黒衣の騎士
「配置完了しました」
「……ターゲットの動向は?」
「未だに動きを見せません。おそらくは工房内で例の魔道人形の修理を行っているものかと」
「分かった。最終確認を終え次第、突入を開始する」
「降伏勧告を行いますか?」
「今回に限り、必要ない」
俺はそれだけ告げて隊員に背を向け、後方に戻る。
本音を言えば自身であの工房に突入し、この手でことを成したかったが今の自分は指揮官だ。勝手は許されない。
さらに言えば、突入、制圧であれば誰が行ってもさほど影響はないが、万が一包囲を突破された場合のフォローはそうはいかない。その時は俺が先頭に立って追撃の陣頭指揮をとらなければならないだろう。
そうなれば、この手であれを取り戻せるな、と思ってすぐに否定する。
そんなこと、考えるな。この突入で片が付けばそれでいい。
俺は後方で待機しつつ、準備が整うまでの間、この任務を言い渡された時のことを思い出していた。
「急に呼び立ててしまって、すまなかったね」
「いえ」
それは二日前の夜のことだ。
執務室に呼ばれた俺は、頭を垂れて次の言葉を待っていた。
「今回、君を呼んだのは他でもない。8年前の例の事件についてだ」
「!!」
思わず頭を上げる。
「なにか進展があったのですか!」
語気が荒ぶるのを自覚したが、それでも止まれなかった。
それだけ、俺にとっては重要なことだ。
「落ち着いて聞いてほしい。君には、いくつか隠していたことがある」
「それは、どういう」
「済まない。国家機密に相当することで君にも話すことは許されなかったんだ」
俺は激昂に駆られて立ち上がり、これまで培ってきた礼節の全てを忘れて掴みかかった。
「あなたは!あなた方は知っていたのですか!あの日本当は何があったのか!」
「済まない」
「っぐ!」
俺はさらに何か言い募ろうとしたがすぐにはっとなって手を放した。
何をやっているんだ、俺は。
騎士の礼節を思い出し、今一度、今度はより深く膝をついて頭を垂れて謝罪の意を示す。
「申し訳ありませんでした。このような真似。どのような処罰もお受けいたします」
「構わないよ。僕は君に、それだけのことをした。むしろ、手を上げることさえしなかった君の自制心に敬意を送りたいほどだ」
「もったいない、お言葉です」
「そんな君だからこそ、信頼して色々なことを任せられたよ。君なら、真実を知っていても知らなくても、自身の責務を果たしてくれるだろうと。そして」
言葉を切って、顔を上げさせる。
「今こそ真実を話そうと思う。そして、その解決に力を貸してもらいたい」
「教えてください。あの日、本当はなにがあったのか。俺は、なにをすればいいかを」
「ありがとう。では落ち着いて聞いてほしい。君も知っているだろう。国家反逆の大罪人、アーガイル・D・シャフトを。彼の行った真の所業を」
そこまで考えて、不意に通信結晶から報告が届く。
「最終準備整いました」
「ターゲットに動きは」
「ありません」
「分かった。では作戦開始だ」
多くの言葉はいらない。それだけで部隊は事前に通達していた通りに速やかに、静かに作戦を開始する。
それで終わるだろうと思っていた。
だが。
「こちら突入一班。ターゲット確認できません」
「なに?」
「二班、三班も同様です。この建物のどの部屋にもターゲットは確認できません」
静かだが動揺しているのが分かる。
俺はすぐに包囲、監視班に通信を繋ぐ。
「どういうことだ。ターゲットは工房から出ていないんじゃないのか」
「は、はい。周囲を常に警戒していたので間違いはありません」
「……どこか、身を隠せるような場所はないか」
「現在、捜索中で」
「報告、工房の中に地下へと通じる隠し階段を発見しました」
隠し階段。つまりは。
「向こうはこういう事態も想定していたということだ。罠が仕掛けられている可能性がある。注意しろ」
「了解」
俺は立ち上がって周囲全部隊に通達する。
「地下からでは通信状態が不安定になる。俺も向う」
さて、面倒なことになった。
「隊長」
「状況は」
「それが」
地下の工房を見て愕然とする。
表の工房とは施設のレベルが段違いだった。これならば修理どころか、研究、開発にまで手が及びそうな機器の数々だ。
「地下にこんなものを。予想以上に後ろ暗いな」
「それと、奥に隠し通路が」
「逃走先はそこか」
促される先を見れば、そこには目立たないようにして人ひとり分が通れるくらいの入り口が用意されている。
「今、数名で追わせています。増員しますか?」
「いや、これだけの規模と用心深さだ。こちらからは追えない仕組みになっているだろう」
魔術師の隠し通路とはそういうものだ。
ましてや、どれほど前に出たのかも分からないのだから、ここから追うのは不利と言える。
「それよりも、この周辺一帯の地図は無いか」
「こちらに」
用意された地図を床に広げて確認する。
辺りの地形を確認し、順々に検討、思考を重ねていく。
「ここだな」
当たりはすぐについた。
「町の裏手にある廃坑。ここから無理なく脱出できる道を作るなら、ここしかない」
地図の現在位置、坑道の構造、地下に道を作る場合の効率などを考えれば、おのずと答えは出る。
「外に待機中の隊員を向かわせますか」
地図で坑道の場所を確認しながら副官が尋ねる。
「ああ。だが、中には入らず出入り口を固めることに専念するよう通達してくれ」
「では」
「追撃には、俺が出る」
図らずも、自身の手で決着をつける機会が回ってきた。
これは偶然なのか、それとも。
何であれ、取り逃がしはしない。
俺は黒衣を翻して地下の工房を後にする。
「待っていてください、姫様」
騎士の誓いを、この手で果たすために。