プラムとステラ 4
「終わりだ」
俺の長い戦いも、これで終わる。
このクォーツさえ手に入れてしまえば、あとはどうとでもなる。いや、して見せる。
「こっちだ、早く、そいつをこっちに」
この位相空間に取り込めば、あいつらに追跡する手立てはない。俺の、勝ち……。
「あ?」
パキン、と、なにかこの空間に似つかわしくない、さえない音が響く。
見れば、シャフトの弟子が腕を上げて、凄まじい形相でクラウソラスを睨み付けていた。
その手には、硝煙を上げるリボルバーが一丁。
「っは!」
最後の最後に、無駄だと分かっていても抵抗してきたか。
だが、あんな豆鉄砲じゃあクラウソラスの装甲には傷一つ付きはしない。
「あんな雑魚に構う必要はねえ。それよりも」
早くしろと、そう命令した、つもりだった。
「ギ」
クラウソラスの腕が、止まる。
なにか、聞いたこともないような音を立てて。
「ギギギギギ」
そのまま細かい律動を繰り返し、目が怪しい光を放って目まぐるしく動き、片膝をつく。
「こんな時に誤作動か!?」
「プラム!」
クラウソラスの動きがおかしくなり、あの魔道人形がその拘束から逃れていた。
それどころか。
「嘘だろ!」
見れば、俺の周囲を覆っていた空間に亀裂が生じて、そのまま一部が砕け散る。
ずれていた世界同士が、ほんの一部分だけ、繋がってしまう。
「行ってくれ!」
片目を抑えて、シャフトの弟子が叫ぶ。
目は真っ赤に染まり、息も絶え絶えに、必死で。
なにが、なにが起きているんだ。
魔道人形が、その声を聴いて駆けだした。
まずい、俺の後ろには、姫の体がある。
「捕まえろ!クラウソラス!」
クラウソラスは俺の命令に忠実に従い、魔道人形の義体にその手を伸ばす。
「五条 黒腕」
だが、五本の影が伸びて、クラウソラスの四肢を押さえつける。
「……行か、せるか!」
死にかけの、生き迫る執念。
シンクが、その手を地面に当てて、五本の影を伸ばし、クラウソラスを地面に縛りつけやがった。
「おい、やめろ」
魔道人形が俺たちの前に迫る。
しかし。
「よし、いいぞ」
綻びた空間が、徐々に修復を始めている。
「く、そ」
元より小さな綻びだ。その修復は早い。これなら確実に、あの魔道人形がこっちに付くよりも早く、この空間は再び閉じるだろう。
「頼む、もう、少しだけ」
バカが、祈ったって間に合わねえよ!
「ハァ、ハァ、ハァ」
姫様!あんたはもうすぐ俺のモノだ!
「ギ、ギ」
クラウソラスが影の腕を引きちぎり、自由を取り戻す。
そうだ、全ては一瞬のはかない夢さ!
もう、なにも……。
「姫様」
シンクのそれは、ただの、負け犬の遠吠え。
「姫様ぁぁぁぁぁ!」
その、はずだった。
「……シンクさん」
声が聞こえたのは、俺の背後から。
「なん、で?」
予想外の、計算違いばっかりが起こりやがる!
だがこいつは、その中でも最大だ!
「シンク、さん」
「おい!下がれ、リア・ファル!」
俺に絶対忠実で、その全てを掌握しているはずのリア・ファルが何故。
「何故起きている!何故俺の命令を無視できる!」
「シンクさん、やっぱり、わたし」
もうこいつは俺の声なんて聞いちゃいなかった。
虚ろな目は流せるはずもねえ涙を溜めて、俺の横を駆けて、行く。
「わたしは、あなたが、いたから」
「戻れ!戻れー!」
その手を掴もうとして俺の手は、空を切った。
そして。
「シンクさん」
「……手を、伸ばして」
「はい」
その開いた空間の最後、ほんの少しの穴。
そこから、シンクに向けて、手を伸ばした。
「ハァァァァ」
伸ばしたその手を、魔道人形の義体が、光をたたえたその腕で。
掴んだ。




