騎士二人 1
「プラム」
「いいんです。ここに、いさせて下さい」
あれから三日間、この黒い騎士は目を覚まさなかった。
プラムは、ずっと彼の傍にいる。
これまで、何にも執着なんてしなかったプラムが、ただずっと、そこにいると言って聞かなかったのだ。
自分でも、理由は分からないという。
「なんだか」
プラム自身も、困惑していた。
「私は、この人を知っている気がするんです」
未だに自分の過去について整理のついていない彼女は、黒い騎士の傍らで思い悩んでいるようだった。
僕には、それがなんでか少しもどかしい。
「やあやあお二人さん。その後、騎士さん起きた?」
「お前なあ」
この面倒事を持ち込んだ張本人が部屋の奥から顔を出す。
「そう怖い顔すんなって。真実を知っちまってる者同士、仲良くしようや」
いちいち大仰な動作で両手を広げて、僕の肩に手を回す。
「坑道での借りを返すと思って、ここはひとつ、頼むよ」
「……はぁ」
僕は肩を落とす。
この胡散臭くもその正体をはぐらかし続ける謎の男が訪ねてきたのは、この黒騎士を助け出したそのほんの少し後のことだった。
「マスター。私を、元の場所に帰すって」
「言葉通りの意味だよ」
もう戻れない扉に背を向けて、僕はプラムと向き合った。
「僕は」
話しながら、自分の中の感情を整理していく。
「この国に忠義なんてものは無い。ましてやこの国を取り巻く陰謀だって、知ったことじゃない」
政治権力の奪い合いなんて、大半の人間には関係のない話だ。
「僕と先生たちを永遠に断絶させたことは勿論許せない。けど、それ以上に僕は、僕をずっと支えてきてくれた君に本当に帰る場所があるなら、そこに帰してあげたいんだ」
それが。
「それが本当の意味で、プラムのためになると思うから」
「ありえません」
プラムは、泣きそうな顔をしていた。
「私の一番は、マスターの傍にいることです。それ以外はいりません。さっきの話が本当でも嘘でも、それは変わりません」
子供みたいに、首を横に振って。
「ましてや、私のためになんて」
「聞くんだ、プラム」
僕はその肩を掴んで、その瞳をまっすぐに見つめる。
「それは、今の君の意見だ。目覚めてから半年分の記憶しかない、魔道人形プラムの意志。でも、本当の君は別にいる」
「……もしそうだったとしても、今の『私』には関係ないことです」
「プラム……」
彼女にとって、自分の人生は記憶にあるこの半年分しかない。
それが急に、君は元人間で、それもこの国のお姫様だと、そう言われても困るだろう。
プラム自身はそんな事実、望んでいないのに。
「それでも」
僕は、その手に一層力を込めた。
「それでもやっぱり、君は戻るべきだ」
そうそれは。
もう帰ることのできない場所を持つ僕の、ある種のエゴなのかも知れなかったけれど。
帰れる場所があるなら帰るべきだなんて。
「それに、僕たちはいつまでも逃げ続けることはできないよ」
「そんなの」
「分かるさ。相手は国で、君のその魂を本気で狙っている。プラムをそのクォーツに封印した奴は、君の魂を必要としているんだ。どれだけ逃げたって、そいつはいつか僕たちの平穏を奪いに来るだろう」
プラムにそんな未来しか与えられないマスターに、僕はなりたくない。
「なら、戦うしかない。僕は、戦う。プラムは、どうしたい?」
「私は……」
「おい!お二人さん!」
急に、僕たちの間に声が割り込む。
例の、この場所を教えてくれた念話の声だった。
「今、首都に居るんだよな!」
「ああ。けど、なんで」
「今からある場所に向かってもらいたいんだ!そこで死にかけてる奴がいるだろうから助けてやって欲しい!」
その声はなんだか切羽詰まっているように聞こえた。
「本来は俺が向かう予定だったんだけど、ちょっと色々手間取っちまって、行けそうにないんだ。頼む。場所は」
声が一方的にまくしたてる。
まだこっちは了承も何もしていないのに。
「おい、そんな、急に!」
「そいつは」
「お前たちの力になってくれると思うぜ」
そうして気配が消える。
最後まで、こっちの事情なんてお構いなしだった。
あるいは、それほどまでに緊迫した状況なのかも知れなかったが。
「マスター」
「……とりあえず、行ってみよう」
僕は、先ほど聞いた場所をへと向かうために、地上に戻る通路に足を進めた。
「プラム、さっきの答えは今じゃなくてもいい。けどちゃんとプラムなりの答えを出して欲しい」
後ろから黙って僕の後をついてくるプラム。
返答は、無かった。
今は、それでいいと思った。
指定された場所は、郊外の奥まった場所にある用水路だった。
「こんな場所に?て、プラム?」
ずっと僕の後ろを歩いていたプラムが、急に僕を追い越して用水路の中に入って行く。
何で急に、と思ったのは少しのことで、僕はすぐにその真意を知ることになった。
用水路の中に、誰かが倒れているのだ。それを、プラムが僕よりも先に気が付いて、駆け寄ったらしい。
「大丈夫、ですか」
プラムの呼びかけ。
僕がプラムに追いき、その男の顔を見て驚いた。
「あの時の、黒騎士」
僕たちを坑道で追いつめた騎士が、プラムの腕の中でぐったりと意識を失っている。
「この騎士が、僕たちの力になるって」
「マスター」
プラムが、黒騎士をその腕に抱えて立ち上がる。
「このままでは危険です。早く、私たちの隠れ家へ」
「う、うん」
プラムには戸惑いも迷いもなかった。
そこには、いつも僕に向けてくれていたような決意の表情があって。
「行きましょう」
プラムが、僕以外にそんな顔をするのが初めてで、僕の方が複雑な気持ちになった。
それは、きっとプラムじゃないプラムの記憶が、彼女にそうさせているのだ。
彼とプラムを結んでいる絆は、魂にも及んでいるという証明。
「マスター、早く」
「分かった」
僕はこれから、この喪失と返還を何度も繰り返すことになるのに。
なんでか、そんなことが、僕の心を大きくかき乱すのだった。




