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ハロー1216  作者: エル
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お仕事

 曰く、魔道人形というものは三つの要素で構成されている。

 曰く、その三つとは、魂に該当するクォーツ、入れ物である義体、そしてそれらを繋ぐ回路であり。

 曰く、マスターの専門は回路である、そうです。

「大変そうですねえ」

 お洗濯物を干しながら、私は呑気につぶやきました。

 マスターがいうところによれば、回路というものは一番繊細な上に根気がいる分野だそうで、その上外見やスペックで優劣の分かりやすい義体や、魔道人形の根幹をなすといっても過言ではないクォーツと違って、言ってみれば、地味で目立たないのが特徴だといえます。

 ですので、必然的に回路専門の技師というのは他二分野に比べて珍しく、マスターは重宝されてしかるべき技術職といえます。

 いえる、はずなのですが。

「なんでそんな時間と金がかかるんだ!」

「ですから、回路の本格的な修理というのは部品を変えて終わりというものではなく、地道な調整と再形成、定着と手間がかかるもので」

「手前そんなこと言って、足元見てんじゃねえだろうな!」

「どこに持って行ってもこんなもんですって」

 見えにくい部分というのはケチられ安いもの。

 こういうやりとりは、ここ半年で何度も見てきました。

 そして、ここでじゃあしょうがない、なんて言ってくれるお客様はレアケースで。

「もういい、他を探す!」

 これがお決まりのパターンです。

 お客様は乱暴な感じで工房を出て行きました。

 ちなみに、五割くらいの確率で結局またうちに頼みに来ます。

「全く、自分が乱暴に扱って壊したくせによく言うよ」

 お客様を追って工房から出てきたマスターは、呆れたように言います。

「衛士ってやつはこれだから」

 よくあることなので、もう怒ったりするようなことも無いようです。

「大変ですねえ」

 私も、もう慣れたものなのでそれくらいしかいうこともありません。

「なにが大変なんだい」

 ですが、今日は私のつぶやきに、反応する声がありました。

「やあ、プラムちゃん。今日も可愛いね」

「これはこれはジャンク屋さん。おはようございます」

 声のしたほうに振り向けばそこにはよく見知った方がいらっしゃいました。

「そんな他人行儀な呼び方しないでよ。俺のことはジャックっと呼んでっていつも言ってるじゃん」

「おい変態、人の魔道人形を勝手に口説くな」

「ご挨拶だなシュウ。人をいきなり変態呼ばわりとは」

「義体にメイド服を着させることに執着を持つような奴は変態以外の何物でもない!」

 この人はジャンク屋さん。私の義体をメイド服付きで用意してくれた人で、よくお仕事なども持ってきてくれる、とてもいい人です。

 私のことを気に入ってくれているらしく、よく声をかけてきてくれます。

「それで、本日はどのようなご用件ですか」

 この二人に任せておくといつまでもお話が進みそうにないので私から切り出します。

 できる秘書、というやつです。

「それは勿論、君に会いにだよ。笑顔の一つでも見せてくれると嬉しいかな」

 できる秘書、口説かれてしまいました。

「それは、ちょっと難しい注文ですね」

 私は、うまく笑顔を作ることができません。根本的に表情に乏しいのは、なんとも悩みの種です。

「君の義体とクォーツは最高のものを使ってるんだから、いつかは笑えるさ。その時に見せてくれればいいよ」

「もう用がないなら帰れよ、お前」

 マスターは辛辣です。遠まわしに回路は最高じゃないと言われたことも微妙に気にしていそうです。

「まあ待てって。ついでだけどシュウのほうにも一応話がある。ここじゃなんだから下の工房で話そう」

「最初からそう言え」

 そういってマスターはジャンク屋さんのほうを先に地下の工房に向かわせました。

「プラム。悪いけど洗濯物やりながらでいいから表の工房のほう見ておいてくれない?お客さんが来たら呼びに来てくれればいいから」

「分かりました。あとでお茶、持っていきましょうか?」

「いいよ、あんな奴下のオイルで十分だ」

 それだけ言うと、マスターはジャンク屋さんを追って地下の工房に向かっていきました。

 きっと今日も、持ってきてくれたお仕事の話か何かでしょう。

「では、私も」

 無駄話ばかりで、お洗濯物が進んでいません。

 今日はいいお天気。

 マスターが汚した作業着と私のメイド服を綺麗にする、絶好の日和です。


「例の地上げ屋が、結構強引にことを進めてる」

「そう、か」

 地下の工房に降りるなり、ジャックは僕に前置きも無しにそう言った。

 この町はほん少し前までなんの変哲もない寂れた田舎町だった。

 それが、闘技場が出来て状況は一変。

 町はその観戦目的の客で大いに賑わい、活気を取り戻した。そこまではいい。

 だが、問題はその後だ。

「土地の急激な値上がりに、町の景観保持、その上」

「お約束の利権問題だ。巻き込まれる方としちゃたまったもんじゃない」

 それほど難しい話じゃない。単純に言って僕らのような店を構えてる奴は邪魔なのだ。

 それも、息のかかってない魔道人形関連の技師は特に。

「だからってここを出ていくのはなぁ」

 これほどまでに解析の環境が整っている工房はなかなかない。

 ここを出ていくとなればプラムの解析も断念せざる終えなくなる。

「俺は、あんな連中のいうこと聞いて出ていく気はない。他の連中も似たり寄ったりさ。この町で技師なんてやってる奴は大概訳ありだしな」

 けど、とジャックは言う。

「お前の場合は目に見える弱点がある」

「それは」

 プラムのことだ。

 僕にとって大切で掛け替えのないもの。

 守るべきもの。

「俺たちには失うものなんてない。だから戦える。でもな、お前だけはとっと見切りつけてここから出て行った方がいいかも知れない」

「でも、僕だってここが」

「お前に、あの子以上に大切なものなんてあるのか?」

 僕のいうことを遮って、ジャックが静かに、けれども鋭い口調で言った。

 僕は、それに答えられない。

 答えられない?

 いや、そんなはずはない。

「そうだね。僕に、プラムよりも大切なものなんてもうない」

 そうだ、そんな当たり前のこと、今さらだ。

「惜しいとは思うけど、出ていくことも考えておくよ。忠告、感謝する」

「お前のためじゃない。プラムちゃんのためさ。大切にしろよ。俺は、あんなに凄い表情を作る魔道人形を見たことがない」

 思えば、こいつは最初にプラムに会った時からそういっていた。

「お前は、変態だが凄い奴だな」

「だろ。俺は、この審美眼と鑑識眼のみでここまで生き抜いてきた男だからな」

 だから、ジャンク屋などやっていけてるのだ。

「プラムには、なるべくこのこと知られたくないな」

「そうだな、自分のせいでって、思っちまいそうだもんな。本当に、まるで人間みたいだ」

「師匠が本気で作ったクォーツは人間さながらだったよ。最後まで、どうやって作ってるのか分からなかった」

 プラムも、そうだ。

 悩むし、感慨にふけるし、夢だって見る。

 先生が僕に託した、本当に、特別な。

「ま、いいさ。とりあえず気をつけろよ」

「ああ、分かった」

 それから、店を開けなきゃならんと言って、ジャックは帰って行った。

 僕は地下の工房で少し、考える。

 でも、もう、いいんじゃないかと、そんな風に、思えて。

「そう、だね」

 この穏やかな半年を思えば、それでいいと。

 プラムが一緒なら、それでいいんだと。

「先生」

 呟いて、いくつかのことを心に決めて、僕もまた地下から出る階段に向かった。

 プラムが、きっとジャックに捕まって困っているだろう。

 その尻を蹴りあげて言ってやるのだ。とっとと、店開けに帰れって。

 そんなこともまた、すぐに終わりを迎えるかもしれない、この町の思い出になると信じて。

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