プロローグ ハロー1216
「ハロー1216。調子はどう?」
なんだか、不思議な光景でした。ノイズ交じりの視界に、私を覗き込んでくる見知らぬ誰か。
そんな景色をぼーっと眺めていたのです。
「……やっぱり、駄目か」
声も、なんだか意味を伴って聞こえてきません。まるで雑音を一度スポンジに通して聴いて、それをもう一度咀嚼するようにして初めて意味を理解する。そんな遠回りをしているような感覚でした。
ダメ、何がでしょうか?
「方向性は、あってると思うんだけどな」
その表情はなんだか悲しそうで、私を見てそんな表情を浮かべるあなたに、私は何かを問いかけようとして、ふと気が付きます。
悲しいとは、どんなものだったでしょう?
「……ぁ、ぁ、ぁ」
何もかもが乏しい心持で、私は必死に何かをかき集めて声を出そうとしました。
ですが、それもうまくいきません。
頭の中と体が乖離してしまったかのように、うまく言葉を話せません。
「やっぱり、あの記憶容量を直接解析したほうが早いのかな。でも、それだと先生の……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、その人はうろうろと私の目の前を歩き始めました。
顎に手を当てて、何かを考えているようです。
それを、目の動きだけで追っていました。
「ん?」
そうすしていると、その人は何かに気が付いたのか、再び動きを止めて、私のほうに寄ってきました。
「今、なにか反応があったような」
「ぁ、ぁ」
少しづつ慎重に、神経を最新の注意でつなぐように、私を喉を震わせました。
「え?え?」
彼は、目を白黒させています。
私は彼に届くように、つっかつっかえ、声を出しました。
「ぁ、あ、の」
ようやく絞り出せたのはノイズ交じりのようなおかしな声です。それでも、彼は酷く驚いた顔で、私を見つめました。
「起動、してる」
また、訳の分からないことを言います。
「あ、あの」
私は、声の出し方を思い出しつつ、ゆっくりゆっくりと、声を紡いでいきました。
「こ、こ、は。ここは、どこ、ですか?それに」
いくつもの疑問、いくつかの不安。
「からだ、うごかないの、ですが」
だんだん声はでるようになりましたが体は一向に動かせる気配がありません。
「あなたは、だれ、なんですか?」
それに、そう、それ以上に。
「わたし、わたしは、だれなんですか?」
それに気が付くと、大きな混乱が私を襲いました。
そうだ、私は、誰?
名前も、どんな人物だったのかも。ここはどこ、なんて言いましたが、それ以前にどこに存在していたのかも、全部、抜け落ちたように。
「あ、れ?」
なにもかも、わからなくなっていたのです。
「え、あー、うん。一つ一つ説明していこうか」
彼は、なんだか気難しそうな顔をしていました。
「まず、えー、僕はシュウ。一応技師ってことになるかな。それでここは、僕の工房」
工房、確かに周りを見ればコードや画面、それと一見しては用途の分からない機械部品がところどころに積まれていました。
「それで、君のこと、なんだけど。それは見てもらったほうが早いかな?」
そう言い残して、奥のほうでごそごそと何かを探し始めました、そして戻ってきたときに、その手には大きめの銀板があって、
「ちょっと見にくいけど、これで大丈夫だよね」
そうして、何の気負いも無しにそれをこちらに向けてきて、私は絶句しました。
体が動かないはずです、だって無いんですから。
「どう?」
どう、ではありません。この人は、きっとデリカシーにかけるところがあるのでしょう。
「これが、私、ですか」
「そうだよ」
その銀板に映っていたのは、生首が、一つ。
どうやら、それが、今の私のようです。