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ハロー1216  作者: エル
35/48

騎士二人 2

 この人は、誰なんでしょう?

「…………」

 最初に見たときからずっとそうした疑問が、私の中にはあったのです。

 その声を聴いてほっとしたような気持ちになったり。

 その瞳になにか懐かしさを覚えたり。

 そしてあの時口から零れ落ちた言葉。

「シンク」

 それがこの人の名前なのでしょうか?

 私とこの人の関係は?

 答えなんて何も出ないまま、それでもなんでか離れがたくて、私はずっとその人の眠るベットの傍に居ました。

 

 暗闇の中を彷徨っているような感覚があった。

(ここは、どこだ?)

 目の前に広がるのは、黒い影と黒い泥。

 光のない暗闇の中で、そんな物が蠢くように大地を覆っていた。

(俺は、何故こんなところに?)

 一歩足を踏み出そうとしたところで、おぞましい何かに足を取られる。

 見れば、黒い泥に足が沈み込むように、黒い影がまとわりつくように俺の足をからめ取っているのだ。

 進むこともままならないまま、俺は焦燥に駆られた。

(はやく、行かねばならないのに)

 けれど、それは、どこに?

 だが、もがけばもがいただけ、振りほどこうとすればその分だけ、足は闇に沈み込んでいく。

(く、そ)

 泥が、影が、足を覆いつつあった。いや、それどころか、その範囲は徐々に広がっている。

 まるで、俺を浸食していくように。

 だが、異変はそれで終わらない。

(なんだ?)

 目の前で泥と影が律動を始め、ぼこぼこと泡立ち少しづつ立ち上っているのだ。

 それは形をとり、真っ黒な泥人形が出来上がる。

 その姿は。

(ドス?)

 俺が長年付き従えた、影人形と同じ造形となった。

 次いで、その隣にもう一度同じ現象が起こり、もう一つ分の罪が、俺の前に姿を現す。

(トレス!)

 俺が、置き去りにした魔道人形。

 それが、まるで出来の悪いマリオネットのようにガタガタと震えながら立ち上がり、ふらふらと幽鬼的に俺の方に迫ってくるのだ。

 そして、背後にもう一つ同じ気配。

(ウーノ)

 振り返れば、そこにはあの森で俺を逃がしてくれた騎士の姿が。

 それが、ボロボロに腐敗していくように形を崩しながら、俺の方に手を伸ばしている。

(これは、俺の罪なのか)

 俺に長く仕えてくれた三体の魔道人形を見捨てた、俺への、罰。

 黒い泥は、俺という存在をすでに半分以上呑み込みつつあった。

(俺は、喰われる、生贄か)

 だが、どうすることもできない。

 そして、最後に現れたのは。

「あ、ああ。あああああぁ!」

「シンクさん」

 暗い影で形作られた、凄惨な笑みを浮かべ、黒い泥の涙を流す、姫の姿。

 その手には、俺に賜られた騎士剣を握り。

「シンデ、クダサイ」

 すでに顔の半ばまで泥で覆われた俺に、その剣を突き立てて……。


「は!」

 息が、荒い。

 気が付けば見覚えのない薄暗い部屋の中で、俺はベットに仰向けで寝かされていた。

 震える手で額を抑える。

 あんな、悪夢を見るなんて。

 罪の意識にでもあてられたか。

 そんな感傷、何の意味もないのというのに。

「あの」

 不意に声を掛けられた。

 隣に誰かいるらしい。

 俺はそっと首を横に動かして……。


「六式、か」

 先生から受け取ったその銃は、不思議と僕の手に馴染んだ。

 弾倉を横にずらすと六発分の弾が装填できるのが分かる。

 しかし、その全てが今は空っぽだ。最初から、弾は入っていなかったし、トランクケースにも弾薬らしきものは入っていなかった。

 最初は、市販の弾薬を別で調達する必要があるのかと思っていたが、これは、むしろ。

「きゃあ!」

「プラム!」

 急に、隣の部屋からプラムの悲鳴が響いた。

 なにか、起きたのだ。

 僕は急いで部屋を出てプラムと黒騎士のいる部屋のドアを蹴破る勢いで開いた。

「プラム、なにが……!?」

「ま、マスター」

 プラムはおろおろと目の前の光景に狼狽えている。

 僕も、なんというか、どうすればいいか分からなかった。

「姫様」

 部屋に入って最初に見た光景は、この三日間眠り続けていた黒騎士が起き上っている様だった。

 それはいい。

 問題は。

「知らぬこととはいえ、数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした」

 その黒騎士が、プラムに跪いて深々と頭を垂れているところだ。

 プラムは僕に助けて欲しいとばかりに視線を送ってくるけど、僕にだってどうしたらいいのか分からない。

「主に刃を向けるなど!騎士として本来あってはならぬこと!いかような罰もお受けする所存です!」

「え、いえ」

 プラムはもう泣きそうだった。

 メイドに跪く騎士という珍妙な光景に、僕も頭を抱えたくなったが、本人はいたって真面目にやっているので軽々には止めづらい。

「ですが、それも全てが終わってからにしていただきたく存じます。必ずや姫様を元の御姿に戻して見せます。どうか、処罰はその後に」

「あの、その」

 プラムが限界を迎えてその場から逃げだす。

 向かった先は部屋の出口、というか僕の背後だった。

「マスター、なんとかしてください」

 僕の背中に隠れながらプラムはぷるぷると震えていた。なにか怖かったらしい。

「あー、プラムも騎士さんも少し落ち着いて」

「貴様!馴れ馴れしいぞ!その御方をどなたと心得る!」

 膝をついたまま顔だけ上げて、凄い剣幕で僕を睨む。

 いや、勘弁してくれ。

 だけどこの男は僕が何を言おうと聞く耳なんて持たないだろう。だったら。

「だ、そうだけど、プラム、僕も敬語、使ったほうがいい?」

「そんな!止めてくださいマスター!マスターまであんな風になったら、私はもうどうしていいか」

「だ、そうだよ」

「だが、しかし」

 なおもなにか言い募ろうとするが、プラムの狼狽えた様子を見て冷静なったらしく、不服そうながらも、その矛を収めた。

「分かった。今だけは不問としよう。そのことよりも、まず聞きたいことがある」

 黒騎士は辺りを見回して、いまさらのように言うのだった。

「ここはどこだ。そもそも俺はなぜこんなところにいる」


 プラムには二人きりで話をさせて欲しいと隣の部屋に移動してもらった。

 心配させるかなとも思ったが、プラムの方は案外すんなりと受け入れてくれたのだ。

「仲良く、して下さいね?」

 そんなことまで言われる始末だ。おせっかいというかなんというか。

 それから、僕らはまず互いの名前と素性を教えあった。

「俺はシンクだ。姫様直属の騎士団である黒騎士団の団長だ」

「僕はシュウ。あの魔道人形のクォーツを作った人たちの弟子で、プラムのマスターだ」

「それは知っている。資料にあった」

 酷くそっけない態度で、プラムに話しかけていた時とはえらい変わりようだった。

 まるで、僕に敵意さえ抱いているようだ。

「だが、聞き捨てならん点があるな。お前が、あの御方のマスターだと。いいか、お前は知らないだろうが、あの御方はなぁ」

「あー、落ち着いて聞いてほしい。僕は数日前にその正体を知った」

「なんだと。どこで」

「あのクォーツを作った本人にさ」

 正確には、違うのかも知れないけれど。

「まずは情報を出し合おう。僕の知ってること、経験したこと。それと、シンクの知ってること、何を見たのか。話は、それからだ」


「なるほど」

 僕らはお互いに、ここ数日にあった様々な出来事を話し合った。

 僕は、先生の残したメッセージを受け取って、その真実を手に入れたこと。

 シンクは、プラムに出会った時に感じた違和感から、何かを知っていそうな者に問い詰めて、そして始末されそうになったことをだ。

「その宰相が従えてた魔道人形は先生たちと最後に対峙した物と同じで間違いなさそうだね」

「ああ。多分な。一つ目の、巨人型魔道人形だった。それも、核になっている部品は秘宝クラスだろう」

 魔道人形クラウソラスに、裏で暗躍する影の騎士団。それらが、最低でも僕らの前の立ちはだかる敵だ。

「一つ、俺も気になる部分がある。姫様に施された記憶に関わる施術というのは、どういったものなんだ?」

「ああ、それはね」

 僕にはある程度まで憶測が出来ていた。

「人間の記憶っていうのは基本的に魂じゃなくて脳に蓄積される。だからこのまま魂を肉体に戻したら、魔道人形の時の記憶は失われてしまう。どころか、最悪魂と記憶の祖語でどちらかが擦り切れてしまう可能性すらある。けど」

 僕は手のひらをぎゅっと握りしめる。

「先生たちがやったのは、魂に圧縮した記憶を刻みこむってことだと思う」

「魂に、記憶を?」

「そう。圧縮された情報は元の体に戻った時に魂を通じて脳に解凍、蓄積を行う。これでプラムは、魔道人形だった時の記憶を失わずに、元の体に戻ることができる」

 あとは、二つの体の魔術回路どおしを繋ぎ合わせれば、魂は自然と元の肉体に戻るはずだ。

「必要なのは」

「どうやってお姫様のところまで行くか、だね」

 少なくとも、プラムと姫様が接触をする必要があるのだ。

 まさか事情を話して謁見させて貰う訳にもいいくまい。

「一応聞いておく。お前は姫様を元の御身に戻すつもりなのか」

「……ああ。僕は、プラムをもとの、居るべき場所に帰してあげたい」

 それが、僕の結論だ。

「信用、していいんだな」

「なんでさ」

 シンクは、そっと顔を伏せた。

「俺は、すでに孤立無援だ。今頃は、反逆の徒として指名手配でもされていることだろう。その上、戦力である魔道人形三体も、すでに失っている。だが、それでも」

 三日前には死にかけて、今だってまだふらふらのはずなのに、その瞳には力があった。

「為さねばならないことがある。そのためには仲間が必要だ」

 僕は素直に感心する。

 これが、騎士。

 僕の、目指すべきところ。

「手伝って、くれるか?」

「勿論だ。僕の方こそ、頼みたい」

 それが、僕らの同盟の証だ。 

 僕はプラムのために、シンクはお姫様のために。

 別々の名前の、同じ魂を持った人を助けたいがための同盟。


「さて、話はまとまったかい?」

 急に僕らの間に声が割り込む。

 僕らは、はっとしてそちらを振り向いた。

「貴様!よくも俺をあんな目に!」

「いいじゃねえの、最終的には助かったんだから」

 そこに居たのは、あの神出鬼没で胡散臭い男だった。

「そんなことよりも、だ。おたくら、具体的な方策とかあるの?」

 にやにや笑いで聞いてくる。なんて不躾な奴だろうかと、僕とシンクは同時に思った。

「はいはい、特にないって訳ね。それで二人で盛り上がっちゃって」

「では貴様にはあるのか、なにか策が」

 シンクの詰問に、男は口元だけでニヤっと笑って見せた。

「勿論さ。俺にはちゃんと秘策ってもんがあるぜ。あの城に忍び込んで、お姫様に夜這いをかける方法が、ちゃんとさ」

 明るい、これまで見たことのない顔で、そいつは言った。

「さあ、こっからは反撃の時間だ」 


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