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仮面魔王(魔界と地続きになった街)  作者: 遠野空
第二章 魔王への道
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とりあえず、第一目標はクリア……か?

 ただし、すぐに喜んでもらえるかと思ったが、あいにくティーヌは疑り深かった。


「魔王は悪賢い男です。貴方、本当に蒼士さんですか? なら、初めて立ち寄った初日に置いていって下さったパンの名称、ちゃんと言えますか?」


 ――なんだ、そのセキュリティーチェックは!




 冗談かと思ったが、ティーヌの警戒顔は、本気っぽかった。

 蒼士は呆れたし、だいたい普通の人間の記憶力にそこまで期待しないで欲しいとも思ったが、幸いにしてその質問には答えられる。


 なにしろ、最初に通りがかかった時に「そうだ、たまたま鞄にパンを入れてたな」と思い出し、檻の中へ置いて行く気になったものだからだ。

 そこで即答で「チョココルネと卵サンド!」と答えを言うことができた。

 途端に、今まで疑り深く顔をしかめていたティーヌが、ぱっと顔を輝かせた。


「まさか、成功するなんて!」


 もう、ある意味でとてもがっかりなセリフを叫んで駆け寄り、鉄格子越しに蒼士の手を握ってくれた。

「まず間違いなく、わたしも死出のお供をすることになると思っていましたわ!」


「ははは……それが成功しちゃったんだよ」


 一瞬不満だったのも忘れ、蒼士はティーヌの手の感触にぽおっとなる。





「と、ところで……当初の予定通りにティーヌを出してあげたいけど……ええと、どこへ命令すればいいのかな」


 これはあまりにも間抜けすぎる質問なので、できれば言いたくなかったが、本当にわからないのだから、しょうがない。

 だいたい魔族の命令系統にしてからが、蒼士はよく知らない。


 三年前は、ほぼあっという間に魔族の侵略に屈したからだ。これも一重に、秋葉原界隈という限定された場所を強制転移させられたせいである。

 しかし、ティーヌにとってこの質問は意外だったらしく――しかも、なぜか受けた。


 しばらく顔を向けていたかと思うと、口元に手をやってくすくす笑ったからだ。


「お、おかしいかな!?」

「ご、ごめんなさいまし……でも、蒼士さんはご自分の立場に慣れる必要がありますわね、確かに」


 ティーヌは囁くように言うと、あっさり教えてくれた。

「一番早いのは、素手でこの鉄格子をねじ曲げることでしょう。今ならまだレベルダウンしていないでしょうから、簡単なはず」


「お、俺がぁ?」

 一部、わけのわからない箇所もあったが、蒼士は思わず眉根を寄せた。

 この鉄格子は、一本一本が今の蒼士の掌にすら余る太さで、そんな簡単に曲げられるとは思えない。

 それでも、左右の鉄格子に両手をかけ、駄目元で力を入れてみると――なんと、割と簡単にぐんにゃりと曲がっていくではないか。


「う、うわあ」

 驚きはしたものの、蒼士は細身のティーヌが出られるくらいの隙間を作るまで、力を入れるのをやめなかった。

 そして、ようやく出られるくらいの隙間が広がると、即座にティーヌが飛び出してきて、いきなり抱きついてきた。


「え、ええっ!?」


 よもやそんなことをしてくれるとは思ってもみなかったので、蒼士は棒立ちのまま、香しい身体に抱かれるままに立ち尽くす。

 なんというか、しっかりとティーヌの両腕が背中に回されていて、もうこの感触だけでも一生、忘れないような気がした。


「ありがとうございます! 今後は、このエグランティーヌ・ド・エルフレーリアが、蒼士さんのために働きますわっ」


 甘い声で耳元で囁かれ、蒼士は夢見心地になった。

 というのも、彼女の戦闘スーツが下着のボディースーツみたいな見かけにふさわしく、こうして密着すると、胸の柔らかさと大きさが、嫌でも実感できるのである。


 正直、理性が吹き飛びそうな衝撃だった。




「は、働くって?」

 蒼士は、それでもなんとか訊き返した。


「……蒼士さんは、当面は魔王ジェイガンとして生きるのでしょう?」


 ようやく身体を離したティーヌが微笑する。相変わらず瞳を閉じているものの、その洋風の女神像みたいな顔は、間近で見ると息を呑む美しさだった。

 ただ、今は身長差が広がったせいか、ちょっと彼女を見下ろす形になっているのが戸惑うが。


「ま、まあね……他にしようがないし」

「そのお手伝いをするということです」

「あ、ああ、なるほど……そりゃもちろん、俺が頼みたいほどで」


 蒼士はようやく納得し、苦笑した。

「早速、お願いしたいんだけど」

「なんなりと」

 優しい声音でまた囁かれ、蒼士は真面目に答えた。


「いや……俺は今晩、どこで眠ったらいいのかなと」


 途端に、ティーヌは驚いたように顎を上げ――次の瞬間、声を上げて笑った。



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