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仮面魔王(魔界と地続きになった街)  作者: 遠野空
終章 未来へ希望を
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未来へ希望を



 アリアドネは申し出を了承し、わざわざ部屋から出てくれた。 

「ドアの外にいるから、済んだら呼びなさい」という言葉を残し。

 彼女が去った後、蒼士は即座に言った。


「ティーヌ、俺達の会話が絶対に聞こえないようにできないか?」


「できます!」

 即答すると、ティーヌは小声でなにやら囁き、小さく手を振る。

「わたしが結界を張ったので、もう大丈夫です。会話の内容は聞こえません」

「よし!」

 蒼士は頷き、まず口火を切った。





「大前提として、あいつの要求は呑まざるを得ない」


 ティーヌも亜矢も眉をひそめたが、少なくとも反対はしなかった。二人共、今の時点では要求を呑むしかないことは、わかっているのだ。


「ただ、俺とティーヌが五年前に飛んだとして――」

「わたしも行きますよっ」


 ふいに亜矢が口を挟んだ。


「絶対に絶対に、残りませんから!」


 わざわざ立ち上がって、拳を固める。

 なみなみならぬ決意が窺え、反対しようとした蒼士は、結局肩をすくめた。

 後に残す人もいないようだし、それもいいかもしれない。


「わかった。じゃあ、俺達三人だ」

「まあ!」


 なぜかティーヌは不満そうだったが、蒼士は気付かない振りをした。

「ここで重要なのは、俺達には五年の猶予ができたってことさ」

 蒼士はそこを強調する。

「彼女の言うことが本当なら、少なくとも二年は邪魔が入らずに準備できるし、あとの三年も、こっそり訓練に励むことくらいは可能だろう」


『訓練?』

 女性陣が同時に言う。

「そう、訓練さ……強くなるための。少なくとも、今俺が乗り移っているこの身体は、素材としては最高なんだ」

 蒼士は自分に言い聞かせるように宣言した。

「だから、寝食を忘れてがんばれば、きっとあの妹を倒す方法だって見つかるはず」

「――妹!?」

 亜矢が驚いたように目を見開く。


「そう、アリアドネだよ。魔王ジェイガン自身は、ずっと昏睡状態に置くなり、なんらかの手は打てると思うんだ。別にアリアドネの真似ができなくても、俺達にだって転生を封じる手段はあるはずさ。――ただ、このままだと、どうしたってアリアドネはまた口を挟んでくるし、それにあの調子だと、最初から彼女はいつか魔王を打倒する気だったと思う」


「それは……確かに」

 ティーヌが真っ先に賛成した。

「魔界の評判とは違い、あの人は野望の女性だったようです」

「どうしても障害になるってことですね」

 亜矢も納得したように頷く。


 そもそも、五年前に戻った時点で、魔界の侵攻までに二年あるわけだ。となると、蒼士自身が秋葉原界隈から逃げてしまうことも可能なのだが……おそらくその点については、どうせアリアドネがなんらかの防止策を考えているのだろう。

「とにかく、どんな手が打てるかは、与えられた時間の中でおいおい考えよう。一番の目標は、俺自身が力をつけ、アリアドネに対抗できるほど強くなることだ」


「……ジェイガンは嫌な男ですが、肉体的な素材としては申し分ありません。わたしもお手伝いすれば、確かに強くなることは可能でしょう。内面が蒼士さんのままでも、身体的能力なら魔界屈指ですし」


 ティーヌも頷いたので、蒼士は改めて二人を見た。


「よし、なら三人揃って過去に戻るってことで、いいな」

「構いません」

「わたしもお手伝いします!」


 ティーヌも亜矢も、全く迷うことなく応じた。






 アリアドネを呼び戻した後、蒼士はまず、姿を元に戻す魔法とやらを使ってもらったが……なるほど、全然見分けがつかなかった。

 一応、鏡で確かめるだけではなく、ティーヌや亜矢にも訊いたが、二人揃って太鼓判を押してくれたほどだ。


「ただ……五年前の時点に戻っても、元の家には帰れないんだよな。その当時の俺がいるわけで」


 蒼士が呟くと、亜矢が「あっ」と声に出した。

 そこまで、考えていなかったようだ。


「安心なさい。食べるに困らないだけの準備はしてあげたわ」


 気前のよいことを述べると、いつ持ってきたのか、アリアドネは小さなディパックを蒼士に渡した。

「現金が入ってるから、落とさないようにね――それと」

 驚く蒼士に、彼女は一転して凄みのある表情を見せた。


「五年前に貴方達を戻した時点で、もう今の時間軸には変化が生じるはず。試みが上手くいっていれば、この時点でアリアドネは、馬鹿兄貴を封じた後になっているはずよ」


「そう……なるのか」

 もごもごと蒼士が答えるのを無視して、アリアドネは囁いた。


「だから、もしも何の変化も起きなければ……貴方達は逃げたと判断して、自治区内の人間を皆殺しにするわよ。契約破棄の報復措置としてね」


 三人揃って、見事に顔をしかめてしまった。

 蒼士はもちろん、後の二人も……こいつは本当に実行するだろうと思ったからだ。なるほど、これがアリアドネの保険らしい。


「逃げないよ。俺は必ず、もう一度ジェイガンと向き合う……絶対に」


「そう、貴方のそういう甘っちょろいところに期待しているのよ、アリアドネは。貴方のような人間は、同胞を大勢見殺しにできないはず」

「実際、できないな……寝覚めが悪すぎる」


「じゃあ、今後もよく眠れるように、五年待って二度目のチャンスが来たら、せいぜいがんばりなさい」

 アリアドネは元の陽気な表情に戻ると、蒼士達を促してリビングの中央に集めた。


「準備はいいかしら?」


 蒼士達は顔を見合わせた。

 いいかと言われても、時間を遡る経験など、皆無である。

 せいぜい、上手くいくように祈るしかない。


「手を繋いでおこう……三人で」


 蒼士が提案すると、ティーヌも亜矢もたちまち笑顔になった。


「いいですわね!」

「名案ですっ」


 どことなく不安そうだった二人は、喜んで蒼士の手を左右から握った。これで、蒼士を中心として、女性二人が左右に分かれた形になる。どうせなら円形になりたかったが……まあ、仕方ない。五年もあれば、仲良くなってくれるだろう。

 そう思うことにして、蒼士はアリアドネに声をかけた。


「準備いいよ。……やってくれ!」


 同時に、アリアドネが片手を上げ、蒼士達の周囲に光が弾けた。

 次の瞬間、蒼士達の姿はリビングから消えた。


 魔界が支配する秋葉原から消え、過去へ飛んだのだ……未来へ希望を繋ぐために。




ここまで読んでくださった方達は、どうもありがとうございました。

この物語はここで閉じておきます。


また新しい小説を書いて連続更新することもあると思いますので、気が向いたらまた読んでみてください。



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