元魔王曰く、「ヤバい女」
そして、駅前広場に走り込んできた連中は、綺麗に全員がその場で止まった。
例外なく全員が、驚いたように上空のティーヌを見上げている。
ただ……さすがに黙って従う者ばかりでもなかった。
「おまえは処刑が決まっていたはずだ、エグランティーヌ!」
どうやら高レベル魔族の一人らしく、ティーヌにも遠慮のない物言いである。しかも見るからに恰幅のいい男で、凶暴そうだった。
なぜか、頭をガードする鎧などかぶっている。
おまけに目が真紅で、いつもの蒼士なら、遠くから見かけただけですっ飛んで逃げるだろう。今は逃げるわけにもいかないのだが。
「わたしの処刑は、ジェイガン――様によって取り消された。そして今日のハンティングも同じだ。中止ということなので、さっさと魔界領内に戻りなさい」
「はははっ、そんなことがおいそれと信じられ――ぐわぁあああああっ」
「ええっ」
奇しくもその男と蒼士の声が重なった。
他の連中には聞こえなかったであろうことが、唯一の慰めである。しかし、誰だって驚くのではないだろうか……なにしろ、ティーヌが無言で片手を天に突き上げたと思うと、ぶっとい雷光がまとめて降ってきたのだから。
晴天にも関わらず、ドカドカと青白い雷光みたいなのを浴びまくった男は、下手なダンスを踊るような動作を演じ、悲鳴を上げながら倒れた。
顔面からモロに路上に倒れ込んでいて、ぶすぶすと体中から煙が上がっている。
……どう見ても、死んでいるようにしか見えない。
いきなり魔法攻撃をしかけたティーヌ本人は、なんの反省もしていないようなしれっとした顔つきで地上へ降り立ち、他の連中をぐるっと見渡した。
「まだ異議がある者がいれば、聞きましょう」
いつの間にかその場に膝をついている同族達に、ティーヌが醒めた瞳で尋ねる。
今や彼女はその特徴ある瞳を開いていて、冷え切った眼差しで彼らを見据えていた。
「い、いい異議ではありませんが……その、魔王様のご命令だというのは……た、確かでしょうか」
さっきの男より全然下っ端っぽく見える、半魔獣の男が懸命な声で尋ねる。
うっすらと光るティーヌの目が睨むと、慌てたように両手を振った。
「もちろん、命令とあれば従います、従いますっ。魔王様の命令は絶対ですので!」
「当然です」
ティーヌは微かに頷く。
「疑いを持つ者がいるようですが――」
落ち着いた態度で、すらすらと大嘘を並べてくれた。
「重ねて言いますが、わたしはジェイガン様の温情で既に許されているし、中止命令も魔王様から確かに伺っています。――ですわね、ジェイガン様っ」
いきなり振り向かれた蒼士は、見苦しいほどわたわたと焦った。
まさか自分に振られるとは思っていなかったのだ。
「お……おぉ」
とりあえず返事はしたものの、我ながら今のは気が抜けたような声音だったし、魔族どももきょとんとしていた。
そもそも、蒼士が目立たないように立っていたことに気付いていた者も皆無だったらしく、みんな慌てて平伏する始末である。
ただ、幸か不幸か抗議する者は全くいないようなのは助かった。
ティーヌが「わかったなら、とっとと戻りなさい!」と光る大鎌を振り上げると、全員が跳ね起き、鮮やかとも言える散りっぷりで、たちまち元の方角へと走り去った。残るのは、煙上げてる黒焦げの死体のみである。
仕上げにティーヌは遠目にガタガタ震えてこっちを見ている監視員を見つけ、鋭く呼びつけた。
「監視員っ。死体を片付けておきなさい!」
「は、ははあっ」
……いつも薄気味悪い笑みを浮かべるか、それとも涎を垂らして通行人を見ているゴブリン兵士が、すぐさまあちこちから飛んできた。
死体処理はそいつらに任せ、ティーヌは巨大な大鎌を軽く一振りして消してしまうと、悠然と蒼士の元へ戻ってきた。
「蒼士さん……全部終わりました」
しっとりと優しい声で囁いてくれたが……さっきの冷たい声とはずいぶんな差である。ギャップが激しいこと、この上ない。
「う、うん……」
蒼士はガクガク頷きつつも、タイミングよく思い出していた。
そういや……魔王はこのティーヌを「ヤバい女」だと言ってたような。
「どうかなさいまして?」
心配そうに言われ、蒼士は慌てて首を振る。
「いやぁ、なんでも」
無理して笑ったが、笑顔はだいぶ引きつっていたかもしれない。




