クォーツ
「おや、教授。こちらのクォーツはどうしたのですか?」
それは、今から八年前のことになる。
「流れ物でね、面白そうだから買ってみたんだ」
そのクォーツの出自は、何処かの露店だったらしい。
それを偶然通りかかった教授が買ったのが始まりだった。
「かなり高純度のクォーツだ。中になにが入ってるのか、興味は尽きないねぇ」
そう言って、踊るような仕草で、そのクォーツを解析機にセットする。
どうにも、愉しくて仕方がないという感じだった。
「金持ちの道楽か、どこぞの研究所の禁製の逸品か。これだけのクォーツだ。なにが出るかなっと」
教授は鼻歌交じりに解析を進めて行ったが、ある一定まで進むと、その声も止んだ。
なにか随分つまらない結果にでも終わったのだろうかと私もモニターを確認すると、そこには意味不明なコードの羅列が並んでいた。
「なんですか、これ?まるで出鱈目ですね。露店に並ぶ過程で壊れたといったところですか」
「……そうだよね。僕以外にこの国で分かる人間なんていないよねぇ」
「教授?」
教授の目が爛々と狂気に輝いていた。それは、教授と共にいた長い年月の中で、数度のみ見たことがある、真に興味を惹かれたものの証だ。
「これは人間だよ。人間の魂をクォーツにそのまま封じ込めると、丁度こんな風になる」
「まさか」
それは違法なんてものじゃない。この大陸で研究を禁止されている六つの禁忌の内一つにに関わることだ。
「私は懐疑的です。そんなこと、教授以外にこの国で出来る人間がいるとは思えません」
「いいや、間違いないね。こんな不条理で非論理的で、それでいて美しく機能美を備えた無駄の塊は、人間の魂以外にはありえない。こんなことをする奴に興味が湧いたよ。方法もそうだけど、その目的に一番そそられる」
ああ、これは駄目だ。そう心の底から思ったよ。
「……国や国際連合に届け出る気はないんですか?」
「却下だ。こいつの研究に誰が関わってるか知れたもんじゃない。国なんて一番信用ならないよ。それと、僕はあの国際連合って輩が大嫌いなんだ」
酷い面倒事に巻き込まれることになると、私は確信したよ。
「僕たちだけでやろう。なに、この僕と君がいるんだ。なにも心配することは無い。この魂の持ち主が誰なのか、なんでこんな風になっているのか、全部丸裸にしちゃいたいねえ」
変質的な、いや失敬。偏執的な目をしていた。
「特に見てよ、この子のここ」
「と、言われましても私にはさっぱり」
私も、人間の魂など見たことは無かった。
「魔術回路がある。それも、形態が特殊だ。おそらく秘術レベルの」
魂にくっきりと刻まれていたのは、その魂の持ち主が、魔術的な素養を持ち合わせていること。
そして。
「ふふふ、僕の勘が正しければ、これはひょっとするとひょっとするよぅ」
それらは、大いに教授の好奇心を刺激したのだった。
「それが、私たちと君との出会いだよ。君は、覚えていないだろうけど」
そんな馬鹿な、と私は思いました。
だって、そんな、その話が事実なら、私は。
「プラムが、人間」
私は、魔道人形のプラムじゃなくて、どこかで生まれて他の人生を持っていたはずの誰かということになってしまいます。
それは、恐怖です。
どう言って表現したらいいのか分かりませんが、私じゃない私がいるということは、なんだかとても恐ろしいことのように思うのです。
「嘘、ですよね?」
私の口から零れ落ちたのは、そんな現実逃避のような一言でした。
「私が、人間なんて」
「いいや、事実さ。そして、話はそれだけでは終わらない」
さらに『私』の過去の話は続きました。
「ふーむ」
クォーツの解析は、私と教授以外には一切秘密のままで進められた。
国際的な禁忌に触れるような研究に誰が関わっているかも分からないし、こんな危険なことに研究室の人間を巻き込みたくなかったからと教授は言っていた。
「そろそろかな」
研究を始めてから半年が経過し、研究は次の段に進もうとしていた。
「このクォーツを魔道人形に組み込めるようにしよう」
すなわち、解析ではなく改造の段階にだ。
それまでの解析で、いくつか分かったことがある。まず、このクォーツはあくまで魂を封じただけのものでこのままでは魔道人形に組み込むことはできないということ。だからそこは手を加える必要があった。疑似的な回路を作って魂と魔道人形を接続する機構だ。それと、あと二つ、教授はそのクォーツを弄ることにした。
「その、二つというのは?」
「……一つは記憶に関することだ。魂に記憶を記録できるようにする機能。こちらは、あまり問題ではない。だが、もう一つの方は大いに問題があった」
「なんですか、それは」
「魂の中にあった、成長前の魔術回路を魔道人形の中に成長させるための機能だ」
「ですが、教授!そんなことをすれば!」
その計画を聞いたとき、私は咄嗟に反対した。
「そうだねぇ、そんなことすればこの魂の人は魔術師としての才能の半分以上を喪失するだろうねぇ」
半分で済めばいい方だ。下手をすれば魔道人形に魔術回路は定着せず、この魂の持ち主は一生魔術を使えなくなる。それくらい危険な施術だ。教授に限って最悪の失敗は無いとしても、それでも魔術回路の損傷は免れないだろう。
「まぁ、君の言いたいことは分かるよ。僕だって今回に限ってはちょっと無茶かなぁとは思ってる」
「だったら」
「けど、やるよ」
有無を言わさぬ雰囲気があった。そうなれば、私に止めることはできない。
私は、本質的は教授の魔道人形でしかないからだ。
「そんな顔しないでおくれよ。僕にとって君は、助手なんだから」
「……はい」
私が魔道人形であろうとすること、その本能のようなものを、教授は嫌っていた。
「確かにさ、この子が元の体の戻って、それで正当に魔道の道に進んだら、きっと凄い魔術師になるだろうね」
「なら」
「けどね。そんな道は無いよ。だったら、こんな風にクォーツに封じられるようなこと、あるもんか」
「……」
確かに、こんなことをされるのは、普通じゃない。
「彼女の魂はなにかに掌握されている。きっとこのままじゃあ、もとの体に戻ることはできないよ。だから、与える」
「与える……」
「そう、その何者かの悪意に対抗するための手段をね」
「それが」
「そうだよ。それが、この魔術回路だ」
「魂というものは肉体と引き寄せあう性質がある」
それは、一応僕も知っている理論だった。
「だが、一度切り離された魂と肉体の間には正しく戻るための道が存在しない。その上、肉体の方には間違いなく別の、偽物の魂が入っているだろうから、彼女の魂が戻れるスペースも無い」
けど、そこから先のことは、全部僕の想像を超えていた。
「そこで教授は魔術回路を道として利用する方法を考えた。新しく魔道人形に作られた魔術回路と、元の彼女の肉体にあった魔術回路、その二つを繋げることで彼女の魂が本物の肉体に戻れるように、と」
そして同時に、僕はある仮定に行きつく。
「魔術回路が成長するようにしたのはそういう理由だ。今の君なら、自分の元の肉体に触れて魔術回路を起動させれば、その二つの魔術回路を介して、元の肉体に戻ることが出来るだろう」
あの魔術回路は人工物じゃない。プラムが、元から持っていたものだ。
必然的に、あの魔術回路を持つ人間こそが、僕がプラムと名付けて、この半年間を一緒に過ごした魔道人形の、本当の正体ということになる。
それは。
「あの」
プラムがおずおずと手を上げる。
「質問なんですが。その理屈だと一つ問題がありますよね。私が、誰か、ということが分からないと意味がありません」
「気づいていないフリはやめたまえよ」
だって、プラムは。
「この世界に、星の力を持つ人間はすでに世界に一人しか存在しない」
「だって、そんな」
そんなバカなって、自分に自信のない彼女は、本心からそう思っていることだろう。
「君の本当の名前はステラ・L・リュミリエール。正真正銘、この国のお姫様さ」




