絶対絶命
考えた末に、蒼士は今日は学校をサボることにした。
それでなくても3クラスしかない臨時にできた高校だし、普段から真面目に通う生徒の方が少ない。休んだところで、特に騒ぎにもならないだろう。
それに、もう今から準備して、あいつが来た時に備えないといけない。
……蒼士はそう思って覚悟を決めていたが、魔王ジェイガンはそれでも意表をついてくれた。つまり、あいつはそもそも、時間通りに来なかったのだ。
午後に入り、蒼士が何度目かのトイレに立ち、部屋に戻ると、ジェイガンその人が椅子に座って待っていた。
「えっ」
思わず蒼士が息を呑むと、魔王ジェイガンは静観な顔でニイッと笑った。
「時間だぜ、クソガキ」
「ど、どうやって!?」
「別にどうでもいいだろ、そんなこたぁ」
魔王はうるさそうに一蹴した。
「で、でもっ。まだ約束の時間には――」
「ああ、約束の時間じゃない。だけど俺は、こういう時はわざと時間をズラすのさ。相手が余計なことを考えないようにな」
粋な仕草でついっと肩をすくめる。
古めかしいスーツのせいか、映画の登場人物のようにすら見えた。床を踏んでいる心地がさっきからしなくなっている蒼士から見れば、なおさらだ。
もはや、今自分が本当に現実世界にいるのか、それすら自信がない。
「じゃあ、始めようか?」
「――っ! ま、待ってっ」
立ち上がった魔王に、蒼士はようやく声に出すことができた。
「の、喉がカラカラなので、せめて水、水を飲ませてくださいっ」
「……はあ、水だぁ?」
魔王の目が、すうっと細められた。
疑っているとまでは言わないが、めんどくさそうな表情ではある。とにかく、既に震え上がっている蒼士が、実際にガタガタ震え出すには、十分な目つきだった。
「ふん」
怯えきった蒼士を見て、魔王は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「まあいいだろう……なら、これでよかろう」
懐から小瓶を出し、蒼士に投げつけてきた。
いびつな形の瓶であり、中には液体が半ばほど入っているが、どう見ても普通の水には見えない。おそらく酒の類いの気がした。
「い、いや……俺は下戸――つまり酒が飲めないんで、これ飲んだら、多分めちゃくちゃ酔っ払って、交代した時に迷惑かけるんじゃないかと」
こればかりは、百パーセント本当である。
「ちっ」
それは魔王にも通じたと見えて、向こうは苛立たしそうに顔をしかめた。
それでも一応、もう一度椅子に座り直してくれた。
「めんどくさいガキだな、貴様。わかった、俺もカラカラに乾いた喉の奴と交代するのは嫌だ。許すから、一分で戻ってこいっ」
「は、はい、ただちにっ!」
即答して、蒼士は文字通り、部屋を走り出た。
もう今の段階で、心臓がバクバク鳴っていて、うるさいほどである。
キッチンまで行くと、蒼士は既に用意しておいたペットボトルを手に取り、キャップを開けた。手が震えまくっていて、そんな簡単なことがどうしても素早くできなかった。
いつもの三倍は時間がかかり、ようやくキャップを開けることができた。
あとは、カプセルを飲み込むだけである。
時間の調整など、もはやしている余裕はない。こうなれば、とにかく毒物入りのカプセルを飲むしかないだろう。
そこで、これも用意しておいた小瓶からカプセルを出し、そして手に握ったところで――背後から声がした。
「おい、終わったか?」
「わああっ」
驚いて、思わず手の中のペットボトルを落としそうになった。
振り向くと、魔王がのしのしとキッチンの中へ入ってくるところである。
「なんだ、まだ飲んでないのか? さっさと飲め」
「そ、それはそうですが……その、見られていると緊張して」
「ああっ? そこまで面倒は見られん。いいから、とっとと飲めっ。それとも、俺が手伝ってやろうかっ」
ま、まずいっ。
このままだと、手の中のカプセルを飲み込む動作を見られるっ。
そうすると、どうしたって怪しさ満点だし、魔王だって「なんだそれは」と咎めるだろう。万一、交代するのをやめられたら、もはやそこで全てが終わる。
単なる犬死にである。
近付く魔王を眺め、蒼士は絶望的な気分になった。