終わりの始まり
拮抗は一瞬にも満たない時間でした。
私の振るった光の刃は、放たれた砲撃をいとも容易く押し返し、その力の根源である魔法陣すらも切り裂いて。
「――――――!」
相殺しきれなかった力が衛士の体を貫きました。
その瞬間、衛士はなにか悲鳴のような悪態をついたようでしたが、何を言ったのかまでは分かりません。
ただ、光の収束した後には倒れ伏している彼の姿があり、軽く痙攣をしていることから死んではいないということだけが分かりました。
よかったです。憎んだり、恨んだりの感情は確かにありましたが、殺してしまっていいとは思えなかったので。
「こ、これは!いったいどういうことでしょうか!」
今更ながら、ようやくアナウンスが耳に入り始めました。
「先ほどの光は一体なんだ!ですが、しかし、これだけは言えます!言わなければならないでしょう!」
ハァ、ハァ、ハァと肩で息をして、全身が弛緩し始めて力が抜けていきます。
「この決闘!まさかまさか!あの圧倒的な状況から勝利したのはまさかの!」
私のクォーツが震えて、疲弊しているのが分かります。しかし、倒れる訳にはいきません。
「謎のメイドさんと!そのマスターだぁ!」
それで、このバカげたショーが終わったのだと実感しました。私は、振り返って、駆け寄りたかったのですけれども、それすら叶わずゆっくりゆっくり歩いてマスターの元へと参りました。
「プラム」
「マスター」
マスターの顔には一抹の不安のようなものが感じられました。いえ、疑念、というほうが正しいでしょう。それでも。
「お帰り。お疲れ様」
マスターは迎えてくれました。いつもの優しい顔を必死に思い出して、浮かべて。いつもより少しぎこちなく、それでも笑顔で迎えてくれました。
「ただいまです、マスター」
私もまた、自分の中に生まれた色んな物を抱えながら微笑んで。
そして。
意識を失ったプラムが、僕の方へ倒れてくる。
僕は痛む体を無理やり動かしてその義体をできる限り優しく抱きとめた。実際、凄くきついし重かったけれど、ここでその役目を放棄してはマスター失格だ。
「ありがとう、プラム」
僕はその義体を支えたまま、先ほどプラムの手から零れ落ちた借り物のカットラスを拾う。
その時、一瞬だけこのカットラスを握ったプラムのことが頭に浮かんで、あの一抹の不安を思い出したけれど、それも含めて僕はそれを鞘に納めた。
それから僕は、自分の腕でちゃんとプラムを大切に抱えなおして闘技場の出口に向かう。
周りの雑音は煩かったけれど、すべて無視して。
途中、出ようとする僕を誰か、恐らくはここの関係者が数人で遮る。
「おい、ちょっと」
僕らを出て行かせないように指示されたのか、なにか言いかけるが。
「どいてくれ」
僕は拒絶の意志のみでそれに答えた。
「僕たちは、帰るんだ」
彼らには僕らが得体の知れない何かに見えているのだろう。先ほどの戦闘で僕は満身創痍で、力づくで来られれば為すすべもなく取り押さえられただろうに、誰も近づいては来なかった。
どころか、僕が前に進むたびに、誰もが恐れるように一歩引いた。そして最後には、僕らは誰にも邪魔されることなく闘技場を出て。
そして僕は、そのやせ我慢を続けたまま、工房に向かった。
それで、この馬鹿げた騒動は終わりだ。
帰るんだ。僕たちは。
その時が訪れるのを、俺がどれだけ待ち望んだことか。
「お忙しい所、失礼します」
「……なんだ」
書類から顔を上げて、振り返らないまま背後に現れた影に答える。
「早急にご報告したいことが」
その瞬間を、この六年間ずっと待ち続けたきた。
「例のクォーツが、見つかりました」
思わず立ち上がり息を吞んだ。
だが、逸る心を押さえて、努めて冷静に声を出す。
「最優先で手すきのものを向かわせて事実確認をしろ。他のことは、多少後回しにして構わない」
見ていろ運命。俺は、勝つ。
「それと、黒衣を呼んでくれ。今回の件はあいつに任せたい」
「は」
指示を出すと気配が消える。
一人になったと確信した時、自然と笑みが浮かんだ。
それは、隠しきれない愉悦の笑み。
「ようやく、ようやく尻尾を掴んだぞアーガイル・D・シャフト」
これは、長きに渡る因縁の終わり。
その始まりだ。