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ハロー1216  作者: エル
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エピローグ わがままな、人形姫の物語

「じゃあお願いね、リア」

「はい、マスター・ステラ」

 手を重ねあって、私たちは目を瞑り、ゆっくりとお互いの中に潜っていく。

 優しくも切ない彼女の気持ちが流れ込んできて、私はリアのすべてを受け入れる。

 そうして、次に目を開けたとき、私の目の前の彼女はさっきまでの魔道人形の少女ではなくなっていた。

 リアの姿は、金色の髪と銀色の瞳を持つ、この国のお姫様に。

 そして、私はといえば、メイド服に身を包んだ魔道人形に早変わり。

「では、行ってきますね」

「はい。道中、お気をつけて」


「にしても、すげーよなぁ」

「……何がさ」

 ジャックの奴が突然工房を訪ねてきた。

 店はいいのかと説いたら、こんなに日に開けてられるかと返され、ちょっと借りのある身としては追い出しづらい状況だ。

「何がって、プラムちゃんだよ。あの子、この国のお姫様専用の魔道人形になっちまうなんてな。その上」

 ニヤッとジャックが意地悪く笑う。

 こいつは、こういう噂をどこから聞きつけてくるんだろうか。

「今日来るんだろ?プラムちゃん。いやぁ、久しぶりに会えるの楽しみなんだよ」


「シンクさん、今日はよろしくお願いしますね」

「はい。姫様」

 俺のその態度を見て、リアはくすくすと笑った。

「そんなにかしこまらなくても、いつも通りに接してくれればいいんですよ?」

「困らせないでください。誰が聞いてるとも限らないのですから」

 結局、俺は、いまだに少し迷っている。

 これは、あいつの言っていた人形遊びの騎士ごっことなにが違うのだろうかと。

「ふふふ」

「嬉しそうですね」

「だって」

 それでも俺は、リアの入った姫様と、時々こうして日々を過ごす。

「こんな日だけですから。私が、シンクさんを独占できるのは」

 少しだけ変わったリア。

 姫様とリアは、今ではお互いにお互いがなくてはならない存在になった。

 姫様はリアのすべてを許したし、リアに全てを許している。

 では、俺はどうすべきか。

 いまだに答えは出ていない。

 けれど、あの日、彼女が消えないように契約を交わしたことは、今でも、間違っていなかったと思えるから。

「今日は私のこと、守ってくださいね?」

「はい」

 それが二度の誓いの終着点。

 俺の、騎士の日々。

「いい、天気。お仕事、はかどりそう」

 ちなみに、わがままを言わない分書類仕事は彼女の時のほうが進みが速かったりする。


「お、もうすぐかい、姫様付きの技師様」

「なんだよ」

 やけに、鋭い。

「目に見えてそわそわしだすからさ。誰だってわかりそうなもんだぜ?」

 僕はバツが悪くなって目をそらす。

 もうすぐ、時間だ。

「ほら、時計を見る回数も増えてるぜ」

「うるさいな!」

 そりゃあ、多少は緊張してる。

 だけど、その理由はこいつが想像しているものとは少し違うだろう。

 ジャックは、彼女の正体を知らないから、そんなことが言えるのだ。

「はいはい、と。お、噂をすれば待ち人、来たんじゃないか?」

「え?」

 気が付けば、工房のドアを控えめにノックする音が。

 僕は慌ててドアのほうへ向かった。

「まるで初恋の人を待ちわびるガキみてえだな」

「だから、うるさいって!」

 僕は扉の前に立って、一つ、深呼吸する。

 そうだ、なに緊張してるんだ、僕は。

 意を決して、ドアノブを掴もうと手を伸ばして。

「あら?」

 勝手に、ドアが引かれていく。

 見れば、目の前にはプラムが。

「あ、ははは」

 そりゃ、そうだよな。

 自分の家なんだから、勝手にドアくらい、開けるか。

「どうしたんですか、マスター?」

「え、いや、なんでもないよ」

 僕は改めて、彼女に向き直る。

「お帰り、プラム」

「はい。ただいまです。マスター」


「やぁ。プラムちゃん。久しぶり」

「はい、ジャンク屋さんも、お元気そうで」

 ジャックの奴に久々に会ったプラムは、少し嬉しそうだった。

 プラムは、あの義体とメイド服を用意したジャックのことを、やけに評価してる節がある。

 前に、あの人のセンスは素晴らしいものがあります、と話していたほどだ。

 それから、プラムとジャックは結構長い間、メイド服について語り合っていた。

「と、いう感じのデザインを考えているのですが」

「いや、それはまぁいいと思うけど、その予算はどこから?」

「姫様にお願いすれば、わけないです」

 胸を張って言うプラム。

 ……なんだかなぁ。

 あの義体を、自分の趣味全開で楽しんでるなぁ。

「おしゃれとしても、着せ替えとしても楽しめるので一石二鳥です」

「着せ替え?」

「いえ、こっちの話です」

「プラム、そろそろ」

「あ、はい。そうでした」

 少しやばいかなと思って助け舟を出す。

 時間を取りたいのも事実だった。

「では、ジャンク屋さん」

「えー、もうちょっとだけでも」

「すみません。私にとって、マスターと過ごす時間は、今や貴重なのです」

 ま、じゃあしょうがないか、と帰り支度を始めるジャック。

「それじゃあ、名残惜しいけど今日はここまでだな」

「……おう」

「そう不機嫌になるなって」

 それから、僕とジャックは、工房を出て、家の前で少しだけ話をした。

「変わったな。あの子」

「まあ、色々あったからな」

 本当に、色々。

「会った時から魅力的な表情をするクォーツだと思ってたけど、今日会ってさらに驚いたぜ。ありゃ、本当に魔道人形かってな」

「それだけ、師匠のクォーツは凄いんだ」

 本当に、観察眼だけは鋭い奴だと思う。

「なぁ、シュウ、あの子は、本当に」

「…………」

「……いや、やめとこう。妄想が過ぎるのは、よくない癖だ」

 ジャックは、軽く手をあげて、自分の店に帰っていく。

「じゃあな、シュウ。あの子、大事にしろよ」

「いわれなくたって」

 もう、僕の手の届かないところに、彼女がいるとしても。

「いわれなくたって」

 それでも僕は、僕にできることをするんだ。


「もっとお話をしましょうマスター。検査なんて、いつだっていいじゃないですか」

「駄目だよ。魂の入れ替わりなんて危険なことを毎回してるんだ。ちゃんと検査しないと」

 マスターは、やっぱり少しデリカシーにかける人だと思います。

「では、手早くお願いします。それに、検査中でもいいのでお話ししましょう。お話し」

「わかったよ。プラムは、少しわがままになったね」

「当たり前です。私は、お姫様専用の魔道人形なのですから」


「それにしても、言われれば僕が城へ行くのに」

 毎回毎回、危険ではないだろうか。

 この国の姫が、誰もが知らないとはいえ、こんな辺境に来るなんて。

「いいんですよ。私はここが好きなんです。この町も、この工房も」

 それは、わかる。

 あれから、彼女は自分の強権をフル活用してこの町から奴らを追い出してしまった。

 そんなこと、一国の姫がしていいのかと聞いたら、ちゃんと裏から手を回したからいいんですよと返される程だ。

「それに、ちゃんと優秀な護衛がついてますし」

 色々振り回されてるであろうヨダカには、少し同情を禁じ得ない。

「それに、お城じゃあこんな風にマスターと二人っきりでおしゃべりなんてできませんし、マスターのお仕事を眺めていることもできません。総じて、私がここに来るべきなんです」

「……プラム」

 プラムが、前にも同じことを言っていた。彼女は、厳密にはプラムとは違うけど。

 それでも、同じ魂で、プラムの記憶を持っているのだ。

「ねえ、マスター」

「なに?」

 プラムが目を瞑って、穏やかな顔で言う。

「私、夢があるんですよ」

「夢?」

「そうです。前の夢は、おニューのメイド服を買ってもらうことだったんですけど、今では好きなだけ手に入るので、新しい夢です」

 それは、どんな。

「私が、本当の意味で、マスターを迎えに来ること」

 それを聞いて、ドキリとする。

「それって、どういう」

「私にとっての幸福は、あの穏やかな日々で、それは今も変わらない、ということですよ」

「……勘弁してよ」

 本当に、今の彼女なら、それをやってしまいそうで。

「裏から手を回してるので、平気です」

「いや、だからそれ、全然平気じゃあ」

 僕は頭を抱えるしかなかった。

 本当に、君は。

「わがままになったなぁ」

「そりゃあ、そうです。本当の私は、そりゃあもう、わがままなんですから」

 それは、あの夜に、この工房で語ったような、夢物語。

 だけど、なんだか実現してしまいそうで。

 そして本当に情けないことに、僕は、少し。

「いつか、本当に迎えに来てしまいますからね。マスター」

 プラムは、実に魅力的な表情で、笑ったのだった。


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