僕たちの関係
その足音が聞こえて来たとき、僕はいつだって聞こえていないような態度をとった。
だって、ずっと聞き耳を立てていたことがバレてしまうと酷く恥ずかしいからだ。
ドアが開いて、その人が入ってくる。
「おや、また来ていたのかい」
僕は、さもドアの音で初めて本から顔を上げたかのように振る舞った。
「先生、おはようございます」
先生はミステリアスな女性だった。眼鏡の奥のその表情はあまり変化しないし、いつだって冷静で理知的、けれど同時に会話とジョークが好きな、そんな人だった。
「あまりここには来ない方がいいと、前から言ってるだろう。衛士科の生徒が技師科の研究室に入り浸りなんてするもんじゃない」
「いいんです。来年には技師科に転科しますから」
僕は本気だった。色んな期待や思惑で僕は衛士科に在籍していたけど、そんなのは知ったことじゃない。僕は技師になるつもりだった。
そのための勉強もしていた。
「またそんなことをいう」
「いいじゃないか別に。ボクは歓迎だよ」
奥からひょっこりと、師匠が顔だけだして会話に参加する。
「ボクの研究室に優秀な人材が入るのはごく歓迎さ。特に君は回路に適性があるからね。そういう人間は少ないんだよ」
「教授は、またそんな無責任なことを」
僕が師匠と呼んでいたその人こそが、アーガイル・D・シャフト教授だった。その研究室の長で、僕にとっては色々なことを教えて貰った師匠だ。
先生はその研究室の助手で、いつもなんだかんだ師匠の無茶に付き合わされていて、それ以上にその無茶に応えるその姿は楽しげだった。
その研究室のメンバーは大体どの人も楽しげで。
僕は、その輪に加わりたくて、その研究室に入りたかった。
けど先生は、僕のそんなちょっと不純な動機に気が付いていたんだと思う。
だからずっと、僕の転科には反対していた。
「シュウ、君の衛士としての適性はとても高いものだ。分割思考は訓練で身に着くようなものじゃない。それは才能だと言えるんだよ。君ならばセミ・オート型の魔道人形だって操れるようになるだろうし、介入操作だって」
「そんなお説教は耳にタコができるほど聞きましたよ。でも、僕には関係ありません。僕は才能あることよりも、やりたいことがあるんです」
「だからって回路技師なんて日陰者を選ぶことは……」
そんなやりとりは何度も繰り返されてきて、その都度僕は自分の意志を示し続けた。
僕は、硬い意志があればなんだって叶うって思っていた。
そんな風に、ずっと思い続けていたのだ。
「やれやれ、教官が聞いたらなんていうか」
「……あの人は、僕のことなんてどうでもいいんですよ」
あの人は嫌いだ。僕の嫌いなあの場所の、その象徴のような人だったから。
「滅多なことを言うものじゃないよ。私はあの人を良く知っているが、生徒に対する厳しい態度は皆への期待の表れだ。決して君をないがしろにしているわけでは無いよ」
「ボクはあの人嫌いだけどね。態度が傲慢だし」
「教授!」
カラカラっと笑って師匠がまた顔を引っ込める。
水を差された先生は頭を抱えて言った。
「とにかく、だ。君は自分の未来について、もっとよく考えるべきだ。衛士になるにせよ技師になるにせよ、自分できちんと考えて欲しい。盲目的にしか物事を考えられない人間には、技師にせよ衛士にせよ、大成は無いよ」
「はい、先生」
それはずっと後から聞いた話だったけど、先生は僕に先生と呼ばれることで、なにか責任のような、先達意識のようなものが芽生えていたらしい。
師匠はそんなことをこっそりと僕に教えてくれた。
先生はあくまで、ずっと教授の助手で、自分が先生と呼ばれて弟子のような立場の人間が出来たのは初めてのことだったかららしい。
「ボクは、実にいい経験だと思うからね。君もよくできた人間だ。付き合ってあげて欲しい」
師匠にとって先生はとても大事で、先生が大事にしてる僕は師匠にとっても大事だったらしい。
逆もまた、然りだ。
それが、僕たちの関係だった。
先生と師匠と、僕の、関係だった。




