表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハロー1216  作者: エル
41/48

プラムとステラ 幕間

「はぁ、はぁ、はぁ」

 光すら届くことのない暗い夜の森を、幾重もの影が跋扈する。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 あまりの速度に、縋りついていくだけで精一杯だった。

 それどころか。

(ちくしょう!)

 分かっている。

 自分が足を引っ張っていることくらい。

 あまりにも力が足りない。

 齢八十を超える爺さんの、その足元にすら、自分は届いていない。

(なんで!)

 気が付けば森を抜け、月明かりの差す場所に出ていた。

 その先は断崖。

 追いつめられた。

(なんで!)

 俺なんか、置いて行ってくれればよかったのに。

「爺さん」

「狼狽えるな」

 俺の泣きそうな顔を見もしないで、爺さんはそいつらと対峙する。

「困りますよ、棟梁」

 俺たちを追いつめ、包囲したのは、元仲間だった。

 今は、敵だ。

「早くそれをこちらに渡してください」

「お主ら」

 自分が手塩にかけて育てた部下に、息子のごとく思っていた者たちに裏切られて、爺さんは今どんな気持ちでいるのか。

 俺は許せない。

 絶対に、許せない。

「自分たちが今何をしているのか、分かっておるのか」

 爺さんがどれだけの激情に駆られていたのか知る術はすでにない。

 だけど、それを抱えるその腕は、丁重さと慈しみにあふれていた。

「主を、裏切るなど」

「我らにとっては、あの方こそが新しい主です」

 この人を、昔は兄と慕っていた。

 何がこの人を、こんなに変えてしまったのか。

「そのクォーツがどういうものか分かっているのでしょう?あなたが持って逃げたところでどうにもなりませんよ。大人しくそれを我々に返して下さい」

「ならん。あの男にこの御方の命運を渡すなどもってのほかだ」

「仕方ないですね。では、あなたには死んで頂きましょう」

 向こうは精鋭の影十数人。

 こちらは爺さんと俺だけ。

 いくら爺さんが強くても、これじゃあ。

「ヨダカ」

 爺さんが俺の名を呼び、俺にだけ聞こえる声で言った。

「儂にはこいつらを育てた責任がある。けじめはつけねばならん。だが、お前は」

 爺さんは、その腕に抱いていたクォーツを、俺の懐に、入れた。

「ヨダカお前に、儂から最後の任務を与える。そのクォーツを信頼に足る人物に託すのだ」

「爺さん……?」

 信じたくは無かった。

 その顔、決意は、きっと。

「この奈落の先は王族のための隠し通路になっておる。信じて、飛ぶのだ」

「い、嫌だ」

 この奈落を飛び降りることに恐怖したわけじゃない。ただ、今別れたら、もう二度と爺さんに会うことはできないって、そう、理解して。

「全く、最後まで世話の焼ける奴じゃのう」

 何故だか穏やかな顔をして、爺さんは俺の首根っこを掴んで。

「往け!」

 俺を、断崖から投げ落とした。

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その闇の底に落ちていくさなか、俺は念話で、その最後の言葉を聞いた。

(往くのだヨダカ。運命が、お前を守ってくれる。その見届け人となれ。そして、くれぐれも、この馬鹿兄弟どもに復讐しようなどとは……)

 水面に叩き付けられる衝撃で、それ以上は分からなかった。

 俺は自分の身を、そしてそのクォーツを掻き抱く。

 爺さんの、仕えた人。

 俺が、仕えるべき人。

(絶対に、離さねぇ)

 濁流に飲み込まれ、どこか遠くに流され、意識を失いそうになりながらも、俺は誓う。

 託された意志を、正しく紡ぐのだ。

 それが、生かされた俺の、最後の任務。

 

(あいつらは、うまくやってるかねぇ)

 適当に城門付近をかき乱しながら、俺はあの日のことを思い出していた。

 爺さんからあのクォーツを託されて、それからあの狂気を持った男に出会って、クォーツを託すことにして。

 そして今、その弟子が戦っている。

(頼むぜ)

 あの二人、いや三人こそが、正しく運命に導かれた者たちだ。

 あとは、その結果がどうなろうと、それを見届けることこそが、最後の任務。

「長かったなぁ、ここまで」

 まさか八年もかかることになるなんて。

 けど、まぁ、それももうすぐ終わる。

「その前にっと」

 辺りの気配で分かる。

 奴らのお出ましだ。

「よう、兄さんら、また会ったな」

「爺いの亡霊が!今度こそ息の根を止めてやる!」

 復讐なんてするなと爺さんは言った。

 そして事実、俺にその気はない。

 見ろ、こいつらの面を。鍛錬不足は目に見えている。

「……王家の懐刀、影衆も落ちたもんだな」

 いや、もう本当の影衆などこの世に存在しないか。

 爺さんが継いで来た意志が本当の意味で継承されて初めて影衆なのだ。

 もう、それは未来永劫叶わない。

(憐れみすら感じるな)

 あんな男に利用されて、権力争いをせっせと行って、揚句に仕えるべき主人さえも裏切り、最後に残ったのは実力すらない影の影。

 本当に、憐れだ。

(こっちは適当にやる)

 つまらない、後始末を。

(だから、そっちはしっかり頼むぜ)

 爺さんが残したものに、きちんと意味と意義を与えて欲しい。

 そうすりゃあの人も、ちっとは浮かばれるだろうから。

(俺も、胸張ってあの人の元に行けるしな)

 それもこいつらに、その実力があればの話なのだが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ