ハンティング
ティーヌに訊いたところ、基本的に魔王は地続きになった魔界領域の居城で過ごすらしいが、もちろんこの自治区内で休む時もあるらしい。
ただ、その場合は特に場所を選ばず、その時に気が向いた建物に立ち寄り、休むのだと。
それを聞き、蒼士は駅近くのマンションで休むことにした。
どうせ空き部屋は山ほどある。
元の部屋に戻ることも考えたが、さすがに今すぐは控えた方がいい気がする。
戻るにしても、少しほとぼりを覚ましてからの方がよい。
そこで蒼士は、ティーヌに死体の処理と痕跡を残さないように頼んでおいた。
「わかりました。では、蒼士さんが休む場所を決めたら、すぐに取りかかりましょう。それまではご一緒しますわ」
「わ、悪いね……右も左もわからないもので、つきあわせてさ」
「とんでもありません」
「ははは……ていうか、もう解放されたんだし、敬語じゃなくてもいいよ」
「なにを言われます。今後は魔王として君臨する身ではありませんか……そのうち、魔界の居城へもお顔を出さないと」
「……ば、バレてしまう?」
心配になって訊くと、ティーヌは複雑な表情を見せた。
「気まぐれな男でしたから、別に半年や一年は魔界の本領に戻らなくて大丈夫かもしれませんが……しかし、それだと腹心達が自分の方から訪ねてくるかもしれませんね」
「まあ、それはもう少ししてから心配するよ。さすがに今日は、いろいろあって疲れたから」
「よくわかります」
微笑してねぎらいの言葉をかけられ、蒼士も思わず緩んだ笑みで応えてしまう。
とその時、秋葉原中に響き渡るようなサイレンの音がした。
「――あっ」
「あら」
蒼士とティーヌは同時に声を上げ、顔を見合わせる。
「あの男(元魔王)、今日をハンティングの日に指定していたようですわね」
「ハンティングっ」
蒼士は一瞬で血の気が引いた。
ハンティングとは、魔族戦士達が人間を狩ってもいいとされる日だ。
これは魔王が事前に指定するが、人間側には一切、日時を知らされない。常に、サイレンの音が合図となって、いきなり戦士が雪崩れ込んでくる。
この指定日に限り、一人あたり二人までは、自治区内の人間を狩っても許されるのだ。
半時間という制限時間つきだし、雪崩れ込んでくる魔族戦士も、五十人までという制限があるが、このハンティングのせいで、自治区内の人間達は恐怖の日々を送っているわけだ。
なにしろ、いつ何時サイレンが鳴って、自分が狩られるかわからない。
むかつくことに、ハンティング日に合わせて抽選して決めているらしいが、もちろん、蒼士達には抗議する術などない。
面白半分に惨殺されるのはもちろんのこと、食人の習慣がある低レベル魔族に食われたりもする。ついでに言えば、男女の別なく犯される危険性もあったりして、油断ならない。死んだ方がましだと思うようなことが、実際に起きるんである。
「ちゅ、中止しなきゃっ」
一瞬、周囲の悲鳴と喧噪に合わせて、自分も逃げそうになった蒼士だが、よく考えたら、そもそもこういうのを止めるのも、自分の目的だったはずだ。
「なんとかして止めないとっ」
早速、境界線を越えて侵入してきたのか、醜い姿の半魔獣や低レベル魔族、それに数は少ないながら、高レベル魔族もいそうだ。
そいつらが、中央通りの方から一斉に、(電気街口の)駅前広場に雪崩れ込んでくる。
ちょうど広場を出るところだった蒼士達には、まだ全然気付いていないようだ。
「ハンティング中止は、この三年で前例のないことですわ」
ティーヌは早口で蒼士に囁いた。
「魔王の権力なら、命令さえ出せば止めることも不可能ではありませんが……ただ、その場合はいらぬ疑いをかけられるかもしれません。なぜなら、絶対にジェイガンが出さないような命令ですから」
ティーヌは憂い顔で蒼士を見た。
「それでも、命令を出しますか?」
「……うっ」
それを聞き、蒼士は一瞬とはいえ、ためらった。
最初から下手なことをすると、本当にバレて殺されるかもしれない。
しかし……悲鳴を上げながら広場から逃げ散ろうとする人々を見て、そんな怯えは吹っ飛んでしまった。
「このせいで疑われることになってもいい! 頼むティーヌ、俺の命令として止めてくれっ」
初めて自分からティーヌの腕を取り、蒼士は懸命に頼んだ。
ティーヌは大きく頷き、逆に蒼士の手に触れた。
「頼むなどと! 蒼士さんの命令は、しばらくは全てこのわたしが遂行します……ご安心を」
力強くそう宣言すると、ティーヌはいきなり空へ舞い上がった。
初めて見たので驚いたが……やはりティーヌほどの戦士になると、空を飛ぶくらいは簡単にこなすらしい。
そのまま虚空に手を伸ばすと、ティーヌの右手が一瞬光り、白い棒状のものが握られた。
たちまち魔力の光が、手にした棒状のそれに集まり始めた。その輝きは、先端で見る見るうちに巨大な三日月型の刃へと変化していく。
空に浮遊するティーヌは、今や巨大な鎌を携えた、美しき死神のように見えた。
「全員、このエグランティーヌの声を聞きなさいっ」
「わわっ!?」
自分から頼んだくせに、ティーヌの凜とした声を聞き、むしろ蒼士の方がびびった。
この子、こんなドスの利いた声を出せたのか!




