一方的な要求
ジェイガンは特に気にせず、にんまりとほくそ笑む。
椅子の背に長身を預けてじろじろと蒼士を見やり、肩をすくめた。
「おまえのことは、調べさせてもらった。別になんてことのない、ただのガキだな。どうしてエグランティーヌがおまえに興味を持ったのかは知らんが……お堅い女は意外とおまえのようなクソ真面目なガキが好みなのかもしれん。だが、おまえの方もまあ、都合よく勘違いしたもんだ。あいつの顔とスタイルに、ころりと参っちまったかよ?」
「えっ」
まだ魔王本人がいるのを現実のものとは思えず、蒼士はボケた返事をしてしまう。
しかし向こうは蒼士の反応など気にとめず、またニヤッと笑った。
「いい女なのは置いてだ、あいつが高レベル魔族にしては妙に人間くさいってのは認めるが、おそらくおまえが思うよりも、ずっとヤバい女だぞ……胸と尻だけ見てるだけじゃ、わからんだろうがな。俺のことがなかろうと、どうせおまえの手に負えるとは思えん」
蒼士はろくに聞いていなかった。
それよりも、いつ殺されるかとビクビクしていたからだ。
「俺を……殺すんですか」
ようやく蒼士が掠れ声で訊くと、ジェイガンは大きく鼻を鳴らした。
「いずれはな。いずれは貴様をバラバラにして、魔獣どもに食わせてやる。だが、今は俺の要求を呑んでもらおう……そうすれば、しばらく二人とも生かしてやってもいい」
「二人って、それはティーヌも?」
「ティーヌだぁ?」
魔王は盛大に顔をしかめた。
「これは驚きだ。奴はよほどおまえが気に入ったらしい……愛称で呼ぶのを許すとはな。けっ、ますます気に入らねぇ」
じろりと蒼士を睨む。
「そうさ、あの女もだ。まあ、最後は殺すがね……少なくとも余命は多少延びるわけさ。あからさまに言うが、これは俺としては破格の条件だぜ?」
電車の遅れでも話題にするようなジェイガンの口調だった。
「俺はただ、下校時にあの人と会話していただけなのに?」
「俺のものに興味を持った時点で、殺す理由には十分だ。くだらん質問はよせ、ガキ」
ジェイガンは素っ気なく言い捨て、初めてまともに蒼士を見つめた。
……自分と似たような黒い瞳なのに、こいつの瞳は格別だった。闇と同化したかのような黒々した瞳であり、しかも見られているだけでガタガタ震えてきそうな威圧感を感じる。
蒼士も一般人と同様、真紅の髪は別として、見た目は普通の青年に見えると空に映し出された顔を見た時に思ったものだが――それは大きな間違いだった。
やはりこいつは、人間ではなく魔族なのだ。
「そ、それで……要求とは」
「要求というか、どうせ俺は思い通りにするがな。だが、本人が納得済みの方が、やりやすくはあるんでな。めんどくさいことに、本人の心が抵抗すると、上手くいかない魔法なのさ」
ジェイガンはあいまいなこと言うと、ようやく本題に入った。
「おまえ、俺としばらく身体を交換しろ」
「えっ」
「耳が聞こえないなら、手を突っ込んで風通しをよくしてやろうか?」
本気で立ち上がりそうになったので、蒼士は慌てて手を振る。
「いえっ、ちゃんと聞こえてますが……交換するって?」
「そのままの意味さ。最近、俺の姿はかなり人間どもに知られるようになってしまってな。たまに街を歩いても、みんな俺を見た途端にトンヅラこいて、面白くない。そこで、人間はもちろんのこと、配下どもにも秘密にして、ちょいと人間をすり替わることを考えていたのさ。人選はまだだったが、ちょうどいい機会だ、おまえにする」
蒼士の都合など訊かず、魔王は言い切る。
「交換相手としては不足だが、おまえみたいなショボいガキに化けてみるのも一興かもな。俺も久しぶりに、知られていないが故のお楽しみを味わいたい。……ついでに、密かな反抗の芽を見つけて、それを踏みつぶすためにも役立つ」
一息に説明すると、ジェイガンは愉快そうにほくそ笑んだ。
「見た感じ、おまえは弱々しい気の小さいガキで間違いないようだ。これなら、つまらんことを考える暇もないだろ? まあどうせ身体を交換したところで、そのまま魔王の力を振るえるわけじゃない。逆に俺は、人の身になっても、ちゃんと攻撃魔法が使えるからな。――だから、余計なことは考えるなよ?」
念押しされて、蒼士はガクガクと頷いた。
頷く以外、どうしようもなかった。