魔王の訪問
散々脅された割に、エグランティーヌが言うような危険は、特に訪れなかった。
それからさらに一週間が過ぎても、蒼士の身には特になにか変化が起きたわけでもない。相変わらず、俯いて学校へ通い、そして下校時には必ず、立体歩道で晒し者になっているエグランティーヌに会いに行く……この繰り返しである。
彼女によれば、「毎日わたしに会いにくれば、嫌でも貴方に転機が訪れるでしょう」ということだったのに。
ただし蒼士自身は、むしろこの一週間は歓迎すべき日々だった。
なぜなら、この処刑待ちの魔族戦士と、明らかに仲良くなれた気がしているからだ。
とりあえず、さりげなく年齢を聞いても教えてもらえなかったが、「この世界の肉体基準で言うなら、わたしは十五歳でしょう」と言われたので、蒼士はあえて、エグランティーヌが自分と同じ十五歳なのだと思うことにした。
実際は、見た目だけでも十八くらいに見えるのだが、この女性は普通にしてても大人びて見える人なので、特に疑う気もない。
そして……さりげなくぽつぽつと会話するうちに、どうしてまた彼女の処刑――それも、このように人間に晒し者にされてから処刑という重罪になったのか、その原因もわかった。
なんとエグランティーヌは、魔王の求愛をこばんだらしい。
いや、求愛というのは正確な表現ではなく、実際は無理に押し倒されそうになったのを、断固として拒否したのだ。
「そ、そんなことできるのっ」
……この頃には、既にタメ口になっていた蒼士が訊くと、エグランティーヌ――いや、この頃はティーヌと呼んでいいと言われていたが――とにかくそのティーヌは薄く微笑んだ。
「わたしも誇り高い魔族戦士の端くれ。その気になれば、一瞬で自死を選ぶことくらいはできますよ。だから、陛下――いえ、あの男にもそう申し上げたのです。『陛下が抱けるのは、わたしの死体だけでしょうね』と。……そしたら、『では恥を与えた上で殺してやろう』と言われ、こうなったわけです」
「……うわぁ」
なんという理不尽なと思うが……それはまあ、日本人である蒼士の感覚であり、別に魔族達の中では普通のことかもしれない。
ただ、蒼士がわずかばかりの希望を持っているのは、ティーヌがこの期に及んであえて自死を選んでいない理由である。
それこそが彼女が言うところの、「刑罰の沙汰が下った当初は、即座に死のうと思いましたが……わたしの持つ予知の力が、まだ希望はあると囁くので」というもので――。
これまでの話の流れからすると、上手くすれば自分こそがティーヌの希望になれるのではないか、と蒼士は考えている。
ただ、さりげなくそう話すと、ティーヌは決まって苦しそうな表情を見せた。
「蒼士さんの言うことは間違っていませんが……おそらくそれは、貴方にとってよいことではない気がするのです」
という謎の返事とともに。
しかし、この時の蒼士ときたら、「ティーヌはとうとう、俺の名前を違和感のない発音で呼んでくれるようになった!」などと密かに喜ぶ始末で、まだ全然、自分がどれだけ危ない橋を渡りかけているのか、気付かずにいたのだ……その日までは。
しかし、ついにティーヌの奇妙な予知の結果を知る日が来た。
彼女から不思議な話を聞かされて一週間、そして彼女と初めて出会ってから二週間が過ぎたその日、蒼士はいつも通り下校時にティーヌと短い(最近は短くもないが)会話を交わし、そしてうきうきと自分一人だけが住むマンションの部屋へ帰宅した。
ドアの鍵を開け、奥の自分の部屋へ、鞄を置きに入る――いつもと違ったのは、机の椅子に、思いがけない人物が座っていたことだ。
「……えっ」
蒼士は思わず、壁際の明かりのスイッチを入れたままの姿勢で、固まってしまった。
燃え上がるような真紅の長い髪と、それに闇をそのまま写したような瞳……そして、古くさい飾りのついた裾の長いスーツを見て、一瞬、なにがなにやらわからなかった。
(古くさいとはいえ)服装こそちゃんとしていたが、その顔は空に魔力で投影された映像で、何度か見たことがある。
この街を都内から消し去り、魔界と地続きにしてしまった張本人……言うなれば、魔族軍の総指揮官でもある。
「ま、魔王、ジェイガン!」
「ははは、さすがに俺の名前は知ってたか」
ニヤッと歯をむき出して魔王は笑った……本当に、魔王その人が自分の部屋にいる。
この驚くべき事実に、蒼士は血の気が引く思いだった。
もちろん、魔王その人が一小市民に過ぎない自分に会いに来る理由……その心当たりと言えば、たったの一つしかないからだ。
「意外と驚かないのは……エグランティーヌ絡みだと思っていて、もう覚悟はできてるからか?」
棒立ちの蒼士は、返事もできずに派手に生唾を飲み込んだ。
……後でなんとなくググってみたら、ヒロインの名前が某キャラと一緒だったようなので、変更しておきますorz 失礼しました。