表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面魔王(魔界と地続きになった街)  作者: 遠野空
第一章 わずかな生存確率への賭け
9/26

バレたっ

 廊下の方を見たのは、無意識のうちに助けを求めたのかもしれない。もちろん、このマンションには蒼士しか住んでいないし、助けなどどこからも来るはずがないのに。


 しかし……少なくとも魔王は蒼士の視線が気になったらしく、「なんだよ?」とふいに後ろを振り向いた。


 ――今しかないっ!! 


 内心で絶叫した蒼士は、ためらいなく手の中のカプセルを口に放り込み、ミネラルウォーターを飲み干した。




「お、飲んだか? 最初からさっさと飲めばいいんだ」

 向き直った魔王は、馬鹿にしたように言い捨て、蒼士の前に立った。

「なら、もうはじめるぞ――身体を交代する魔法にかかるからな」

「ど、どうぞ」

 今度は蒼士もガクガク頷くことができた。


 むしろ、今は逆に、とっとと変わってほしいかもしれない。致死量の毒物を飲み込んだ後だからだ。

 五分は保つというのは、所詮は胃の外でやった実験であり、本来なら体温その他の要因で、もう少し早めに溶け出すだろう。四分か三分か……あるいはもっと早いのか? こればかりは、蒼士には全然読めない。


 ただ、言うまでもないが、蒼士の気分的にはとっとと交代してほしいところだった。

 なにしろ、致死量を上回る毒物を飲み込んでいるのだ。


 しかし……なぜか魔王は、自分から言い出したくせに、その魔法とやらを使う素振りがなかった。なぜかじろじろと蒼士を眺めていて、何か考え込んでいるように見える。




「おまえ……最初に会った時より、今の方がよっぽどひどい動揺ぶりだな。冷や汗をかいているじゃないか」


「そ、そりゃ、身体を交換するなんて、人生初めてですし」

「それにだ」

 蒼士の言い分を簡単に無視して、魔王は目を細める。


「おまえはなぜか、どれくらいの期間、身体を交換するのかとか、エグランティーヌをしばらく生かしてくれるというのは、どの程度の期間を指すのかとか、そういう質問を全くしないな。こりゃどういうわけだ?」


 ――まずいっと蒼士は思った。

 おそらく自分の態度に、何か不審なものを感じたのだろう。事実、蒼士はいわば命を賭けてこの場に臨んでいるので、当然ながら後のことなど考えている余裕がなかった。


 魔王の指摘は、確かに蒼士が当然すべき質問だ……今更、わざとらしく質問できないが。

 あと、そんなことより、こうして問答している間にも、刻一刻と胃の中でカプセルが溶けていくのだ。もうあまり猶予はないはず。


「だ、だって」

「なんだ?」


 疑わしげな声に、蒼士は見るからに怯えた態度を作って答えた。

 状況柄、非常に簡単だった。 


「だって、貴方はどうせ思い通りにするじゃないですか。だったら俺としては、貴方が約束を守る方へ賭けるしかない……それとも、交換を取りやめて、エグランティーヌの処刑もやめてくれますか?」


 わざとガタガタ震えるところを見せつけて両手を合わせて見た。

 ……気のせいか、気分が悪くなってきた気がする。

 無論、本当にあの劇薬が溶け出していたら、そんなこと感じる前にもう倒れているだろうから、あくまで気のせいだろう。


 しかし、もはや自分の命が秒読み状態なのは、間違いようのない事実だ。それもあり、別に演技に精を出す必要などなく、蒼士は本当に全身で震えていた。


 ……幸い、蒼士の態度は実に効果的だったらしい。

 微かに疑いを持ったような態度だった魔王は、すぐに顔をしかめ、「ちっ」と舌打ちなどした。


「人間はめんどくさすぎて、よめねーから嫌いだ。……まあどのみち、中止なんざしない。しばらくじっとして動くな」


 最後にそう言うと、魔王は有無を言わさず大きな掌を蒼士の頭に乗せた。

 そのまま目を閉じてなにかブツブツ呟き始める。

 確か、高レベル魔族が魔法を使うのに詠唱など必要なく、発動のためのコマンドを口にするだけだったはずなのだが――おそらくこの魔法に限っては、何か面倒な手順がいるのかもしれない。


 ともあれ、さらにビクビクしながら三十秒ほど待つと、魔王の身体が一瞬、赤く光ったのがわかり、蒼士はふいに目の前が真っ暗になった。





 ――とはいえ、意識を喪失しかけていたのは、半秒ほどにも満たなかったはずだ。


 なぜなら、次に目を開けた時、蒼士は同じキッチンにぺたんと尻餅をついた姿勢だったからだ。

 慌てて立ち上がると、ちょうどきっちんの中央に立っていた人物が、振り向いたところだった。


 ……覚悟はしていたが、自分自身の顔と向き合うというのは奇妙な気分である。


 それも、相手が本来の自分が絶対に見せないであろう、傲慢な笑みを浮かべているとなると。  

「おぉ、これが人間か……なるほどなぁ……確かに大幅にパワーダウンした気がするぜぇ。弱々の生き物の気分ってのは、ぜってーにわからないが、これで少しは獲物の気分も――」


 そこまで言いかけ、蒼士の顔をした魔王は大きく息を吸い込んだ。

 次の瞬間、ぎらっと蒼士の方を睨む。これも蒼士なら絶対に見せないであろう、震えが来るほどの殺意を放つ目つきをしていた。



「このゴミがあっ」



 ――バレたっ!

 そう直感した瞬間、蒼士はいきなり動いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ