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ハロー1216  作者: エル
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人形姫 一人

 虚ろな伽藍堂。

 明滅する月明かり。

 あなたのいない世界は、こんなにも、寂しい。

(シンクさん)

 私を私に繋ぎとめていたものが薄れていく。

 鼓動が消え、ほんの一指しほども動けない私。

 まるで、人形みたい。

(シンクさん)

 あなたを守りますと。

 そう、この部屋で約束してくれたのに。

(どうして)

 音の無い世界で、私は。

「……クソ!…定着…率が!もう……持たない……!」

 今の私の姿を見て、口汚い罵りを上げる人が、一人。

 この人は、宰相の……。


 ある日唐突に、私の体は弱くなった。

 それだけじゃなくて、魔術回路の起動はうまくできなくなったし。

 それに何より、自分の記憶に実感が持てなくなってしまった。

 自分のことなのに、どこか他人事のように感じて。

 なんだか、自分のことなのに変だなって、違和感を感じていました。

「……雨」

 部屋の外にもあまりでなくなった私は、ぼーっと窓の外を眺めています。

 灰色の世界はあまりにも目まぐるしく動いて、私には少し、ついていけないくらい。

「姫」

「……あ」

 いつの間にか、私の横には私の騎士が。

「体調の方はいかがですか?」

 私の速度に合わせてくれるのはこの人だけ。

 だから、なんだか世界に少し色が付いたみたいで安心します。

「ええ、少し良くなりましたよ、シンクさん」

「…………」

 けどこの人も、なんだか最近私に接するとき、少し寂しそうな表情を浮かべるんです。

 私が、うまく笑えなくなったのが原因、なのでしょう。

「あの」

「いえ、それは、良かった」

 それから私とシンクさんは、黙ったまま窓の外を眺めていました。

 雨は、止みそうもありません。

「……俺が、必ずあなたを守りますから」

 シンクさんは、ぽつりと、呟くように言いました。

「あの夜に、誓ったように」

「あの夜?」

 私は、それがいつの日のことなのか、すぐに思い出せずに、思わずそう言ってしまいます。

 けど、それをすぐに後悔しました。

 シンクさんが、傷ついた表情を浮かべたから。

「あ」

 曖昧な記憶を必死に辿って、ようやくそれがいつの日のことか思い出せました。

 それは、あの夜会の日のことでしょう。

 けど、今の私には、どこか遠くに感じられます。

「ごめんなさい」

 私には、謝ることしかできませんでした。

 けど、その謝罪が、シンクさんをより一層傷つけたことは、すぐにわかりました。

 シンクさんは、その目を見開いて、何かを決意したかのように頷いて、私の方に向き直りました。

 その瞳は夜の色。

「姫」

 そして、瞳だけは逸らさないまま、その場所で膝をつきます。

「何度でも言います。あなたが不安にならないように、何度でも誓います。俺は、あなたを守る。時には剣となり、時には盾となってあなた傍らにいます」

 それは、本当は、私にとっては二度目のはずなのですが。

 どうしてか、初めて、私を誰かが見てくれたような感覚に、囚われました。

「あの夜も、あなただからだと、そう言いました。その気持ちは今も変わりなどありません。俺はあなたがどんなふうに変わろうとも、変わらずに忠をつくします」

 ああ、私、ここに居たいって。

「あなたのいる場所が、俺のいるべき場所です」

 私は、本当に、嬉しかった。

「いつだって、あなたを守ります」

 それが、私をこの場所に繋ぎとめてくれている、想い。

「シンクさん」

 私の口からこぼれる想い。

 なんで、あんなことになってしまったのですか。


「貴様を、殺す」


 見たこともない表情で、私に迫るあの人。

 宰相が異変に気が付いて守ってくれなければ、今頃私は……。

 けど、あれ?

 やっぱり、なにか、おかしいような?

 どんな、顔で、どんな、風に、私を……?


「ふぅ、これで、まだもう少し持つだろう」

「バロール……?」

 目を覚ますと、私はなにか複数の機器に繋がれ、ベットに寝かされていました。

 その機器を覗き込んで、なにやら作業しているのは宰相のバロールです。

「目を覚ましたのか。手間をとらせやがって」

 けど、バロールの表情は、これまで見たこともないようなもので。

 私への敬意なんて微塵もない、ただの物を見るような、そんな風に。

「リア・ファル」

「はい」

 あれ?

 私、なんで。

「眠れ」

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