乗り込んで来たアリアドネ
「だ、誰だっ」
思いっきり動揺した蒼士が問うと、ツインテールの女の子は艶やかな微笑を浮かべた。
「あらあら、可愛い妹の顔をお忘れですか、兄上」
パーティーに出るのかと思うようなドレスの少女が、猫撫で声で問う。
「あ、兄上っ!?」
し、しまったっと思ったが、もう遅い。
しかし、その子は別に驚くこともなく、一転して冷え切った顔で言った。
「ドアを開けなさい、森岡蒼士。どのみち、このアリアドネにはもうバレているわ。兄の置き手紙を読んだのよ」
「……うっ」
脳内に突き刺さるような言葉だった。
まさか、そんなものがあったとは。
しかも、今噂していたばかりの魔王の妹が、向こうからやって来たのだ。いち早く、ティーヌまで捕まえて。
手まで震えてきた蒼士だが、しかし、こうなると逃げるわけにもいかない。なにしろ、彼女は既にティーヌを押さえているのだ。
そこで渋々ドアを開けてしまう……もちろん、すぐに女の子――アリアドネは入ってきた。
ティーヌを肩に担いだままリビングへ向かうと、ソファーに彼女をどさっと荷物みたいに下ろす。前に、ティーヌが亜矢を運んだ時の再現みたいだった。
「ティーヌは生きてるんだろうなっ」
「……その呼び方を許すとは、よほどエグランティーヌは貴方に気を許しているのね」
意味ありげに笑うと、アリアドネはティーヌの正面に座る。
「安心なさい。今のところ失神してるだけだし、すぐに目覚めるでしょう。……で、貴方はアリアドネの隣に座りなさいね」
ティーヌのそばに寄ろうとしたのに、止められてしまった。
やむなく、蒼士は言われた通りに彼女の隣に座る……かなり距離を置いて。
「さて、それでは――」
アリアドネが何事か言いかけた途端、なぜか外から階段を駆け上がる音がして、またしてもドアが開いた……今度は、勝手に。
すぐに廊下を走る音が続いて、制服姿の亜矢がリビングに駆け込んできた。
「蒼士さん、さっき、見知らぬ女の子がこのマンションへ入るのが見えて――あっ」
言いかけ、ニヤニヤ笑うアリアドネを見て、その場で固まってしまう。
蒼士は頭を抱えたい気分だった。なんで戻ってくるかなと思うが、亜矢の気性なら、少しでもおかしいと思えば、それは戻ってくるだろう。
「なあ、この子は関係ないんだ。帰してやってくれ!」
一応言ってみたが、やはり首を振られた。
「却下よ。……貴女は、エグランティーヌの隣に座りなさい」
命じられ、亜矢が蒼士を見る。
蒼士は頷いて、「言われた通りにして」と声に出した。
今は、他にどうししょうもない。なんとか隙を見つけて、こいつを何とかできればいいのだが。
「言っておくけど、アリアドネは兄ほど迂闊じゃないわ。つまらないことはせず、大人しくしなさいね。……そもそも、エグランティーヌでさえ敵わなかったのだから、今の貴方じゃどうしたって死ぬだけよ、蒼士」
「わかってる」
忌々しい思いで頷く……頷くしかなかった。
エグランティーヌと亜矢、それに蒼士とアリアドネという組み合わせで、向き合った二つのソファーに座っている。
アリアドネはどういうつもりなのかさっぱりわからなかったが、そのうち、呻き声がして、ティーヌが目覚めた。
目覚めた途端、珍しくぱっと目を開け、光る瞳でアリアドネを睨む。
「――っ! おのれっ」
「静かに!」
アリアドネが一喝した。
蒼士の首に腕を巻き付け、自分の方へ引き寄せながら。
「大人しくできないなら、この蒼士を殺すわよっ」
「だめっ」
真っ先に亜矢が叫び、ティーヌも悔しそうに唇を歪めた。
「わかった……暴れないと約束するわ」
「そう、それでいいのよ」
アリアドネは微笑し、心持ち蒼士の身体を離した。
ただし、腕は抱え込んだままである。この状態でどうやって殺すのか蒼士には見当もつかないが、なにか方法があるのだろう。
「さて、じゃあ蒼士。……どうやってあの馬鹿兄貴を倒したのか、最初から説明しなさい。できれば、その時の君の心情も交えてね」
「なぜそんなことを訊く?」
不審に思って蒼士が尋ねると、アリアドネはまた艶然と笑った。
ドレス姿のせいか、笑顔がやけに映える少女だった。
「後で教えてあげる。でも、拒否できないのはわかるでしょ? 脚色せず、詳細に話すのよ……いい?」
蒼士としては、断る術がなかった。




