決闘 4
一工程魔術は衛士が好んで使う魔術の一つだ。
集中と短い詠唱だけで成立するので、援護や不意打ちに長け、なおかつ器用、不器用、素養に関係なく扱える魔術なので衛士課程での教練もしやすい。
衛士訓練の中期辺りはこの魔術を実戦レベルで使いこなせるように教え込まれる。僕はその中でも有効打になりやすい雷の魔術を徹底的に叩き込まれていた。
今の僕では悔しいことにゲイルには敵わないと悟り、それでも勝つために組み立てたのがこの奇襲だ。
僕の衛士としての得意分野は思考、魔術の並列、分割処理だった。これだけは自信があるし、完璧に隠し通して油断しきっているところに強烈な雷を叩き込めたと、そう思っていたのに。
なのに。
「これで終わりか」
「なん、で」
僕の放った渾身の魔術は一瞬青白い閃光を放ったが、その光はゲイルに届く前に霧散してしまった。
見れば、僕の突き出した右手とゲイルの間に、籠手が差し込まれている。その籠手に刻まれているのは。
「対魔術防御の術式っ!」
この籠手によって魔術が霧散させられたのだ。
あの一瞬で反応して?
いや、違う。そんなはずはない。いくら歴戦の衛士でも放たれた後の雷に反応できるはずはない。
なら、答えは簡単だ。
「ふん!」
「ガハッ」
僕は吊り上げられていた体勢から地面に叩き付けられる。もう空っぽの肺に、頭に、鋭い痛みが入り込む。もう僕は、半ば虫の息だった。
そんな僕を見下ろしながら、ゲイルは笑みを浮かべて言う。
「俺が今までどんだけの衛士を屠ったと思ってる?その中にお前みたいな学校で教えて貰った勘違い野郎が居なかったと、本気で思っていやがったのか?」
そうだ、舐めていたのは僕の方だ。
「居たさ!いくらでもな!そしてそいつらはよう、みんなおんなじような戦法をとりやがる!一工程魔術を使った奇襲なんて見慣れてんだよ!」
こいつは予想していたのだ。僕の最後の切り札を。
そして、その上で対策までしっかりして、あえて僕に打たせて見せたのだ。この、圧倒的優位。僕の顔が絶望に落ちていく様をじっくりと観賞するために。
「さてと、来いハウンド・ドッグ」
ゲイルが今まで待機させていた魔道人形を呼び寄せる。
「やれ」
そしてそのまま、その鋭い牙が僕の腕に突き刺さった。
「が、あああああああ!」
「なーに安心しろよ。お前にはこれから技師として働いて貰う予定なんだ。後遺症が残るような怪我はさせねえよ」
もう片方の腕をゲイルは容赦なしに踏みつける。
「う、ぐ、あ、ぁぁぁぁ」
「それに、あの魔道人形をぶっ壊すってのも嘘さ。壊しちまったら人質としての価値が無くなっちまうからな」
僕は勝手に上がる悲鳴を、抑えることすらできなかった。
「けどまあ、ここから先はちょっと残酷なショーに付き合ってもらうぜ。俺に刃向ったことを後悔できるようにと、今後二度と刃向う気が起こらないように、な!」
踏みつけていた足を上げて、僕の頭をボールのように蹴り上げる。
殺す気がないとか、手加減をしているとか、そういう威力じゃなかった。
僕は、その痛みを与えるためだけに行われる暴力に、何の成すすべもなく苦悶の声を上げ続ける。
「聞こえるかよ観客の歓声が!みんな見たがってるぜお前が酷い目に逢う様を!」
僕は悔しくて呻いた。痛めつけられる体に、もうヒューヒューとまともに呼吸もできない有り様で、それでも僕は、心の中であの子に謝って。
ごめん、プラム。僕は君を助けられなかった。
そして、もう視界もぼやける中でプラムのことを一目見ようと動かない首を無理やり動かして。
その光景に、気が付いた。
その姿を、私はずっと見ていました。
マスターが酷い目に逢わされて、ずっと苦しそうな声を上げて。
それが、たまらなく苦しいのです。
「マス……ター」
私は魔道人形です。涙を流すこともできません。この胸の痛みにつける感情の名前も知りません。こんな大事な時に、何よりも大事なマスターを守ることすらままなりません。
(違う)
それは、声でした。どこか懐かしく感じる、私の中に響く声。
「マス、ター」
(そう、前を向いて)
私の中で、何か取り返しのつかないものが動き始めるのが分かりました。
でも、止まるつもりはありません。
(マスターを守る)
その瞬間、義体の中にあの熱を感じました。
それも、今度はごく一部ではなく義体のその末端、手足の先までその熱が私の中で成長していくのです。
(熱い)
それは内側から神経を直接焼かれるような感覚でした。
(熱い、熱い、熱い、熱い、熱い)
目が、腕が、足が、まるで炙られているようです。体中が痙攣を引き起こして、私のその小さな魂が薪にくべられていくような錯覚を覚えました。
(熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!)
ですが、歯を食いしばって耐えます。壊れてはいけません。壊れては、助けられなくなります。
私は、あらゆる意志で、想いで、約束でその炎を身の内に宿し続けました。
(私は、マスターを、助ける)
焼かれた神経は、けれど私の意思通りに動いてくれます。クォーツから流れる力、そのすべてが炎熱を引き起こし、そして炎によって整備されたその道に神経を通して、足に力を籠めます。
あまり長くは持たないでしょう。感覚で分かります。
「マスターを、放せ」
ガタガタと震えながらゆっくり立ち上がる私を、この会場の誰もが最初は気が付きませんでした。
ですが、ほんの少し視線を上げれば、マスターと視線が合います。
その口が、小さく動いた気がしました。プラム、と。
それで、私の中の力は輝きを放ちました。
「マスターを放せ!」
気が付けば力強く立ち上がっています。まるで故障など最初からしていなかったよう。
その輝きは私に力を与え、勇気を与え、そして一歩を踏み出すきっかけを与えてくれました。
あとは、私次第です。
さあ、行きましょう。
絶対に今度こそ、マスターの力になるのです。