プラムとステラ 3
(どこだ?)
「雷擲!」
僕の繰り出した一工程魔術は、クラウソラスの振るった腕によってあっさりと霧散した。
(どこにある?)
クラウソラスの厄介な点は、この装甲だ。
高い対魔力を備え、かつ高度な技術によって作りだされたその義体は、魔術的な観点から見ても、物理的な観点から見ても高い防御力を誇っている。
「来るぞ!」
クラウソラスの無機質な瞳が僕を捉える。
その瞳に不吉なものを感じた僕は、咄嗟に魔力で盾を形成する。
クラウソラスの瞳が一瞬だけ光を放ち、その瞳から魔弾が発射された。
「っく!」
一発は何とか盾で防ぐことができたが、それだけで魔力の盾は形を保てなくなり霧散する。
だが休んでもいられない。クラウソラスは続けざまに僕に魔弾を浴びせようとその瞳を輝かせているからだ。
二発目は受けられないと判断した僕は、その場を転がるようにして離れる。
間一髪、さっきまで僕のいた位置を魔弾が穿つ。
僕は照準をずらすためになるべく不規則に動いてクラウソラスの視線から逃れた。
「一条」
その間にシンクが反対側からクラウソラスに向かっていく。
「破刃!」
詠唱と同時に、鞘に納めていた騎士剣を抜き放ち、一閃。
シンク渾身の抜刀術は、しかし、またもクラウソラスの腕の装甲に阻まれる。
それどころか、クラウソラスは騎士剣を受けた腕を跳ね上げ、シンクを空中に弾き飛ばした。
シンクは、空中で無防備な姿にさらされる。
「シンク!」
その無防備な姿を捉えたクラウソラスは、振り向きざまに大剣を持つその腕をシンクに向けて振り下ろした。
「ッフ」
だが、シンクは冷静だった。
騎士剣を天井に向けて振るうと、影の刃が伸びて天井に突き刺さり、そのまま刃を縮めることで上空に逃れる。
結果、クラウソラスの剣は見事に空を切った。
そのうえ、勢いよく剣を振るったせいでその態勢は大きく崩れている。
(今だ!)
僕はクラウソラスに向かって駆け寄った。
今度は、近距離で!
見ればシンクも、空中で次の詠唱を始めている。
「三条」
天井からの降り際、シンクは騎士剣を影によって弓に変化させていた。
そして、その影の弦を引き。
「紫紺!」
矢が放たれる。
ほぼ同時に、僕もクラウソラスに向けて掌打を放つ。
「雷掌!」
シンクとの挟撃の形になる至近距離からの一工程魔術。
クラウソラス本体は、防御態勢すら取れなかった。
しかし。
「これでも、ダメか」
またも装甲に弾かれて、全くダメージを与えられていない。
クラウソラスは何事も無かったかのように立ち上がり、手近にいた僕を掴もうとその腕を伸ばしてくる。
僕はその腕を躱し、懐に入る形でさらに距離を詰めて、ホルスターから六式を引き抜いてその義体に突きつける。
が、そのまま引き金を引くことはできなかった。
まだだ、まだ、確証が持てない。
弾は、一発しかないのだ。
僕の躊躇、その一瞬の隙を、クラウソラスは逃さなかった。
クラウソラスを覆う圧力が爆発的に増大する。
魔力をもって作られる、物理現象を伴う力場。その力をもってして、クラウソラスがその巨体を強引にぶつける、それだけで。
「っぐぁ!」
潰れたカエルみたいな声が出た。
圧倒的な動力によって吹き飛ばされて、僕は壁に叩き付けられる。
「マスター!」
こちらに駆け寄ろうとするプラム。
僕は眩暈を起こしながらも、何とか体を起こして、プラムのことを手で制止した。
「来る、な」
「けど、マスター、そんな体で」
「大丈夫、だよ。これくらい」
嘘だった。もう、立ち上がるのも、辛い。
「それよりも、君は、自分のことだけ考えるんだ。それが」
僕たちの目的なんだから。
「っはっはっは!なんだ!もう虫の息か!」
「貴様!バロール!」
「…………」
バロールの不快な笑い声が部屋に響いた。
その姿は見えない。
「たかが技師風情がこんな場所までノコノコ現れるからそんな目に遭うんだよ!」
「卑怯な!姿を見せろ!」
シンクが虚空に向かって叫ぶが、帰ってくるのは声だけだ。
「あの忌々しいシャフトも、その魔道人形も、こいつには手も足も出なかったんだぜ!見せてやりたかったなぁ、あいつらの無残な最期を!」
「煩い、黙れ」
声とは裏腹に、僕の思考は平静で澄み切っていた。
冷静に観察するのだ、あの魔道人形を。
「無能な衛士は最後の最後まで自分が死ぬ現実を受け入れられなくて気色の悪ぃ笑みを浮かべてたぜ!魔道人形に至っては戦闘用でもないのに戦闘に駆り出されてよう!傑作だったぜ!義体はボロボロ!綺麗だった顔は無残に切り裂かれて……」
あの瞳か?違う。
魔弾の発射機構のすぐ近くにクォーツを置く奴はいない。
なら胴か?これも、多分違う。
さっき六式を突きつけたとき、その手ごたえはなかった。
だとすれば。
「言わせておけば!」
僕が思索している間にも、シンクはクラウソラスと単独で渡り合っていた。
「はぁ!」
シンクが影の刃を振るうと、それを受け止めるためにクラウソラスが腕を上げた。
だが、影の刃は目標に当たる直前に形を変え、鞭のようにしなってその腕に巻きつく。
「糞!引きちぎれ!クラウソラス!」
バロールの命令に従い、クラウソラスはその影の拘束を引きちぎろうと腕を引く。
シンクは、その反動を利用して、クラウソラスの頭部まで跳躍する。
「六条」
そのまま、力任せに振るわれる腕をうまく躱しつつ、その首にとりついた。
「悪華!」
あの坑道でプラムにも使った魔術だ。
触れた場所から内部に魔力を流し込んで破壊する術式。
外装が駄目なら内側から。人間で言うところの脊髄に当たる部分は、無論魔道人形にとっても重要な機構である場合が多い。
だが、これも。
「効いて、無い」
クラウソラスには大したダメージもなさそうだった。
そのまま何事も無かったように首にとりついたシンクを掴みあげ地面に叩き付ける。
「あ、がぁ」
部屋全体を揺るがすほどの、衝撃。
「シンクさん!」
いくら魔力で体を強化した一流の衛士といえど、その一撃はあまりにも強力すぎた。
シンクは、横たわったままピクリとも動かない。
「ようやくだ!ようやく死んじまったか!シンク!」
クラウソラスが、倒れたシンクの頭を掴んで持ち上げる。
「あ、がは」
その苦痛に満ちた呼吸音でシンクがかろうじて生きているのが分かるが、あのままじゃあ。
「そうだ、いいぞクラウソラス!そのまま頭を握りつぶしてやれ!」
クラウソラスから立ち上る圧力が上がり、シンクをその手で握りつぶさんと万力を込める。
「う、ぐ」
「おいおい、こいつ抵抗して魔力で頭部を覆ってやがるな。無駄な努力だぜ!ほらがんばれ、がんばれ。ちょっとでも気ぃ抜いたら、その場で頭が潰れちまうぞ」
「やめて!」
蹲っている僕よりも先に、プラムが動いていた。
「シンクを離して!」
プラムが、その細い体でクラウソラスの巨体に向かっていく。
その手に星の光を宿し、手刀の形でもってその力を解き放つ。
「やぁぁぁぁ!」
クラウソラスはシンクを放り出してプラムの手刀を、その腕で受けた。
これまでどんな魔術も物理攻撃も通らなかったクラウソラスの装甲が、そのたった一発で大きく損傷する。
だけど、それまでだ。
今のプラムではそこが限界だった。
「壊れ、ない」
クラウソラスの腕は装甲は大きく傷つき、その内部が露出するまでに至ったが、破壊にまでは及ばない。
出力が、圧倒的に足りないのだ。
どころか、このままじゃあプラムの義体の方が、持たない。
「いいぞ!そいつをそのままこっちへ送り込め!」
クラウソラスの目が光る。
このまま、連れ去られたら、それでこっちに追跡する術は無い。
僕らは、最悪の形で、敗北する。
「ひ、め、さま」
シンクは息も絶え絶えにプラムに向かって手を伸ばすが、立ち上がることさえ困難なようだった。
「う、く」
プラムも、必死に抵抗をしているが、その身は今にも焼き切れそうな苦痛に苛まれていることだろう。
僕は、その光景を見ながら、思考だけは冷静に、それを捉えていた。
(なんで、シンクを手放してでも、腕で受けた?)
思えば、全てそうだった。
シンクの影の刃も、あの剣で受け止めることはしていなかった。
剣を振るっていたのは、自らで攻撃するときだけ。
(そもそも、あの魔道人形の核になってる部分。それは、多分)
普通じゃあ考えられないくらい高度な魔道人形。
その核は、恐らく秘宝クラス。
元からあった何かの秘宝を、核に応用した。
(じゃあ、その秘宝ってなんだ?)
推測するに、それは。
(あの剣)
確証はない。けれど、それが僕の分割思考が導き出した、答え。
「魔弾、起動」
六式を構える。
久しぶりの一発だ。
外すわけにはいかない。
手が、震える。
「先生」
プラムの姿を見る。
僕の相棒、魔道人形プラムの姿を、僕は生涯忘れない。
「僕に勇気を」
震えが、止まる。
「接続」
六式の、引き金を引いた。




