの先生と師匠が、私を課題にした、その本当の理由。

 ですが、これだけ大きな変化があったというのにマスターの顔色はどこか優れませんでした。

 ずっと追いかけていた何かの、そのとっかかりかも知れないというのにです。

「大丈夫、大丈夫だよ、プラム」

「マスター……?」

 それは、むしろ何かに怯えているようでもあり、私にはマスターが、マスター自身に言い聞かせているように思えて。

「先生が用意したクォーツから発生したものなんだから、きっと悪いものじゃないよ。まだ義体に変化がないっていうんなら、もう少し経過を見よう。時間はあるんだからさ。ゆっくり解析していけばいいさ」

 そうして、マスターは画面を閉じて、努めて明るい声で言います。

「新しい回路以外に問題は無かったし、今日はこれで終わりにしよう。ただ新しく育ち始めてる回路がどういう変化をしていくのか、その観察をしたいから数日以内に再検査をすることになるね」

「はい、それは構わないのですが」

「じゃあ、今日はこれから二人で買い物にでも行こうよ。確か、いくつか切れてる備品があったはずだよね」

「……そうですね。食料の備蓄も、あまり余裕があるとは言えません。至急、準備をするべきかと」

「そうしようそうしよう。ちょっと待ってて、いまコード外すから」

 マスターがそういうのならそうするべきです。

 またすぐに再検査をするからと、器具を大雑把に片づけて、ちょっと慌ただしく私たちは買い物に行く準備を始めました。

 鞄とお財布とメモ帳と、そんなところです。

「では、先に上で待っています」

 まだ少しやることがあるからと地下に残るマスターより一足先に私は地上に戻る階段に足をかけました。

「なんで」

 それは、きっと独り言のつもりだったのでしょう。

「なんで、今なんだ」

 人より少し耳がいい私は、それを聞いてしまいました。

 ですが、それを聞かなかったことにして、私は店先でマスターを待つことにします。

 そうするべきだと、思ったからです。

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