プラムとステラ 1
あの日、敗走した森を、今度は逆に進んで行く。
目指すのは城の内部、姫様の部屋。
これまで幾度となく訪れた場所だ。どれだけ広大な城の中にあっても、大体の位置は把握できる。
その動きに淀みは無い。あるとすれば。
(ついて来ているな)
不安要素は後ろの二人だった。
自分が先導しているとはいえ、シュウは衛士としてのブランクが長く、姫様に至っては今は魔道人形にその魂を宿している。セーブして、二人が追いつける速度を維持しつつ、索敵と最短ルートの模索を続ける。
(……っく)
この森を見ると、どうしてもあの夜を思い出してしまう。
ウーノに担がれながら、夜の森を抜けたあの夜を。
(ウーノ、ドス、トレス)
最早この世にはいない、俺の魔道人形たち。
この報いは、必ず受けさせてやると誓ったあの夜。
(……魔道人形など、所詮ただの道具だと、そう考えていたはずなのにな)
いざ失ってみればこの体たらくだ。
未練がましいことこの上ない。
(今は、自分の責務に集中するべきだ)
城までの道行きを確保することと、姫様の護衛。そして。
(その上で、奴とは決着をつける!)
必ず、あの魔道人形は俺たちの前に立ちはだかるだろう。
その時が来たら、俺は俺の成すべきことをなす。
「……見えた!」
森を抜けると、眼前に城の外壁がそびえ立つ。
陽動が上手くいっているのか、その身を晒しても即時見つかるということは無かった。
「シンク、ここから先はどうするんだ?」
「案ずるな、策は考えてある」
俺は刃のない騎士剣を抜き放ち、上階の窓に向けて振り抜く。
「っは!」
魔力をコントロールし、影を鞭のようにしならせる。
伸ばした影が窓をぶち破り、派手な音を立ててガラスが砕け散った。
「えぇ!」
狼狽えるシュウに構わず、俺は。
「姫様、失礼いたします」
「え、あの?」
姫様を片手で抱きかかえて、影を縮める。
無論、影は窓枠の向こう側で固定されているのは確認済みだ。
「おい、シンク!」
手早く城への侵入を済ませた俺は姫様を丁重に下ろしてから、もう一度影を伸ばしてシュウの元に垂らした。
「早くしろ」
シュウの納得できないという表情はこの際無視。
シュウが影を掴んだのを見届けてから今度は引っ張り上げる形で影を縮ませる。
これで、全員城の中への侵入は果たした。
「おい!隠密にって話はどうしたんだよ!」
「ここはもう敵の結界内だ。入ればどうせ見つかる。なら手早いほうがいいだろう」
「だったら、事前にそう言うくらい」
「言い争ってる暇はない。さっさと行くぞ。姫様の自室は」
俺が記憶を頼りに城内を進もうとすると、誰かが俺の腕を掴んだ。
「姫様?」
「あの、多分、そっちじゃ、ないです」
姫様は、階の、ここよりも上を指差して言った。
「多分、あっち」
俺は、どういうことだ、という視線をシュウに向ける。
シュウは、一瞬だけ考える仕草をして、すぐに答えをだした。
「これはあくまで仮説だけど、肉体と魂っていうのは引かれ合う性質を持っているものなんだ」
「!そうか、つまり」
「うん。距離が近くなって、魂が、肉体に引き寄せられているんだと思う」
だとすれば。
「姫様の感覚に従えば」
「きっと、お姫様のいる場所に行ける」
「では姫様、ご足労ですが案内の方を……。姫様?」
見れば、姫様の体がふらふらと先ほど示した方向に進み始めていた。
その足取りも、視線も、心ここに非ずといった風体で。
「多分、義体に定着してるはずの魂が不安定な状態になってるんだ。……元の体に、戻ろうとして」
「なんだと!」
俺は慌てて姫様の体を支えた。
「どうすればいい!」
「声を掛けるんだ。ここに、この義体に魂を繋ぎとめるために」
俺はシュウへの返事も億劫だとばかりに姫様に語りかける。
「姫様!大丈夫ですか!お気を確かに!」
だが、一向に姫様の状態が正常に戻る気配は無かった。
どころか、どんどん、体から何かが抜けているようで。
「姫様!姫様!」
焦点は定まらないまま、どこかに向かう足は止まらずに。
俺は、自分の無力さを歯噛みして、そして。
「プラム」
たった一言だった。
シュウが、そう声を掛けただけで、姫様の顔に生気が戻る。
「あ、マス、ター?」
「プラム。平気かい?」
「……ごめんなさい、マスター。少し、ぼーっとしてしまいました。シンクさんも、支えてくださってありがとうございます。もう、一人で立てますから」
「……分かりました」
俺は、支えていた腕を、離す。
「マスター。私、誰かに呼ばれている気がします。多分、向こうの方」
……姫様が示した先、その場所は。
「あの部屋か」
あの夜。俺を罠に嵌めるために招き入れた、あの部屋に。
「心当たりが?」
「ああ。場所は分かる。行こう」
奴が罠を張っている可能性は十分にある。
だが、行かなければ。
俺は、取り戻さなければならない。




