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ハロー1216  作者: エル
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プラムとステラ 2

「ここです」

 私の胸に湧いた、感じたことのない望郷の念。

 これが、この感覚こそが。

(私を、消してしまうほどの光)

 その強烈すぎる感情に、足が、手が、震えてしまいます。

(でも)

 行かなくちゃ。

 私は、私が。

「プラム」

「……マスター」

 なんて、心配そうな顔をしているんでしょう。

「平気?」

 それで、迷いは消えました。

「平気です。行きましょう」

 私が消えても、未来は残るのだと、そう信じて。

 

「最初に、俺が行きます」

 その言葉の元、シンクさんが扉を少し開け、中を確認してからその部屋に踏み込みました。

「…………」

 シンクさんは辺りを見回して、周囲に危険がないことを確認してから私たちに入るよう手で合図を送ってくれます。

 その合図を受けて、まずマスターが。

 次いで私もその部屋に入りました。

 なんというか、いやに広くて、がらんとしていて、なにか嫌な感じのする部屋です。

「誰も、いない?」

 部屋の中には誰もいません。

 私の感覚など、やはりあてにならなかったと、そういうことでしょうか。

 なんだか部屋に入ってから感覚も曖昧になったような気がしますし……。

 そう思った直後でした。

 私達の右側の何もないと思っていた空間に、なにか歪みが発生します。

「え?」

 気が付いた時には、シンクさんが私たちとその歪みの間に立って腕を掲げ。

「八条」

 それは一工程魔術の詠唱です。

 唱え始めると同時に、歪みの裂け目が大きくなり、その中から魔弾が撃ち出されました。

 ですが、その魔弾が私たちに届くよりも前にシンクさんは詠唱を終わらせています。

「闇蛍」

 一工程魔術の完成と同時に、私たちを覆うように影で魔法陣が編まれ、魔弾を完璧に弾きました。

「クックック。よく防いだな、シンク」

 歪みが完全に解けて、その場所に人影と巨大な魔道人形が姿を現します。

「貴様のやりそうなことなど見当がついている。それとも」

 その姿を認めて、シンクさんは刃のない騎士剣を突きつけて言いました。

「本当に、俺が同じ手を喰らうとでも思っているのか?」

「そうこなくっちゃあよう、騎士様ぁ」

 愉悦と興奮で今にも張り裂けそうな口元、血走った目。

 その人の歪みに歪みきった表情は、まるで悪魔のようでした。

「こいつが、全ての原因」

 宰相、バロール。

「やぁ、姫様」

 バロールが口角を上げて引き攣った声で私のことを呼びます。

「お久しぶりですねぇ!俺のことは覚えておいでですか!」

 その口から言葉が飛び出すたびに、私の中に嫌悪感が生まれるようでした。

「あ、あなたのことなんか知りません」

「そうですかそうですか。まぁ、そんな義体に入ってたんじゃあしょうがないですよ。自分がこの国の姫だという自覚すらなかったのでは?おかわいそうに」

 自分が全て仕組んだことだというのに、ぬけぬけと何を言い出すのでしょうか、この人は。

「ですがご安心下さい。もうすぐ御自分の体に戻れますよ。俺に都合のいい形でね!」

 狂っていると、本気でそう思いました。

 なにが、彼をここまで傲慢にさせているのか、私には何一つ理解が及びません。

「こんな奴に、先生と師匠は」

 マスターがその様子を見て、ギリっと歯を食いしばりました。

 マスターは、怒っているのです。普段は温厚なマスターが、こんなにも憎悪を寄せて。

「あーん?」

 そんなマスターを見て、バロールは露骨に顔をしかめました。

「それにしても、この神聖にして不可侵の場所に、不釣合いなハエが紛れ込んでるなぁ」

 嘲りに、嘲笑。私のマスターに、なんてものを向けるのか、この人は。

「ただの部外者のくせにこの場に立つんじゃねえよ!弟子風情が!」

「言いたいことはそれだけか」

 シンクさんが騎士剣に影の刃を通して言いました。

「お前の下らない妄言に付き合う気はない。姫様はどこにいる」

「姫?ああそうか。お前の大事なお人形なら、ここにいるよ」

 バロールが指を鳴らします。

 すると、あの魔道人形が能力を使ったのか、バロールの背後の空間が歪み、そこに一人の女の子が現れました。」

「姫様!」

 虚ろな表情で立ち尽くすあの人がお姫様なのでしょう。

 みんなが助けたいと願う、ステラ姫その人。

「無駄だよ。こいつにお前の声はもう届かない。完全に俺の制御下に入ってるからなぁ。それにしても」

 バロールは、心底楽しそうな声で言い募ります。

「姫様、ときたか。馬鹿だなぁシンク。こいつは偽物だって、お前は知ってるだろう?」

「…………」

「それとも、まだこいつにご執心なのか?それなら」

 

「今からでもこっちに付かないかシンク?その魔道人形を渡せば、役目の無くなったこの姫の中身、お前にくれてやってもいいぞ?」


「貴様!」

「そう怒るなって。俺は親切で提案してやってるんだぜ?そこの変態みたいに、どっかでメイド型の義体でも買い与えてやればこれまで通りの騎士ごっこを続けられるんだ。悪くないだろ?」

 なんて、悪趣味な。

「お前は!踏みにじってはならないものを二度も踏みにじった!」

「そうか、交渉決裂だな。残念だ」

 この男は!

 最初からシンクさんが提案を受けるはずなんてないって分かってたくせに!

「殺す!」

「シンク、挑発に乗るな」

 今にも飛びかかりそうなシンクさんを止めたのは、意外にもマスターでした。

「だが!」

「ここで挑発に乗ったら相手の思う壺だ」

「おお、怖い怖い」

 あまりにも露骨な態度です。

「まぁ、悪趣味どうしでで仲良く……」

「お前こそ」

 ですがその仮面も、次のマスターの一言で剥がれ落ちました。

「随分と、本物のお姫様にご執心らしいじゃないか」

「なに?」

「そんなに師匠……、アーガイル・D・シャフトに言われたことが気に障ったか?」

「お前、なんでそれを」

 その狼狽ぶり、さっきまで威勢はどこへやら、です。

「あの時の光景を、僕は師匠の魔道人形のデータから見させてもらった。だから、お前の本当の目的だって知っている」

「おい、てめぇ」

「悪趣味もそう。人形遊びもそう。全部、お前のことじゃないか」

「殺すぞ」

「ここまでやった、その理由が恋心?知るかバカ。死んじまえ」

「お前は!ここで殺す!いや!その魂を肉体から引き剥がして屑鉄人形に閉じ込めてやる!魂が摩耗して、この世界から消え去るまでずっとだ!」

 バロールが目を見開いて腕を前に突き出しました。

「やれ!クラウソラス!」

 その一言で魔道人形から魔力が立ち上り、恐ろしいまでの圧力がこの部屋全体に生まれます。

 と、同時にバロールとステラ姫、二人の姿が空間ごと歪んでいきました。

「おい!逃げるのか!」

「今度こそしくじるなよ」

 バロールが最後にそれだけを言い残すと、その姿は完全に消失してしまいます。

「どうする!これでは!」

 シンクさんの言いたいことも分かります。

 これでは、私があの体に触れることができません。

 マスターは、敵の魔道人形を睨み付けながら言いました。

「原理は大体分かってる。あれは空間を歪めて位相をずらしてるんだ。向こうからこっちに干渉はできないけど、代わりにこっちもあの二人に手出しできない」

「じゃあ!」

「簡単だ。あの魔道人形を破壊すればいい」

 二人が対峙するのは、人間の倍以上の巨体と、それを動かす、人間の何十倍も強力な魔力炉を備えた魔道人形です。

「それは実に好都合だな。俺は、あの鉄屑に恨みがある」

「奇遇だね。僕もなんだ」

 けれど、二人は決して臆することはありません。

「姫様は、後ろに」

「でも」

 私も、あの光を使えば戦えます。

「いいから。それよりも、回路の準備をしておいて。いつでも、起動できるように」

 マスターの様子で分かりました。

 何か、考えがあるのだと。

「分かり、ました」

 私は二人の背後にまわります。

 それでも、なにか援護が出来そうなときはするつもりで。

「……まずは、あいつの核を探す」

「……ま、基本だな」

 魔道人形クラウソラスの目が光を放ち、二人に向かってその強大な剣が降り下ろされます。

 それを、左右に分かれて避けるマスターとシンクさん。

「ドスとトレスの仇!」

「先生と師匠の仇!」


「「討たせて貰う!」」

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