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仮面魔王(魔界と地続きになった街)  作者: 遠野空
第一章 わずかな生存確率への賭け
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生き残ったのは

 まだ向こうは全然元気そうだし、今の時点でなぜバレたのかさっぱりわからないが、あの目つきは間違いなく、蒼士が何をしたか悟っている!


(こ、殺されるっ)


 震え上がった蒼士は、目の前に魔王がいるにも関わらず、逆に突っ込んだ。

 これは元々、夜通し考えていた対応策の一つで、万一にも身体を交換した直後に目論見がバレた場合、迷わずそうしようと決心していた。


 なぜなら、身体を交換しても魔法が使えないと魔王は言っていたが、少なくとも筋力は人間の時よりも大幅にアップしているはずであり、人間の蒼士と比べものにならないはずである。

 だから、意表を突けば突き飛ばすのはわけないと踏んでいたのだ。




 幸か不幸か、これは蒼士の思った通りだった。こっちへ掴みかかろうとしていた魔王は、蒼士の体当たりに簡単に吹っ飛ばされ、キッチンのテーブルをバラバラに破壊して、リビングの方へ転がり込んでいった。


 むしろ、明らかに普段よりパワーアップした肉体を持てあまし、蒼士の方まで勢い余ってよろめいてしまった。


(だけど、これで時間が稼げるっ。あとは部屋を走り出て逃げてしまえばいいっ。時間を稼ぎさえすれば、俺の勝ちだ!)


 そう思い、昨晩散々考えた通り、蒼士は魔王がどうなったのか見ようともせず、そのまま玄関の方へ走ろうとした。

 しかし――キッチンから廊下に出ようとしたところで、リビングの方から喚き声がした。


「待ちやがれ、クソガキがあっ」




「――っ! う、うわあっ」

 自分のものとはとても思えない声で悲鳴を上げ、蒼士は簡単に吹っ飛ばされて、廊下の壁に叩きつけられた。驚いたことに身体の方は全然なんともなかったのに、ぶつかった壁の方は、一部が完全に陥没するような威力である。派手なヒビ割れまで、四方に走っていた。


 魔王が、苦し紛れに魔法を使ったらしい。


(立て立て立てっ、立て蒼士っ。立って逃げるんだ!)


「わ、わわっ」

 生まれてこの方、ここまで必死で駆けたことはなかった。

 焦っていたせいと、ワックスのかかった廊下がつるつる滑るので、まだ無事な壁のあちこちにぶつかりつつ、蒼士ははんとか玄関口まで出た。

 そのままドアノブに手をかけたところで――ふと止まってしまう。


 ――魔王が急に静かになったのはなぜだ?

 死んだのならいいが……もしかすると!?


 ある予感に従い、蒼士は嫌々もう一度廊下を戻っていく。足音を忍ばせてリビングをそっと覗くと、カーペットに座り込んだ魔王が、腹の上に手を当ててなにかしていた。


 どう見ても、何か治療の類いに見えた。

 つまり、おそらく魔王はティーヌの予想と違ってそういう魔法も使えたか、あるいは体内の毒を除去するような術を知っているかのどちらかだっ。

  ただ、まだ立ち上がれないところを見ると、完全に毒を除去できたわけではないだろう。ならば、今この一瞬の間に何とかしないと、今度こそまずいっ。




「させるかあっ」


 脳内が沸騰するような気分を味わった蒼士は、そのままリビングへ駆け込む。

「っ! 貴様っ」

 魔王もまた、今までやっていた行為を中断して、立ち上がった。しかし、本来の肉体ではないせいか、それとも毒を完全に排除してきれていないのか、その動きはまだまだおぼつかない。

 そこへ、ショウは体当たりする勢いで突っ込んだ。


「なにっ」

「うるせえっ」


 半ば恐怖のせいとはいえ、今の蒼士は完全にぶち切れていて、自分でも思いもかけない罵倒をしていた。そしてそのまま魔王を持ち上げ、ベランダへと走り出る。

 当然、途中に大きな窓もあったのだが、構わずに体当たりでガラスを破壊し、飛び出した。


「まさか、貴様っ」

 魔王が――蒼士の顔をした魔王が初めて焦った表情を見せた。

 自分の意図を悟ったらしい。


「気付いたかよっ!?」


 蒼士は歯を剥き出して喚く――魔王その人の顔で。

「ここは六階だけど、おまえの肉体ならこの高さでも死なないはずだっ」

 そして、普通の人間である自分の肉体は、絶対に保たない!

 際どい可能性にかけた蒼士は、なにやら喚いてこっちの頭に手を伸ばそうとする魔王の腕をしっかり抱え込み、そのまま大きくジャンプした。


 思った通り、余裕でベランダの手すりを越えて飛び上がることができた。


「今度こそ、どうだああっ」

「てめぇ、絶対に殺す! 殺してやるっ」 


 空中で、自分の顔が見せる増悪の表情と向き合ったまま、蒼士は石のように落下して、瞬く間に路上のアスファルトに叩きつけられた。

 衝撃はとんでもなかったが――予想以上に痛みは少なかった。


 蒼士はしばらくじっとしてダメージの有無を確認した後、元自分の身体を離して、ごろりと大の字に転がる。


 大きく息を吸い込んで見上げると……眩しいほどの青空が見えた。


 そして、転がった死体はもはや動かない。……元の自分の肉体は、当然ながら落下の衝撃に耐えられなかったのだ。

 しばらくそのままじっとしていたが……やがて蒼士は堪えきれずに笑いはじめ……最後は大声で哄笑していた。


 俺は、賭けに勝った!


 今日からは、この俺こそが魔王だっ。

 これまでの反動からか、蒼士はかなり長い間、笑い転げていた。


 とうとう、魔王に怯える生活が終わりを告げたのだっ。



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