同級生の思わぬ絶叫告白
ただ、さすがにもう今日は何も起きないだろうと蒼士は踏んでいたのだが――。
それは、まだまだ甘い見通しだったらしい。
というのも、駅前広場を出て、ティーヌが案内する「蒼士様にお勧めのマンション」とやらに向かう途中、前から女の子が走ってきたのだ。
路上を一心不乱に駆けているが、ブレザーとネクタイの制服姿であり、女子高生そのものである。
おまけに、蒼士の知り合いでもあった……同じ学校に通う、同級生なのだ。ただし、普段、ほとんど話したことがないが。
蒼士が心底驚いたのは、普段大人しそうに見えたその子――紅林亜矢が、なんと制服姿のままで、出刃包丁を持って走ってきたからだ。
「――ジェイガン様の前で、何者っ」
早速、ティーヌが警戒して前へ出ようとしたが、蒼士は止めた。
「いやいや、ちょっと待って。知り合いなんだ」
「えっ」
止めている間にも、歩道の向こうから紅林がダッシュで走ってくる。しかも涙で頬を濡らしていて、いつになく激情にかられているようだった。
「……どうしたんだよ?」
誰に向かってだ? と思って蒼士が振り向いても、自分達以外には誰もいない。
だいたい、魔王が歩いているところに、散歩のつもりで同じように歩く物好きもいないだろう。
「よくもよくも、よくもぉおおおっ!」
すぐ目の前まで走ってきた紅林が、ようやく叫んだ。
視線はまっすぐ、蒼士に固定である。幼女の頃からのおかっぱ頭を、そのまま長く伸ばしたような髪型だが(普段は)落ち着いた物腰のせいか、密かに学校内にファンも多いと聞く。
しとやかな、和風の美人さんだったはずだ……普段は。
しかし……今や紅林は髪を振り乱し、頬は涙でべとべとの有様だった。
大きな瞳を一杯に見開いて、ただひたすら蒼士を睨んでいる……おまけに、出刃包丁を両手で構えて走ってくるのだ。
「よくもあんなことぉおおおっ」
「おいっ」
「無礼者、なにをするのっ」
さすがに止めるしかなかったのか、寸前でティーヌが紅林の腕を掴んだ。素早く手を捻り上げて武器を落とさせ、背中で両手ごと固めてしまう。鮮やかなものだった。
「離して、離してようっ」
「お、おい……どういうことなんだ?」
蒼士は、自分がジェイガンの姿になっているのも忘れて、思わず両手を広げた。
なんでまた、普段ろくに話もしなかった同級生が、自分を殺そうとするのか。
「とぼけないでっ」
紅林が、普段は絶対に出さないような金切り声を上げた。
「森岡君を殺したくせにっ。あんなひどいことしたくせにっ」
「……えっ」
返事を聞いて、蒼士は二度びっくりである。
まさか、原因が自分のせいだったとは!?
「俺……じゃなくて、森岡蒼士の死で怒ってるのか」
「そうよ、他になにがあるの、馬鹿あっ」
今や紅林は、怒鳴りまくっていた。
複雑な表情のティーヌが後ろでがっちり押さえているので身動きできないのだが、それでもなんとか前へ出ようと暴れている。
もう出刃包丁は下に落としているのに、全然諦めてなかった。
「三年前におまえが来てひどいことを始めても、わたしはまだ耐えられたっ。日常生活がボロボロになっても、まだ泣きながら我慢できたっ。でも、もう我慢できないっ。おまえは、森岡君を殺したわっ。ちゃんと近所の人に訊いたんだから!」
泣き喚きながら、紅林が弾劾する。
「好きだったのに! 中学生の頃からずっと好きだったのに。なのに、おまえが森岡君を殺しちゃったあああっ」
喚きに喚くと、最後に「わあああっ」と大声で泣き出した。
女子高生がここまで人目を気にせずに泣くのを、蒼士は初めて見た。
しかも……まさか……まさか、そんな理由だったとは! 自分が好かれている自覚などまるでなかったので、蒼士にしてみれば天変地異が起きたようなものである。
「あ……しかし……」
俺、おまえとあんまり話したこともないのに……と言いかけ、危うく自重した。
今はまずい。なんといっても、魔王の姿なのだ。
しかも、もっともまずいことに、騒ぎを聞きつけたゴブリン兵士どもが、大勢駆けつけてきた。




