まっか
「つ、次から次へと!」
ボヤきつつも、蒼士は一旦廊下へ出てから、リビングへ向かった。
入ると思った通り、紅林が後ろ手に縛られたまま立ち上がったところだった。音がしたのは、立つ際にガラステーブルに足をぶつけたためらしい。
当然、紅林は痛そうにしていたが、蒼士を見るなりおっとりとした顔が増悪にゆがんだ。あまり他人にそんな目で誰かに見られたことのない蒼士としては、自分の方こそ大ダメージを受けた気分である。
「このっ――」
お陰で、紅林が何か罵ろうと口を開きかけた途端、まだ話すかどうかは迷っていたのに、先に白状してしまった。
「待った、俺は魔王じゃない!」
いきなりの言葉に、さすがに紅林も黙り込んだ。
別に信じたわけでもあるまいが、蒼士(魔王)の出方を計りかねたのか、戸惑いの方が先に立ったようだ。
「なにを言って」
「計略で交代したんだよ、交代!」
相手がなにか言う前に、また蒼士は捲し立てた。
「最初は魔王ジェイガンに脅されてやむなく魔法で身体を交換することになったんだが、事前に計略を考えて、あいつを葬ったんだ」
「……嘘よ、そんなの」
勢いは落ちたが、まだ紅林は眉をひそめている。
ただ、もう怒鳴ろうとはしていなかった。
「気持ちはわかるが、少し俺の話を聞いてくれ。説明するからっ」
蒼士が自分から率先して座ると、釣られたのか、紅林もふらふらと座った。そういえばまだガムテープをほどいてないが、それは説明後の方がいいだろう。
そこで、蒼士はなるべくわかりやすく、そしてかいつまんでこれまでの経緯を説明した。紅林は途中から、なぜかどんどん顔が赤くなっていたが、とにかく説明の最後まで黙って聞いてくれた。
そして……ようやく蒼士の説明が終わると、いきなりぽつんと尋ねた。
「そ、その話の流れだと……貴方が森岡君ってことになっちゃう」
「……いや、なっちゃうもなにも、俺は確実に森岡蒼士だよ。外見がこんなになっただけ」
憮然として言うと、いよいよ紅林の動揺が激しくなってきた。
今や、白い顔に脂汗まで浮かべている……それも大量に。
「し、信じられないもんっ」
「もんって言われても、実際そうなんだって」
「じゃ、じゃあ……中一の夏に、わたしと森岡君がはじめて話した時のことを言ってみて。でないと、信じられない!」
「……はじめて?」
そう言われ、「紅林は美人だけど、なんか大人しい子だなあ」としか見ていなかった蒼士は、改めて考えてみた。
そういえば、はじめて「あ、こんな子がうちのクラスにいたんだ」と思ったきっかけが、確かにあった。中学に入学して間がない頃、夏休みを迎える前だったはずだ。
「確か……街で絡まれている紅林を見て、声をかけたような」
ようやく記憶が蘇り、言葉にすると――いきなり紅林の顔がぼっと真っ赤になった。これまでだってうっすらと頬を染めていたが、今や病気かと勘違いしそうなほど、極端に真っ赤になっている。
「な、なんだ!?」
その急変にも驚くが、紅林本人が俯いて小さく身を丸めてしまった。後ろ手に縛られているので、ひどく無理な姿勢だった。
「なんだよ、どうしたの?」
「ほ、本当に……その……森岡君? 死んでなかったの?」
「死んでない。死んだのは魔王の方」
即答すると、「あぁああううう」とか、妙な喉に絡む声を出す。
「だから、どうしたんだよっ」
「だって……」
俯いたままなので、長い髪が都合よく顔を覆い隠していて、表情が全く見えない。ただ、むちゃくちゃ動揺しているのだけはわかった。
ある程度予想もできるのだが、そのうち本人が小さい声で呟いた。
「は、恥ずかしい……もう死にたい……です」
「いや、死ぬなよ!」
苦笑して蒼士は立ち上がる。
「とにかく、もう疑いは解けたんだよな? なら、ガムテープほどくけど、いきなり首締めたりしないでくれよ?」
「ああぁあああ……言わないでください……」
いよいよ恥ずかしそうに言われたので、これはもう大丈夫だろうと思い、蒼士は紅林のそばに近づく。
座ったまま、胸が足につくほどソファーの上で丸まっている紅林の両手から、慎重にガムテープを取り除いた。幸い、俯いて後ろ手なので、さほど時間がかからずに作業は終了した。
驚いたのは、両手が自由になった瞬間、紅林がその両手でぱっと顔を覆ってしまったことだ。そしてまた同じ俯いた姿勢に戻り、しきりに「恥ずかしい恥ずかしい」と連呼していた……囁くような声で。




