苦し紛れのハーレム発言
「まずいっ。紅林、今は騒ぐなって!」
「気安く呼ばないでよ、人殺しっ」
大和撫子の見本みたいだった紅林亜矢が、人が変わったように叫ぶ。ティーヌが背後で固めた腕の拘束をなんとかほどこうとしていて、めちゃくちゃ暴れていた。
「森岡君を返してっ。返してようっ!」
俺が森岡だって! と言いたいのは山々だが、今はまずい。
見かねたのか、いきなりティーヌの手がすっと動き、次の瞬間、紅林はくたっと彼女の腕の中で弛緩した。
「おい、まさか!」
「大丈夫です、気絶させただけです」
ティーヌ自身も呆れたように首を振っていた。
「本来、蒼士さんにここまで無礼な口を利く女は容赦しませんが。でも、蒼士さんのことで悲しんでいると思うと、殺しにくいですね……」
「いや、殺すなって! 同級生なんだしっ」
慌てて手を振っているうちに、ドカドカと緑色のゴブリンどもが駆けつけ、全員、その場で平伏した。
「魔王様っ、失礼しました!」
「その女をこちらへっ。すぐに片付けますっ」
「なんでしたら、我々で食ってしまいますっ」
ぶるぶる震えながら、十匹近く集まった連中が、口々にそんなことを吐かす。
状況が状況だけに、対応に困るところで……しかも、ティーヌ自身が「どうしますか?」と言いたそうに蒼士を見ていた。
こ、ここはどうしても、演技力が要求されるらしい。
蒼士は覚悟を決め、なるべく落ち着いた態度を作り、ニヤッと笑ってみせた。
上手くできたかどうか自信はないが、少なくとも顔を上げかけていた奴らは、全員がまた頭を路上に擦りつけた。
「ふん、おまえたちに任せる気はないぞ」
落ち着け、いいか落ち着いて話せ!
自分自身にそう言い聞かせながら、蒼士はゆっくりと口にする。
「いいから、散れ」
「ま、まさか魔王様、御自らっ」
驚いたようなざわめきが聞こえたが、蒼士はこれにも首を振った。
「いや……俺はもう決めた。こういう無礼な女は、俺のものにしてくれる」
必死に考えた末、そう言ってのけたが、途端にゴブリン達がそっと顔を見合わせ、一人が醜い顔を上げた。
「その……では、いつものハーレム行きということですか? 差し出がましいですが、そいつは別に普通の身分の女だと思いますが」
「……うっ」
いつものハーレムとか言われても、蒼士には何のことやら見当もつかなかった。
このクソ魔王、ハーレムなんか持ってたのか、死ね!
などと、大いにむかついただけである。しかし、話を合わせる必要はあり、わざと悠然と頷いて見せた。
「いいさ。たまには俺も普通の女が味わいたい」
わざとらしく、ティーヌが確保している紅林の元へ歩み寄り、か細いおとがい(下顎)に手をかけて、ぐっと持ち上げた。
魔王ならしそうなことを、あえて演じたのである。
……すると、目を閉じた紅林の失神顔が目を見張るほど綺麗で、逆に動揺する始末である。そういえば、あまり間近で女の子の顔を見たことなどない。
「お、おほんっ。よ、よくよく見れば、そう悪くない女だしな!」
ごまかすため、超適当にそんなことを言うと、ゴブリン達はまた全員が平伏した。
なんでまだ帰らないのかと苛々したが、ティーヌが代わりに命じてくれた。
「聞こえたでしょう! ジェイガン様のご決断は下った。全員、元の任務に戻りなさい!」
『ははあっ』
だみ声が一斉に上がり、ゴブリン達は、短槍を担いで飛ぶように去って行った。
助かった!
「ティーヌ、ありがとう。ほっとしたよ」
小声で感謝の言葉を述べたが、ティーヌは目を閉じたまま、俯いていた。
「……え~、どうかした?」
「ハーレム……に入れるのですか、この娘」
蚊の鳴くような声で、そんなことを言う。
「い、いや、それはただの言い訳! 今そうでも言わないと、あいつらがすっきり納得しないだろうっ」
「……本当に?」
「ホントだって!」
まさかこんな目立つ美女が自分に嫉妬などするとは思わず、蒼士は心外な気分でそう答えた。
「それより、紅林だよ。ひとまず、部屋まで運ぼう。それからまた考える」
「では、わたしが運びますわ」
ティーヌはまだじっとりと考え込んでいたが、そのままさっさと紅林を肩に担ぎ上げた。抱き上げるとか、そういうことはしないらしい。
まるで荷物のような扱いであり、随分なやり方である。
蒼士はこっそりため息をついた。
どうも彼女は……自分以外の人間については、さほど敬意を払ってないようだ。
そこは他の魔族とそう変わらないかもしれない。




