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ハロー1216  作者: エル
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決闘 3

 最初に飛び込んできたのは、観客たちの無責任な歓声。

 僕はそれに苛立ちを覚えながらも闘技場に足を踏み入れ、そして、その光景を見た。

「プラム!」

 ボロボロの姿になって、入場口の反対側の壁にもたれかかって倒れているプラムのことを。

「待ってて、今そっちに行くから!」

「行かせるとでも思ったのかよ?」

 僕とプラムの間に一人の男が立ちはだかる。昨日、工房に来ていた衛士。ゲイルと名乗ったあいつ。

 今すぐこいつをプラムと同じ目に逢わせてやりたかった。でも、今はそれよりも優先すべきことがある。

「どいてくれ!」

「はいそうですかと、どく訳にはいかねえなぁ。見ろよ」

 ゲイルが促す先にいるのは、僕が現れたことでより熱狂を上げる観客たちだ。

「お前ならよぉ、分かるよな?観客が次を待ってるんだよ!遅れてノコノコ現れた間抜けなマスターが処刑される様を!今か今かとなぁ!」

 自分勝手な観客に、その熱気に酔った衛士。これはまるで、僕の前に現れた悪夢だ。

「分かるわけないだろ!僕はただの技師なんだから!」

「そうかよ、じゃあ!」

 突然、ゲイルが殴り掛かってくる。とっさに後ろに下がって避けつつカットラスを抜いた。

 ゲイルは深追いするようなことはせずに、その場で構えを維持したままニヤリと笑いを浮かべる。

「ただの技師が、今のを避けられるのかよ?」

「それは」

 苦々しい表情になる。もう取り繕うこともできそうになかった。

「その上だ。すぐに武器構えて、魔力で身体強化もして、視線の端にはハウンド・ドッグを常に捉えてやがる」

「……」

「昨日の身のこなしの時点で怪しいとは思っていたけどよう。これで確信したぜ」

 構えたカットラスの重みと、ゲイルの言葉が嫌でも思い出させる。

「お前は技師なんかじゃねえ、衛士だ。それもどっかできちんと教育を受けたな」

 それは、捨ててしまいたかった過去のことだ。

「騙せるとでも思ってたのか?それにしちゃあ稚拙すぎるぜ。動きも、感覚も、纏う空気だって微塵も技師のもんじゃねえ。お前は、どうしたって衛士だよ」

「違う!」

「違わねえよ。お前、今の自分の姿を見てみろ!」

 握りこんだカットラスが重みを増した気がした。

「剣を構えて、今にも目の前の敵に切りかかろうとしていやがる!闘技場って戦いの場で、殺気を纏って衛士と相対してる!そんな技師が居るか?」

 僕は何も言い返すことができない。ただ歯を食いしばって耐えることしか、できない。

「それに見りゃあ分かるぜ!お前は、今も俺を叩きのめしたくてしょうがないんだろ!あのポンコツをぶっ壊したこの俺が!憎くてしょうがないんだろ!」

 当たり前だ。

「そこをどけ!僕はプラムの元に向かわなきゃならないんだ!」

「なら俺を殺して行けよ!ここならそれが許される!それこそが正義さ!」

 そうだ。僕はそれをよく知っている。僕の嫌った正義そのものだ。

「来ないならこっちから行くぜ!」

 ゲイルが前に躍り出る。その足さばきは巨体や言動に似合わない技術に裏打ちされた確かなものだ。

 カウンターが合わせにくい上に低い位置から懐に入り込んでくる。向こうの得意距離に一方的に入られてはまずいと、僕はカットラスでなんとか迎撃を試みる。

「うらぁ!」

「っく!」

 拳と刃が一瞬打ち合うが、こちらが一方的に打ち負けてカットラスが弾かれる。

 何とか手放すことはしなかったが、それでも受けた方の手が痺れを起こすほどの強烈さだった。

「うらぁぁぁ!」

 さらに追撃。初撃で防御を跳ね上げ、流れるような動作で二打目が放たれる。僕は咄嗟に左腕に魔力で疑似的な盾を形成し、受け止めつつ反動を使って距離をとる。

 昔どんな時でも反射的に出来るように叩きこまれた技術だ。そのおかげでなんとか一度はしのげた。

 僕は悔しくなって歯噛みする。なにが一度はしのげた、だ。たった一回のワン・ツーを受けるだけで手いっぱいという情けなさ。

 だが考え込んでばかりいるわけにもいかない。頭を戦闘用に切り替える。

 とにかくまともに受けてはいけない。純粋な力ではこっちが圧倒的に不利なのだ。

(思い出せ)

 相手は典型的な対人に特化したスタイルだ。その上闘技場での戦闘経験も豊富と来ている。普通に戦っては勝ち目はない。

(模索しろ)

 頭の中で勝ちへのビジョンを描く。なんとか一つ見つけた可能性に焦点を絞る。

「考え事とは余裕だな!」

 無理やり作った距離を詰められ、連打を放ってくる。それを今度はカットラスを使って受け流す。

「おらおらおら!どうしたどうした!」

 こちらが反撃に出られないのをいいことにやりたい放題だった。

 そのうち、削られるように集中と魔力は減っていくことだろう。その前に、少しでも攻めに転じなければならない。

 僕は覚悟を決めて大ぶりの拳に対して前に出る。無理やりカットラスを振るって反撃するが、これもあっさり受け止められる。向こうも、こちらと同じようにガードする手を魔力で覆っているため、この貧弱な攻撃では傷一つつけることも叶わない。

 それどころか。

「ゴウ!」

 受け手そのまま返す拳でこちらに重い一撃を放ってくる。僕はそれを避けきれないと判断し左手で受けようとするが。

「うらぁぁぁ!」

 構わず放たれる拳を、僕は受け止められない。盾は一瞬で砕かれ、左手のガード越しに一発。

 そのバカみたいな力任せの一撃に、僕は耐えられず地面から足が浮く。

「死ねやぁぁぁ!」

 そこに連撃の回し蹴りが入る。モロに入って地面を転がるように吹き飛ばされ、受け身もとれず倒れこむ。

「あ、が、は」

 まともに呼吸もままならない。まさにボロボロの防戦一方だった。どころか、一矢報いることさえできない。現役の衛士に、長く戦闘から離れていたこの身ではまともに勝負になどならない。

 いつの間にか、武器であるカットラスまで手放していた。

(もう、少し、なんとかなると、思ったん、だけどな)

 昔の経験を過信しすぎたか。

 思考さえも途切れ途切れになる中で、しかし、その焦点と集中だけは途切れさせないようにする。

「もう終わりかよ」

 ゲイルは余裕の表情で倒れている僕に追い打ちをかけることもせず悠然と歩いて近づいてくる。

「あのメイドの方が幾らか粘ってたぜ」

「っが」

 その足が僕の頭部を踏みつけにする。頭蓋骨が割れるかと思うほどの衝撃。

 観客はその残酷なショーがお好みのようで、酷い歓声が僕の耳と頭をさらに揺さぶった。

「まあ戦闘用の改造が施してあったみたいだしよ。二対二ならもう少しまともな闘技になったかも知れねえなぁ」

 ぼーっとする頭で考える。戦闘用の改造。僕はプラムに、そんなことをした覚えは無いのだが。

「プラ、ム」

 息も絶え絶えに呟く。それでほんの少し、もうほんの少しだけ頑張れる気がした。

 あの子を、守らなくちゃいけない。

「女々しいなぁ、おい」

 その小さな声を聴いてか、ゲイルが侮辱するように吐き捨てる。

「そんなにあのメイドに執着してんのかよ」

 その太い腕が僕の胸ぐらを掴み、持ち上げるように吊り上げて、プラムの方に向かせる。

「たかが魔道人形なんかに、よくもまぁなぁ」

「うる、さい」

 首が締まり、さらに呼吸が苦しくなったが、僕は構わず言う。

「僕らは、帰るんだ」

 あの工房に、あの日々に、帰るんだ。

「そうかい、じゃあよう」

 ゲイルが笑みを浮かべる。あの気持ちの悪い、愉しそうな、獲物を狩るときの、あの表情。

「まだあの様子じゃあ直せそうに見えるから、そんな言葉が吐けるんだよなぁ」

 悪い予感がした。

「なら、これからショーの内容を変更してやろうか?題して、魔道人形の解体ショーってさ」

 醜悪な笑みは、まるで観客たちにも感染するようにドロドロと広がっていく。

「ハウンド・ドッグによう、少しずつあのメイドを壊させてやろうか。最初は手足をちぎらせて、その次は重要そうなパーツからどんどんどんどん、噛み千切らせていってよう」

 そのざわめきは動揺と同時に、それ以上の期待をはらんで大きくなっていく。

「最後にはお前の目の前でクォーツをかみ砕いてやったらそれは最高のショーになると、そう思わないか!」

 その一言でどよめきは歓声に変わった。やれ、やれ、と観客たちは大いに盛り上がりを見せる。

「させ、ない」

 僕の中に、酷い怒りと同時に閃光が生まれる。

 ゲイルは自分の提案とそれに乗る観客の歓声ですっかり気をよくして、笑みを浮かべている。

「させない、ときたか!どうやってだ!お前はすでに虫の息!この場には誰一人お前の味方などいない!」

 並列して途切れさせなかった集中を極限まで高める。

 ゲイルはすっかり勝者気取りだ。今この瞬間に僕に抵抗されることなんて少しも考えていない。

「それで、どうやって止めるっていうんだ!この俺を!」

「こうやってさ!」

 その油断しきった顔面に魔力の高まり切った右手を向ける。

 この戦いの間中練りこんで高まった魔力を集中。一工程の詠唱を経て、その魔術は完成を迎える。

「雷擲!」


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