表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面魔王(魔界と地続きになった街)  作者: 遠野空
第一章 わずかな生存確率への賭け
2/26

反応があった!

 魔族率いる魔王が、蒼士の住む秋葉原界隈を占領する暗い世界といえども、生活はしていかねばならないし、生きていくしかない。


 第一、今の日本は魔王とその配下が完全に自治区(本来の都内から遮断された地区)を魔界と地続きにしてしまっていて、逃げ出すこともできない。境界線である白く濁った壁を越えれば、ただ魔界の領土へ出てしまうだけだ。


 おまけに蒼士は、ブラックサンデーの時に両親が海外へ出張中だったせいで、今や家に一人暮らしである。

 自治区内の学校は閉鎖されていないし、ひとまず中学を卒業し、新たに進学もしたので春から高校へ通っているが、秋も深まってきた今、楽しみといえば一つしかない。


 それは……ある意味で自分でも意外だったが、魔族の戦士と会うことである。


 とはいえ、今や「彼女」は、元魔族戦士ということになるだろうが。






 秋葉原駅電気街口は、もはや駅が形骸化けいがいかしたせいで、さほど人通りがない。

 その付近には、クロスフィールドと呼ばれていた、ダイビルと秋葉原UDXのビルへ向かう立体歩道がある。


 無用となった改札口を出てすぐの場所にある、今や動いてないエスカレーターを上がれば、その歩道へ出られる。

 かつては買い物客や観光客が行き交う場所だったが、あいにく魔界の「人間自治区」となってしまった今、立体歩道は閑散として人通りも少ない。

 そもそも、三年の間に何度かの「ハンティング」を経て人が大勢死んだ結果、もはやこの歩道を通る者も少なくなった。


 蒼士も、特にここを通学路に選ぶ必要があるわけではなく、近所のマンションへ帰るに辺り、わざと遠回りしてここを通っているだけである。一種の郷愁のようなものだ。

 ただ、一週間前からここには、一つの変化が見られるようになった。


 というのも、魔族軍の上級戦士とも言うべき女性が、巨大な金属製の檻に入れられ、立体歩道の中間に檻ごと放置され、晒し者にされているのだ。

 檻は、それこそ本物の牢屋を切り取ったような鉄棒で囲まれた大仰なもので、正面に当たる部分に、木製の汚い札がかけられている。


 そこには、慣れない日本語で無理に書いたのか、のたうつような文字でこう書かれてあった。




『この者、魔王様の命令に逆らったため、人間歴の十一月一日をもって極刑に処す』




 ……今日は十月十二日であり、どうやら彼女はよほど魔王の怒りを買ったらしく、ほぼ一ヶ月も晒されるようだ。

 ただ、そういう事情はまあ、自治区に住む一市民である蒼士には全く関わりがないし、関わりたくても関われないことでもある。


 蒼士の楽しみとは、下校時にこの檻に立ち寄り、「彼女」をしばらく眺めることにあった。

 エグランティーヌというのが彼女の名前らしいが、驚いたことに、噂では彼女は「魔族軍第三軍指揮官」だったらしい。


 魔族軍は単純に軍勢を表す数字で強弱がわかるので、第三軍を指揮していた彼女の実力は、魔界屈指なのだろうと推測できる。


 ……まあ、それでも処刑されてしまうのだから、魔王の権限がどれほどのものかわかるが。




 蒼士は、廃墟のような駅のそばを通り、クロスフィールドへ続く立体歩道へと上がると、いつものようになにげない足取りで檻のそばまで近付いた。

 どうやらこの檻にはマジックシフトなる魔法の結界が敷かれているらしく、閉じ込められたエグランティーヌは、逃げることができないらしい。


 蒼士はあたかも誰かと待ち合わせしているような様子を装い、今日もまた、彼女をそっと眺める。もちろん、いい趣味とは言えないが……少なくとも蒼士は、野次馬根性で毎日ここへ来るわけではない。


 ありていに言えば、このエグランティーヌの美しさに、一目惚れしていたのである。

 指揮官用の戦闘スーツに身を包んだ彼女は、空色の長い髪と鼻梁の高い洋風の顔立ちをしていて、蒼士がこれまでに見た、どんな女性より美しかった。


 閉じた瞳も長いまつげが影を落とし、いかにもエグランティーヌを神秘的に見せている。檻の奥でもたれて座る彼女は、とても処刑前の囚人には見えず、あたかも誇り高い女神のようにすら見えた。


 実のところ、エグランティーヌはなぜかいつも目を閉じていて、いつも蒼士が見る素顔は、おそらく彼女の美しさの一部でしかない。

 一度でいいから彼女が目を開けるところを見たいものだが……もしかすると、生まれつき目が不自由かなにかで、閉じているのもやむなくかもしれなかった。


 しかし、エグランティーヌが目を閉じているのは、ある意味で蒼士にとっては有り難いことでもある。なぜかというと、本人に睨まれずにそばまで近寄れるからだ。

 幸い、この晒し者の檻は蒼士が見る限り特にゴブリン兵士の監視もなく、そばでエグランティーヌを眺めるだけなら、特に邪魔も入らない。


 おまけにここは、人通りもほとんどない。


 阿呆のように口を開けてエグランティーヌを眺める一時間ほどの間、いつも彼女はほとんど身じろぎしなかった。蒼士が立ち寄り始めたこの一週間、閉じ込められているにもかかわらず、常に落ち着いた姿勢で座っている。

 ……しかし、今日はどういう風の吹き回しか、エグランティーヌは檻の前で眺める蒼士のところまで歩いてきた。


 そう、わざわざすっと立ち上がり、明らかに蒼士に向かって檻の中を歩いてきたのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ