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ハロー1216  作者: エル
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先生の残したもの

 僕は、ずっと過去に戻りたかった。

 すべてを失った三年前に戻って、その全部をやり直したいと何度願ったことか。

 先生たちのいる、あの研究室に帰りたいと、何度。

「マスター?」

「……大丈夫だ。行こう」

 けど、もう願わない。

 過去に思いを馳せるよりも、もっと重要なことが今の僕にはある。

 ここに来たのも、先生に縋るためじゃない。

 プラムの真実を知るために、僕はここに来た。


 何とか秘密裏に首都まで都どり着いた僕たちは、スラム街の一角、先生たちが作ったであろう地下へと続く通路の中を進んでいた。

 この先にあるものがなんなのか、僕には計り知ることもできない。

 けど、進むって決めたんだ。なにが出て来たって構うもんか。

「マスター」

 プラムが前方を指差した。

「ああ、ここか」

 通路の終わりには扉がそびえたっている。

 ここが、終点。

「当然、開かない、よな」

 扉には取っ手も鍵穴もついてはいなかった。一応押してはみたけど、びくともしない。

「他になにか、あ」

 すぐには気が付かなかったけれど、よく観察すれば手の形の窪みが扉には存在していた。

「指紋みたいなものかな」

 その窪みに僕の手を当ててみるが、まるっきり反応はない。

「けど、無関係ってことは……」

 少し考えて、僕は先生からの伝言を思い出した。

 そうだ。

「『魔力回路が通ったら』か」

 自ずと、答えは見えてくる。

「プラム、君の手をこの窪みに」

「あ、はい」

 プラムが慌てて前に出て手を窪みに合わせる。

「あの?」

 それだけでは扉は反応しなかった。

「プラム、その状態で魔力回路を起動するんだ」

「分かりました」

 プラムが、うーんと唸って魔力回路を起動する。まだ慣れていないのか少し時間がかかったが、なんとか回路の起動には成功したようでその腕に銀色の光が灯り、そして。

「なんか、かちって感触、ありました」

 魔力を通したプラムにはなにか手ごたえがあったようで、嬉々として僕に笑顔を見せてくれる。

 そして。

「扉が……!」

「動き、始めました」

 プラムの回路を鍵の代わりにしていた扉が、重々しく開いていく。

 僕とプラムは緊張した面持ちでその様子を眺めていく。ほんの数秒のことが、なんだかとても長く感じた。

 扉が開き切ったその向こうには。

「ここは、研究所、見たいだね」

「マスターの地下の工房に雰囲気が似てますね」

 薄暗くてよく見えないが、コード類とモニターが置いてあるのが輪郭で分かった。

「電源が、どこかにありそうだけど。このへんかな」

 僕は手探りで、電源のありそうな場所を探し当ててそのスイッチを入れる。

 するとモニター類に淡い光が灯り、部屋全体がなんとなく見えるくらいには明るくなった。

「マスター、あそこに」

 まだいまいち目が慣れない僕より先に、プラムが部屋の中央に何かを見つけたらしい。

 僕はそれを見て、どれほど、驚いたか。どれほど、懐かしい気持ちになったか。

「私が、目覚めた時と、同じ」

 そこにあったのはいくつものコードに繋がれた魔道人形の頭部だ。プラムが自分と同じと言ったのは、あの時の首一つだった自分のことを思い出したのか。

 けど、僕が驚いたのはそこじゃない。

 もっと単純な話だ。

 その、魔道人形は。

「先、生」

 忘れもしない。どれだけ焦がれたか。あの顔、輪郭、髪の色。間違いなく、あれは先生だ。

 思ってもみなかった。

 まさか先生が、首だけで僕を待っているなんて。

「あの人が、マスターの」

「ああ、間違いない」

 僕は、先生に近づいて、数年越しに、なんて言葉をかけるかを考えた。

 多分、これが正解だ。

「ハロー、先生」

 首の口元が少し笑い、三年ぶりのその声が、僕の耳を打った。

「ああ、懐かしい。最初に目が覚めたとき、教授が私に言った言葉だ」

 先生の目が開く。

 先生の言葉は、三年前と同じ、冷静で落ち着いたものだった。

「やぁシュウジ、君にとっては久しぶり、ということになるのかな?意外だね、君がメイドを囲う趣味があったなんて」

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