シンク 1
闇に溶けるような影の外套。
腰に差された黒い騎士剣。
鎧も兜もない騎士らしからぬ漆黒の軽装。
そして、なによりも印象に残るのはその瞳です。
手元には明かり代わりなのでしょうか、鎖付きの光を発するペンダントを掲げもっていますが、その光を受けて鈍く光る紫色の瞳。
冷たい風貌に、静かな怒りをたたえて私とマスターのことを見るその瞳が、何よりも私の足を竦ませるのでした。
「繰り返す。投降しろ」
その人は、私とマスターの姿を確認できる位置まで進むと一旦立ち止まって私たちのことを睥睨しました。
「本来ならば降伏勧告などせずに所持者を始末してそいつを回収する指示が出ているが、俺は誇りを重んじる騎士だ。大人しく投降すれば立てもしないものを手にかけるような真似はしない」
「誰が」
マスターはその黒い騎士を睨み付けながら、立ち上がりました。
「誰が降伏なんてするか!」
マスターは帯剣していた片手剣を抜きざまに一閃。
不意打ちに近い形で黒い騎士を狙います、が。
「愚かな」
それを見越していたのか黒い騎士は、その外套をはためかせ、マスターが切りかかる一瞬前には何かを中空に放っていました。
「ウーノ」
唱えると、それを核に影の魔力によってそれは物凄い速度で編まれていき、最終的には騎士の形をとった一体の魔道人形が生まれて、マスターの目の前に立ちはだかりました。
「っぐ!」
マスターはたじろぎますが、それでも歯を食いしばって魔道人形に切りかかります。ですが、その剣は魔道人形が少し上げた剣であっさりと受け止められてしまいました。
まるで子供と大人のよう。それほど、力の差は歴然です。
「マスター!」
私はマスターを助けるべくこの身に光を巡らせて猛然と騎士型の魔道人形に向かおうとします。
ですが。
「ドス」
黒い騎士が、今度は私とマスターの間に何かを投げました。
今度は、その正体を見ることができました。あれは、クオーツです。
クオーツは先ほどと同じように黒い騎士型の魔道人形となり、私の体をその手に持った盾で弾き飛ばしました。
「あうっ!」
あの光の力を使ったというのに、一瞬の拮抗もありませんでした。
それどころか。
「あ、え、あれ」
光の使い方が分からないのです。闘技場の時と同じように、組み上げて全身に巡らせようとしてもうまく回ってくれません。
そうなっては、戦闘用の義体を持たない私では騎士型の魔道人形相手に力で敵うはずがありません。そのまま成す術なく壁際に盾で抑え込まれ、足を浮かされてしまいました。
たったそれだけで、私は身動きが取れなくなってしまいます。
「そのまま抑えておけ」
ぎしぎしと圧力が増して、岩肌と盾に挟まれ、私の体は嫌な音を立て始めていました。
「プラム!くそ、そこを、どけ!」
マスターは必死で肩から体当たりを敢行しますが、人間とは比べ物にならないほどの力を備えた魔道人形の体はピクリとも動きませんでした。
しかし、マスターの狙いはそこではありません。
「雷撃!」
胸部に左手を添えて、密着状態からの一工程魔術です。
これにはさすがの魔道人形も効いたのか、電撃に麻痺したかのように動きを止めます。マスターはすかさずその脇を抜けて黒い騎士に向かって駆けていきました。
「プラムを、放せ!」
「そこまで魔道人形に入れ込むとは」
黒い騎士が騎士剣を抜き放ちます。
その剣には刀身がありませんでした。
剣、とは言えないでしょう。それは柄のみの装飾品。
それが。
「はぁぁぁ!」
「フッ!」
マスターの片手剣を受けるように振るうと、そこには刃が生まれていました。
あの騎士型の魔道人形と同じように、影で生み出された漆黒の刃。
マスターと黒い騎士の睨み合いが生まれましたが、それも一瞬。黒い騎士は、空いている左手でさらにもう一つ。
「トレス」
三個目のクオーツを投げ、それはマスターの背後で三機目の騎士型となってマスターを襲います。
挟撃される形なってしまったマスターは背後から迫る魔道人形に対応しようと左手を向けますが。
「終わりだ」
咄嗟の対応で疎かになった右手の剣が、黒い騎士の振るった漆黒の刃によって弾き飛ばされ、返す刃でマスターの体を切りつけます。
「マスター!」
漆黒の刃がマスターの体を切り刻むことはありませんでした。しかし、それは柔軟に形を変える影になって、マスターの体に巻きつき、たちまちその体を拘束してしまいます。
マスターの体が真っ二つになるようなことはなく少し安心しましたが、それでも、状況は最悪です。
三機の魔道人形に、それを操る衛士。
私達は拘束されて、完全に生殺与奪の権利を奪われてしまいました。
「くそ!」
影の拘束を解こうと必死でもがくマスターでしたが、それを見た黒い騎士は静かに言います。
「もうこれ以上抵抗はするな。たかが魔道人形一機のために命を捨てるなんて馬鹿げている」
「たかが?たかがだって!」
マスターは酷く悔しそうな顔で、叫ぶように訴えます。
「お前になにが分かる!僕が、師匠が、先生が、プラムが、みんな、みんなどんな思いで」
「お前こそ」
黒い騎士は、遮るように言い放ちます。
「お前こそ。あれがなんなのか、本当に分かっているのか」
それは、最初に見せた怒りで、それがきっと抑えられないほどに大きくなっているようで。
「あれが!あれがなにを犠牲にして生み出されたものなのか!本当に分かっているのか!」
犠牲?
それは、マスターと話しているようで、その実私に叩き付けられた言葉でした。
「その罪!その業!お前は、知っているのか!」
私もマスターも知らない、私の存在意義。
「知らないならば教えてやる!あれは!あれは本来存在してはならないもの!その存在そのものが八年前の災禍の証!」
私に一瞥もくれず、吐き捨てるように言いました。
「国家反逆の大罪人、アーガイル・D・シャフトの作った狂気の結晶、それがあのクォーツだ!」
「師匠は!師匠はそんな人じゃない!」
「お前は騙されているだけだ!なぜそれが分からない!」
「僕は信じているからだ!師匠のことも、先生のことも!」
「ではあのクォーツはなんだ!なぜ魔道人形が魔術回路を備えている!なぜ星の力が振るえる!お前は、その本当の意味を理解しているのか!」
「それは」
マスターは答えることができません。
その答えは、何年もの間、マスターが探して、欲して、それでも掴めなかったものだからです。
「知らないなら教えてやる!あのクォーツが何を犠牲にして生まれたのか!アーガイル・D・シャフトが何をしたのか!」
マスターの顔が歪むのが分かりました。
自分が求め続けたものが、こんな形で他者から与えられるなんて、それは、きっと辛いことなのでしょう。
「あれは!あのクォーツに組み込まれている魔術回路は作られたものじゃない!移植されたものだ!それも、本来の持ち主から無理やり引きはがしたうえでな!」
「嘘だ!」
「事実だ!それがお前に託されたあのクォーツの正体!人を超えるという狂気に支配された男が求めたのが、あの星の力!すなわち」
それが、私の真実。
「この国最後の星の継承者!この国最後の王の系譜!我らが仕える姫君から奪ったその力こそが、あのクォーツに秘められた力の正体だ!」




