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ハロー1216  作者: エル
37/48

約束

(いいんだ)

 マスター。

(僕とプラムはずっと一緒にいる。いつまでだって一緒だ)

 そう、約束したじゃないですか。

(帰る場所があるなら、そこに帰してあげたいんだ)

 マスターのいる場所が、私の帰る場所じゃダメなんですか?

 私は、どうしたら。

「ねえ、答えて」

 真実を知っているはずの、私の魂。

 けど、返事はありません。

「私は」

 私は、誰であるべきなんでしょうか。


「名付けて!『地下から潜ってお城を強襲作戦』!」

「「…………」」

「なになに、二人してその微妙な顔は」

 そりゃあそんな真剣味に欠ける作戦名じゃあ微妙な顔にもなる。

「……作戦名はいいとして、だ」

 シンクが気を取り直して言った。

「城へ入れる地下通路があると」

「正確には敷地内に入れる、だな。ここを見てくれ」

 広げられた地図には、赤い点が二つ記してあった。

「この二点が、抜け穴の入り口と出口になる」

「随分城から遠いな」

 見れば、出口は城の周辺に広がる森の中ほどに位置する場所にあった。

「城の中に通じるようなルートは、全部潰されてやがった。この一本だけが城から離れてるおかげで見落とされてたんだ」

 けど、この距離は奇襲には致命的だ。

 森から城への侵入ですら簡単じゃない。

 さらに言えば、プラムをお姫様に触れるくらい近くに連れて行かなくてはならないのだ。

「ま、そのまま城に侵入するのが難しいのは分かる。だから、城の敷地内、森に入ったら二手に分かれる」

「……なるほど、陽動作戦という訳か」

「ご明察」

 作戦の概要はこうだ。

 二手に分かれたあと、陽動班は森を抜けて正門付近、その内側で事件を起こす。

 見張りの兵士や騎士が正門に注視してる間に、突入班が裏からこっそりお姫様の元に向かうというもの。

「この作戦は要は陽動よりも突入班の方だ。森から城へ、そんで城の中でも姫さんの元に行くための最短ルートを知ってる奴が必要だ」

「つまり、俺か」

 つい最近まで城でお姫様の護衛を務めていたシンクだ。

 城の内部、外部に関わらずその隅々までを把握していることだろう。

「けど、問題がもう一つ。姫さんの傍には、必ずあいつらが控えてるだろうぜ」

「あいつらって、例の」

 宰相バロールと魔道人形クラウソラス。

 先生たちを襲い、シンクの魔道人形を破壊した、一つ目の悪魔。

「それこそ望むところだ」

 シンクの瞳に闇の炎が灯る。

 彼にとっては、大切な相棒を破壊した復讐の対象だ。

 平静でいる方が無理だろう。

「分かった。あんたは突入班だ。で、宰相が来たらその足止めも、あんたの役割ってことで異論はねえな?」

 シンクは黙って頷く。

「よし。んで、お嬢ちゃんはどうあっても突入班に入れなきゃ意味がねえ」

 プラムは、返事をしなかった。

 自分のことに話が及んでも、所在無く視線を伏せるだけだ。

「…………」

 プラムの様子があの日からずっとおかしいことは分かっていた。

 プラムはまだ、自分のこれからに迷っているのだろうか。

「……姫様」

 シンクは、その沈黙をどう受け取ったのか、真摯なまなざしをプラムに向けて言う。

「ご安心ください。姫様が元に戻るための道、この俺が必ず切り開いて見せます」

「……はい」

 僕はその返事を漠然と肯定とは受け取れなかった。

 この国のお姫様がどんな人だったかなんて僕は知らない。けど、プラムのことはよく知ってる。

 自分の我が儘なんて決して言ったことのないプラム。今回のことも、自分の意見を言えずに困ってるだけじゃないのか。

 もしも、プラムがこのままで居たいって、本気でそう思っていたら僕は。

 僕は、どうするべきなんだろうか。

「で、技師の兄さん」

「……なんだよ」

「そう怖い顔すんなって。あんたはどうする?」

「どうするって」

 ドキリとさせられる。

 どうするって、それは。

「だから、突入班と陽動班、どっちに入るかってはなしだよ」

「……ああ、そういう」

 少し、ほっとする。

 僕の考えが読まれたわけじゃなかったらしい。

「僕は」

 僕が言葉を発しようとしたとき、プラムが僕のことを見た。

 伏し目がちな目で、何かを言いたくても言い出せない。そんな風に。

「僕も突入班にする」

 プラムの不安は考えて余りあるほどだ。

 彼女が感じている自分の状況と、僕たちが考える今後の方針との隔たりが、それを生み出している。

 ならせめて、僕だけでもプラムの傍にいたい。

「なんだよ。三人と一人か。バランス悪いな」

「反対なのか」

「いいや。最初から、そうなるだろうと思ってたよ」

 

 作戦は決まった。

 決行は明日だ。

「時間はこっちに味方しねえ。最悪の事態を考えると、なるべく早い方がいい」

「最悪の事態って?」

「……こっちの位置が人海戦術でばれちまうことさ」

 なにかまだ隠していそうだったけど、一応はそれで話は終わり、各自に部屋に戻って明日に備えることになる。

 あとは、明朝を待つばかり。

「けど」

 その前に、するべきことがあった。

 プラムと話をしなくちゃいけない。

 僕のためにも、プラムのためにも。

 ……少し違うか。

 僕らのために、話さなきゃいけないんだ。

「プラム、いる?」

「……はい」

 隣室をノックしてからプラムの部屋に入る。

 僕らはずっと一緒だったし、こういうときは同じ部屋で過ごしていたけど、今は別々だ。

 シンクの奴が僕らが一緒の部屋に寝泊まりすることに反対して、プラムにも一人で考える時間が必要だろうと思って僕もそれを了承した。

 それも、今では少し後悔している。この半年で、僕は誰かと一緒にいることに慣れ過ぎて、一人で部屋にいることに、少し、寂しさを覚えてしまった。

「マスター」

 プラムは、窓際で椅子に座って膝を抱えている。

「どうしたんですか、マスター」

「プラムに会いたくなったんだ」

 それも嘘じゃなかった。

 プラムと会って、話がしたかった。

「聞きたいんだ。君が、どう考えてるのか」

「…………」

 プラムは、下を向いて俯いたままだ。

 ああ、やっぱり。

「プラムはまだ、迷って」

「違います」

 僕の予想に反して、プラムはきっぱりと告げた。

「違うんです」

「違うって」

 何が。

「みなさん」

 くぐもっていて、沈んだ声。

「必死ですよね。お姫様のために」

「そうだよ、シンクたちはプラムのために」

「それが、違うんです」

 小さくても、悲痛な叫びだった。

「みんなが助けようとしているのはこの国のお姫様で、私じゃ、ありません」

「それは、そんなのは」

 一緒だろうと、そう思ったのは一瞬だった。

 本当に、そうだろうか?

 プラムの叫びは続いた。

「私にとってその人は、全く知らない他人なんです。その人が大事で、助けようとしてる。……私を、消してしまって」

「そんな訳!」

「怖いんです!」

 プラムの中の、恐怖。

「もしも明日、私がその人に触れることが出来たとして、その後どうなるのか。私が消えてしまって、私って存在がその人に成り代わっちゃうんじゃないかって、そんな、風に」

 それは自己の消滅に対する、恐怖だ。

「私は、あの人のようにはなれません。自分が消えるって分かってて、それでも、冷静で。ましてや、それを幸福だなんていえるはず、ありません」

 プラムが言っているのはあの地下で出会った先生のことだ。

 自分が本物の複製でしかないという残酷な真実を自覚し、もうすぐ消える存在だと知っていてなお、それを幸福だと語った、先生の。

「ごめんなさい、マスター」

 謝らないでと、言葉にすることができなかった。

「絶対に言うべきでないことを言いました。もう、後戻りする道は、ありません」

 プラムの、無理やり作ったかのような穏やかな表情。

「プラム」

 僕は何を言うべきか迷って、バカみたいなことを、言い出してしまった。

「話を、しよう。あの、二人で逃げるって決めた、あの夜みたいに」

「申し訳ありませんマスター。今夜は、一人にしてください」

 プラムに拒絶されたことに、僕は酷い衝撃を受けた。

「今は、未来について、語る気分ではないんです。今夜中に、覚悟だけは決めますから。ですから、どうか」


 自室に戻って、僕は蹲って惨めに泣きそうになった。

 なんで、こんな簡単なことにも気が付かなかったのか。

 僕らが勝手に先走って、プラムの気持ちを確かめもせずに。

(プラム)

 僕は、手持ちの荷物からありったけの工具と材料を床に広げた。

 今夜は、徹夜になるだろう。

(プラム)

 一つだけ、どうしてもやっておくべきことがあったのだ。

 作業をしている方が、気が紛れる。

(プラム)

 僕は、妄信的に信じるしかなかった。

 これから先の行動が、プラムのためになるんだって。


「マスター」

 私は、自分の中で整理をつけていきました。

 もう、逃げるという道はありません。これから先何があっても、私という存在はマスターの邪魔になるから。

 なら、私は消えてしまったほうがいい。

 月明かりを見上げます。

 あの夜に語った一夜の夢は、やっぱり夢でしかなかったけど、楽しくて、美しかったなぁと思うのです。

「マスター」

 それに、私が本来いるべき場所に、帰るだけのことなのです。

 それが、あなたの望みでもあるのでしょう?

 もう一人の、私。

「マスター」

 この国のお姫様や、他の誰のためであっても嫌ですが。

 私は、マスターのためであるならば。

 消えてしまってもいいと、そう思えるですから。

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