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ハロー1216  作者: エル
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プラムと共に

「でもね、プラム。僕にとって、それは現実逃避そのものだったんだ」

 話を終えて、マスターは最後にそう言いました。

「急に放り出されて、近しい人はみんないなくなって、それで最後に手の中に残った手紙に全部を取り戻す何かがあるんじゃないかって、そう信じ込んでいたんだ。だから、それからプラムを起動させるための三年間はある種狂気じみていたんだと思う」

 マスターはそんな風に自分を評します。

「そうして、プラムを起動して、あの穏やかな半年を過ごして、僕はもういいんだと思ってた」

「いい、とは?」

「なんていうかさ。研究室で過ごしたあの穏やかで幸福な時間は、僕にはもう絶対、二度と手に入らないと思ってたんだ。だけど、プラムと過ごしたあの町での時間は、同じくらい幸福に満ちていた。そういうこともあるんだって思ったらさ、もう昔のことなんて忘れて、真実も追わないでずっとこのままプラムと一緒に生きていければそれでいいんだって、本当にそう思えたんだ」

 私は、それはなんだか嬉しいなと、そう思いました。

 こんな私でもマスターに幸福を与えられていたのなら、それは私にとっても幸福と言えるのです。

「けど、結局はダメだった。逃げていた現実に追いつかれるように、僕はまた、愛した場所に背を向けることになった」

 マスターは私の方をまっすぐ見て言いました。

「プラム。君が特別じゃなければよかったと、心底思っているよ」

 マスターのその言葉に、しかし、私はしっかりと首を横に振りました。

「私はそうは思いません。私が特別でなければ、闘技場の一件で私たちの日常は終わっていました。なら、こんな逃亡生活でもマスターと一緒に居られる今の方がいいです」

 今私たちはとある田舎町に潜伏しています。

 あの鉱山には、マスターの言う師匠が用意した隠し通路があり、その通路を使って何とか騎士団の包囲を突破することが出来ました。

 その後、私たちは消耗した体力の回復と損傷した義体の修復のためにこの町を訪れ、目立たない宿の一室でこうして休息をとっているのです。

 その間に、マスターは初めて、自分の過去のことや私のことを教えてくれたのです。

「そう、だね。ごめんプラム。弱気になってた」

「いいえ、マスター。こんな生活では無理もありません」

 いつ追手が来るのかも分からない状況で、私たちは隠れているのです。気も休まりません。

「あの、マスター」

 私は、一つ気になっていることを質問することにしました。

「マスターの先生というのは、その」

「うん。あの人はプラムと同じ、魔道人形だった」

 私と、同じ。

「一応、君のお姉さんということになるんだと思う」

 話に聞いたことしかない、私の姉。

「本当に人間のような魔道人形だったんですね」

 マスターの話では、その先生はとても魔道人形とは思えない方でした。

 話が好きで、他人の心配をして、教授という人にいつも振り回されてて。

「プラムだって同じだよ」

「私はその点に関しては自信がありません」

 表情を作るのが苦手ですし、会話も得意じゃありません。

「そんなことないよ。表情は、先生もあんまり変わらなかったし。むしろ、先生の方が理路整然としてて、少し機械的な所があったけど、プラムはまるで本当に人間みたいな感性をしてると思う」

「そうでしょうか?」

「外から見たら、多分プラムの方がより人間的だよ」

 人間的な魔道人形。

「師匠は、人間を作りたかったんだろうか」

 ポツリと、マスターは呟きました。

「師匠がやりたかった事ってなんだったんだろう。プラムや先生みたいな魔道人形を作って、何を」

 

「よう、お二人さん。無事に逃げられてよかったわ」

 

 不意に、部屋の中に声が響きました。

 その声は、聞き覚えのある。

「あんた、あの坑道の時の」

「ご明察。いやー、あんときはしんどかったわ」

 どこか軽薄に響くその声に、私はあたりをきょろきょろと見回しますが、その姿はどこにも見えません。

「悪いね。今こっちもちょっと忙しくてさ。こうして念話だけさせて貰ってるんだわ」

「お前は、いったい誰なんだ」

 マスターは、そこに居ない誰かを睨むように言います。

「おいおい、そんなに警戒すんなって。助けてやっただろ」

「その理由だって不明なんだ。怪しいと思うのは当然だろ」

「ま、そりゃそうだな。けど、ま。安心していい。俺はとりあえずはあんたらの味方だよ」

「信じられるわけないだろ」

 同感です。あからさまに怪しいではないですか。

「1215から伝言を預かってる」

 ですが、その一言で私もマスターも固まりました。

 今、なんて。

「信じるか信じないかはあんたら次第だけどな」

「どういうことだ!先生は生きているのか!」

「さあな。俺が伝言を預かったのは三年前のことだ。その後のことは知らん」

「三年、前」

 つまりは、マスターと別れたそのすぐ後か、もしくは前かそれくらいの時期。

 けれど。

「それでも、いい。聞かせてくれ」

 マスターにとっては、この三年間狂おしい程に求めた先生からの言葉です。

 そこにはなみなみならぬ気迫がありました。

「分かった。魔術回路の起動を確認したら伝えてくれと言われた伝言だ。『その子を連れて、首都にある私たちの隠れ家に来てほしい。場所は……』」

 それから、その声は何か暗号めいたことを言っていましたが、私には理解できませんでした。

「以上だ」

「……これが、先生からの」

「確かに伝えたぜ。……じゃあな、頑張れよ」

 それだけ伝えて、声はその気配と共に消えていきました。

「マスター?」

「行こう、プラム。首都へ」

 マスターの顔には一つの決意がありました。

 真実に立ち向かうために、決意が。

「私は、怖いです」

 なんだか、私とマスターの間を引き裂く何かがあるようで。

「……僕だって怖いよ」

「なら」

「もう何を信じたらいいのか分からなくて、明日も見えないままで、次に立ち会うものが酷く恐ろしいものかもしれない、けど」


「蚊帳の外のまま、居続けたい場所を奪われるのはもう嫌なんだ」


 マスターの目には私が映っています。

 私は。

「分かりました。マスター。行きましょう首都へ」

 私は決めました。私の正体がなんだろうと、真実がいかなるものであろうと。私はマスターと共に居続けると。

 私の欲しい未来とマスターの欲する未来は、きっと同じもののはずですから。

 だから、私たちは、首都へ向かうことにしたのです。 

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