リア・ファル
「困りますシンク殿。ここより先は……」
「悪いがことは一刻を争う。許可をとっている猶予は無い。通らせて貰うぞ」
俺は護衛の近衛騎士を押しのけて執務室に急いでいた。
俺は知らなくてはならない。なにが起きているのか。
「宰相殿!」
俺は持ち合わせるべき礼節の全てを忘れて、ノックも無しに執務室に入った。
「来たか」
そこには、俺にあの魔道人形の秘匿されるべき真実とやらを語った若き宰相が一人、まるで俺を待っていたかのような態度で窓際に立っていた。
「宰相殿、あれはどうゆうことですか!」
「どう、とは」
その態度で分かる。
この男は、俺に話した真実以外の何かを知っている。
「とぼけないで頂きたい!あれは、あの魔道人形はなんですか!あの言葉、あの響き。俺が、俺が間違えるはずがない!あれは、まさに姫の……」
「それ以上はいけない」
宰相は、俺の言葉を途中で差し止めた。
「上の階に部屋を用意してある。そこで話そう」
言うが早いか、宰相殿は俺の横を通って部屋から出ていく。
「……」
俺はその後に、ついていくしかなかった。
「ここだ」
案内されたのは広く薄暗い部屋だった。
促されてその中に足を踏み入れ、その雰囲気の異様さに息を吞む。
「この部屋には結界が張ってある。この中で起きたことは、外に漏れることは無い」
そう言って、扉が閉め切られる。
これで、この部屋と外部は遮断されたというわけだ。
俺は一刻も早くことの真相を確かめようと振り返り、そして、見た。
「やれ、クラウソラス」
宰相殿は、見たこともない程表情を歪めて笑い、俺を見たのだ。
まるで、愉しくて仕方がないという顔で。
何故と、そう疑問を持ったのが最大の過ちだった。
それが一瞬の隙を生み。
「ぐ、がぁ」
背後から、なにか衝撃派のようなものを撃たれ地面に倒れこむ。
気づいた時には手遅れだった。
あの位置、俺の背後になる位置に、あらかじめ何かを忍ばせていたのだ。
「くっくっく、いい様だなぁ、シンク」
「貴様、何を」
体が、痺れて、動けない。
俺は這いつくばりながら必死に顔を上げて宰相を見上げる。
「なーに簡単な話さ。お前、邪魔なんだよ」
邪悪な顔だ。まるで、悪魔のように。
「そうさ、気が付いたんだろう?あれがただの魔道人形じゃないってことに。そして疑問に思ったんだろう?じゃあ、今まで自分が守っていたあの人は誰なんだって?」
小さな疑問が、確信に変わる、俺は、ずっと。
「俺を、騙していたのか!」
「傑作だったぜ!お前の『二度目の騎士の誓い』はよう!」
そいつに、俺は憎しみの目を向ける。
この男は嘲笑った!
踏みにじってはいけないものを踏みにじった!
だが、俺の体は動くことすらままならない。
「無駄だよシンク。お前に撃ったのは強力な麻痺と魔力遮断効果のある魔弾だ。お得意の剣術も影人形も使うことはできない」
なんという間抜け。
あっさりとだまし討ちをくらってこの様とは。
「本当は、八年前にお前は殺す予定だったんだ。お前が一番近かったからなぁ。だが、あの誓いを見て気が変わったのさ。なぁ、シンク」
「偽物に仕えたこの八年間は、どんな気分だった?」
「お、ぉぉぉぉぉぉ!」
体よ、動いてくれ!
俺は、あいつを、必ず、殺す!
「お前だけは気づけたかも知れなかったのになぁ!だが、お前はお間抜けにもあの偽物を必死になって守って、本当に傑作だったぜぇ!」
これほどまでの屈辱を、俺は感じたことなどない!
怒りなどという感情ではもはやもはや収まらないほどの憤怒!
「さて、ここで特別にゲストを呼んである」
「な、に」
「そろそろ指定した時間だ。入ってくるぞ」
部屋の中に、コンコンという場違いなノックの音が控えめに響く。
程なくして部屋に入ってきたのは。
「姫、さま」
「え、あれ?私、どうしてここに?それに、なんでシンクさんが倒れて?」
俺が命を賭して守ると誓った御方、ステラ姫その人だった。
だが。
「黙れ、リア・ファル」
「……はい」
宰相が命令すると、それまで混乱して目を白黒させていた彼女の瞳から意志の光が失われ、人形のようにその場に立ち尽くす。
そして。
「命令だ、リア・ファル。こいつを殺せ」
「はい」
悪夢のような光景だった。
俺が今まで仕えてきた御方が、俺の腰から騎士剣を抜いて、それを俺の心臓に刺そうとしているのだ。
「……姫」
届かないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「これが最後の手向けだ。長年守ってきたお人形にとどめを刺される。これだよ、これ!そしてその表情!俺は、あの日からずっと、お前のそんな絶望した顔を……」
俺は今、どれだけみじめな顔をしてるのだろうか?
悲しいのか?彼女を恨んでいるのか?
分からない、分からないが。
「全部、全部偽りだったのですか?」
答えは、無い。
無慈悲にも、彼女の振り下ろした剣が俺の心臓を貫こうとして。
その切っ先が、止まった。
あるものに、掴まれて。
「……ウーノ?」
「なんでセミオート型の魔道人形が勝手に起動してやがる!?」
本来、俺が魔力を注ぎ、核となるクォーツに影を編んで作るのが、俺の扱う魔道人形だ。
だが、今この時、魔道人形は俺の指示なしで起動を果たしていた。
「こいつ、内蔵魔力だけで動いてやがる!くそ!クラウソラス!もういい!こいつらを殺せ!」
俺の背後で何かが蠢く。先ほど俺に不意打ちを与えた何かだろう。
暗闇に紛れて姿もよく見えないそれが、俺を殺そうとその腕を振りかぶり。
その眼前に、二機の影人形が立ちふさがって俺を守った。
「ドス!トレス!」
ドスとトレス。俺の、魔道人形。
「また勝手に起動しやがった!クソが!クラウソラス!そんなちゃちな魔道人形今すぐに粉砕しろ!」
ゴォォ、と魔力が噴き出してドスとトレスにかかる圧力が上がったのか分かった。だが、それでもなおドスもトレスも持ちこたえてくれている。
しかし、その代償は。
「やめろ、ドス、トレス」
もともと大してない内蔵魔力で起動している上に、俺からの補助、供給の一切ない状態で強大な圧力に耐え続けているのだ。その核となるクォーツが、ひび割れ始めているのが分かった。
クォーツが壊れれば、もう二度と修復はできないのに。
だが、魔力を遮断された今の俺にはあの二機を止めることも、補助をしてやることもできなかった。
「おい!なにをぐずぐずしてやがる!さっさと……」
奴が新たな命令を出す前に、ウーノが俺を抱え上げる。
「ウーノ、お前、まさか」
ドスとトレスが、今にも砕けそうな状態でこちらを見やった。
これで、お別れだと、暗にそう言っている気がした。
「おい!逃がすな!」
ウーノが、闇に潜むその何かの横をすり抜け走る。
その時、俺はそいつの正体を初めてみた。
それは一機の魔道人形だ。
人型の、大剣を掲げた巨人。
それも一瞬のことで、ウーノは一直線に窓に走り寄り、そのまま窓を突き破って外に飛び出した。
ここは城の上階だが、ウーノは難なく着地し、そのまま脇目も振らずに隣接する森に駆け込む。
「ドス、トレス。済まない」
酷い敗走だ。しかし、ウーノに戻れとも言えない。そんなことをすれば俺もウーノも死ぬことになるだけだ。それでは、ドスとトレスの犠牲も無駄になる。
何より、真実を知り、あの御方を助けられるのは俺だけなのだ。
ならば、俺は生きなくちゃならない。
「……済まない」
ずっと共に歩んできた戦友の二機だった。もう、戻らない。
「済まない」
三度謝って心に決める。
必ず、あの男とあの魔道人形には報いを受けさせると。
「糞が!クラウソラス!てめぇなにみすみす逃がしてんだ!」
邪魔をしてくれた影人形のクォーツを自分の足で踏み砕きながら、役立たずの魔道人形を罵倒する。
所詮は木偶の坊だ。
俺は通信用の水晶を取り出して騎士団と影集に連絡を取った。
「私だ、シンクが乱心を起こして姫の暗殺を企てた。何とか私が寸前で阻止したが、当のシンクは窓から逃亡、現在も城の敷地内で逃げている最中だ。即刻追撃隊を編成し、捕縛を頼みたい。なんなら、殺害も許可する」
演技用の声音で指示を出してから、俺は改めてリア・ファルに向き直った。
「……いいか、リア・ファル。命令だ。今からお前に記憶を与える。それが今ここで起こった現実だと認識しろ」
「分かりました」
俺は刷り込むようにリア・ファルにあらかじめ用意しておいたシナリオを与える。
元からこの姫にはシンクが暗殺を企てていたと証言させるつもりだったのだ。
まさか逃げられるとは思ってもいなかったが。
「よし、記憶の方はなんとかなったか」
これで姫の人格に戻っても記憶は俺が与えた通りのものになっているはずだ。多少の辻褄は勝手に補正してくれる。
「糞!」
姫の証言がある以上、逃走したシンクがなにを言おうと無駄だ。計画に支障はない。そのはずだ。
だが、この胸騒ぎはなんだ?
いや、そもそも。
ここまで完璧に進めてきたはずなのになぜ急に色々な綻びが出始めた?
「運命、だと」
ある男に言われた言葉を不意に思い出してしまう。
「ふざけるな。俺は、勝つ。必ずだ」
もうすぐ計画は成就する。
それまでの辛抱だ。
俺は、全てを手に入れるのだ。
「例のクォーツはすでに見つかっている。もうすぐ、もうすぐだ」
誰に言うでもなく一人呟く。
そして、もうすぐ姫の人格として目を覚ますであろう人形の元に向かう。
もっとも信頼されていた騎士に裏切られ、傷心となった彼女を介抱する必要がある。
俺もまた、若き宰相を演じなければ。




