半信半疑の都市伝説
それは、夜の一幕。
それは、美しき薔薇園の風景。
それは、私を映すあなたの虹彩。
私の手を取り騎士の誓いを告げるあなた。
微笑む二人。
そう、それは美しい物語の一幕のようで、この一瞬に永遠を望むあなたの瞳はほんの少しの曇りもなくて。
私は、それがきっと嬉しかったのだろう。
こんなに尊いものを私は他に知らなくて。
それが私に向けられていることが誇らしくて。
それは、そう。
私もまた永遠を望んだ、物語のような遠い一幕。
「……夢、ですか」
目が覚めれば、そこはいつもの地下の工房。
明かりがなくとも見える目と、布団がなくても寒くない義体。
私は、マスターの魔道人形のプラムです。
時刻は、きっといつも目覚めるよりも早いでしょう。
けれど、私はゆっくりと起き上って地上に戻る階段に向かって足を進めます。
今日は早めにマスターの朝食を作ろうと、そんな気分になったからです。
「?」
途中、目元を拭う動作を、無意識のうちにしていました。
この体には、涙を流す機能なんて、あるはず、ないのに。
「ふーん、夢、ねえ」
「はい」
朝食を終えた後、私はマスターに淹れる紅茶の準備をしながら、今朝のことを話しました。
「あの、このようなことをいうのはなんですが、私のようなものが夢など見るものなのですか?」
それは少し不思議な話でした。
人形の域を出ない私たちが夢を見るなど、普通はありえない気がしたからです。
けれど、マスターはあっけらかんと答えました。
「それがね、結構有名な話なんだけど、魔道人形は夢を見るものらしいんだ」
驚きです。私たち、すごい。
「勿論かなりの高水準のクォーツに限った話だけどね。そんな機能誰もつけていないのに、そういう例がごく稀に発生するらしい。けれど、なんというかそれは有名ではあっても都市伝説的な話なんだ」
「都市伝説、ですか?」
「そう。魔道人形が夢を見たって報告される例はある。でも、僕たちはそれを観測できないからね。夢っていうのはそもそもが曖昧なものだからさ。見た人が見たっていう以外に根拠は存在しない。魔道人形が夢を見たって言っても、それが事実かどうか確認することができないから、半信半疑の都市伝説って扱いなんだ」
ほえー、と私は紅茶を淹れなながら感心します。
「今でも信じてる人半分、そんな馬鹿なという人が半分ってそんな感じ」
「マスターは信じているほうですか」
紅茶のカップを置きながら、私は尋ねます。
「うん、信じてるよ。色んな根拠、それこそさっきプラムが夢を見たって言ったのも根拠の一つだけど、一番はね、先生が昔言ってたんだ。『ああ、これだから魔道人形は面白い』って」
紅茶のカップを傾けながら、マスターはそんなことを言いました。
「その本当の意味、ずっと知りたいと思ってたっけ」
昔の、私を作ったという『先生』と『師匠』の話をするとき、マスターは少し寂しそうな顔をします。
それは、私の知らないマスターの一面なのです。
「ああ、でも、そうか」
そんな空気を変えるためになのか、マスターは明るめの声で私に声をかけてくれました。
「プラムの場合は、もしかしたらあのなんだかよくわからない記憶容量になにか関係があるかも知れない。ねえ、どんな夢を見たの?」
「そう、ですね」
私はうーんと、むむむーんと頭を絞りましたが、手を伸ばせば伸ばすほど、その間をすり抜けていくように。
「なんだか、忘れてしまいました」
すっかりと、夢を見た事実以外は消えて。
「とっても綺麗だった気が、するのですが」
残ったのは、そんな感想が一つだけ。
「はは、忘れるなんて、まるで本当に人の見る夢みたいだ。うん、わかった。なにか思い出すか、また夢を見るようなら言ってよ。僕も、少し興味が湧いたからさ」
マスターは紅茶を飲み終わったカップをソーサーに戻して、立ち上がります。
「ごちそうさま、おいしかったよ。今日もありがとう。僕は工房で作業に入るから、洗い物、よろしく頼むね」
「はい。わかりました」
私はカップを受け取って、流し台に持っていきます。
これで、お話はおしまい。
私もマスターも、お仕事の時間です。