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しきびと  作者: 叶星玄
そして3人は3人と出会う
7/10

第1話「出会い~直衛彼方と大地吉宗の場合~」第6幕(5/25 改稿)

 仄黒い木陰とたまご色の木漏れ日が、舗装されていない剥き出しの土に斑模様を刻んでいる山奥の獣道。木々のざわめきや動物の息遣い程しか響く音はなく登山客の気配もないその道を、携帯を片耳に当てた一人の少年が走っていた。

 着慣れない感じの黒い詰め襟がどこか初々しい、高校生と思しき少年だった。身長はおおよそ160cm弱だろうか、サラサラと落ち着いたまとまりを見せる亜麻色の髪と、優しげに整った中性的な顔立ちも女子ウケしそうだ。キッチリ上までボタンを閉めた制服の着こなしが、身持ちの堅い草食系男子みたいな印象を与え、その癖どこか仔犬じみたあどけなさを感じさせる。

 彼は、最早ツーツー、としか声を発さない携帯の向こう側に向けて言い募る。


「もしもしっ、もしもし先輩っ!? ……ああもうっ、ヒトがどこから掛けてるのかも知らないで!」

 穏和そうな細面に憂鬱の色を濃くした表情を浮かべ、電話口からめいと呼ばれていた彼は頭をグシャグシャと苛立たしげに掻き回した。深緑の虹彩を湛えた瞳には、幽かな苛立ちの色が宿っている。

 アドレス帳から『夜警第七支部出向所』を急いでタップした後、しばしのコール音の後で『もしもーし?』と聞き慣れた気怠い感じのコールスタッフの声が出迎えてくれた。


「こちら新城しんじょう。現在地点は八佐霞山A-12ポイント。早速ですが、八佐霞山の結界石計五柱の内、四柱の人為的損壊を確認しました。封じていた妖気がどんどん濃度を増して、占者の予告通りの状況になっています。最後の結界石は直衛神社の管理下にあるので援護に向かうつもりですが……」

『あ、めーちゃん。胃がキリキリ締め付けられるどーしよーもない報告サックリ有り難うね。でもそのテの連絡、キミでもう四件目位になる訳よ

。――ここまで言えば、わかるわね?』

 最後に区切られた彼女の言葉の静謐さに、鳴はこっそりため息を吐きながら答える。

「……MK5って言うと古いって思われるでしょうか。これ位しか適切な単語が思い浮かばないんですけど」

『うんうん、理解が早くっておねーさん嬉しいわぁ。――人が常日頃から原稿の時間も惜しんで苦労の果てに精製してる結界石を、こーも遠慮なくぶっ壊されて久しぶりに結構ドタマに来てんのよ、おねーさん達。全力全霊でサーチするから、万一直衛神社で元凶っぽい術者と接触して、叶うことなら確保お願い――ねじ切りたいからね、直に』

『あとオレの分も頼む! くそぅ、たつのあなで待ってくれてる筈だった「ももシス!」1/16フィギュア付き限定バージョンの購入プランをフイにしやがって……! この怒りは市中引き回しの刑に処しても収まらねえ!』

『あ、そういやその辺りに栄禅寺の和尚も出撃してる筈だよな? 一週間前から「叱られ系目覚ましCD~お隣のお姉さん編~」借りパクされてっから一言言っといてくんない?』

 怨瑳の声にサラッと混じった最後の一言には勿論スルーして、鳴は痛む頭を押さえる体勢のまま、改めて自分達の組織の自由過ぎる気風を憂いていた。

 神奈川県白鐘市を活動拠点とする非営利相互扶助退魔組織――『夜警』の歴史はそれなりに長い。その始まりは第二次世界大戦後、敗戦の影響で蔓延していた人々の絶望や悲嘆やらの感情が火種となって、神隠しといった深刻な霊障が頻発していた頃にまで遡る。物資の補給もままならぬ、ロクな情報インフラすら整わない時期に起こったそれは非常に混乱を極め、その果てに痺れを切らした者がいたらしい。その『誰か』を中心にして、『その筋』の有志の関係者によって立ち上がった――神道・修験道を始めとする各分野の修祓・退魔の専門家達、それが後に『夜警』と呼ばれることになる集団である。


 そんななし崩しで立ち上がった組織ではあるものの、術式や宗派の違いによるしがらみがないというチームワークが売りと評判――というのは表向きの話で、蓋を開ければこんなもんだ。

 それはともあれ、鞄の中を確認した。ギッシリと詰まった筆記具・教科書類の底には、『夜警』からの支給武器及び自前で整備・開発している武装がギッシリ詰まっている。


『因みにめーちゃん、今の装備は?』

「……浄化用香炉とこないだ雪菜先輩から借りた梓弓に各種の護符、スタングレネード、銃砲霊符ガトリング・アミュレットは――まあ十二発が限度かと」

『んー、これが牛鬼レベルまでだったら充分なんだろうけど。……っていうか、今頃になれば電話越しにいつもの騒ぎ声が聞こえてきそうなもんよね。まさかカナちゃんもほーちゃんも一緒じゃない訳?』

 当たり前のように問いかけられて、思わず苦笑した。白鐘市で過ごした時間はまだ数ヶ月程度だというのに、夜警『でも』先輩達とのスリーマンセルは公然のものと認識されているらしい。

「先程連絡を取りましたが、台風の目って言ってたから多分その最後の砦の直衛神社で頑張ってるみたいですね。結界石の残りがあそこ一つでしたら、真っ先に異界化するのは必定でしょうし」

『あー……そうだったそうだった。こういう状況でこそ、キミ達三人のチームワークは結構安心出来るんだけど』

「僕だって伊達に先輩達にくっついてませんよ? この周辺の妖異レベルなら、『気』を込めれば殴打だけでもいけるかと」

『普段のめーちゃんに似合わない強気な発言が逆に頼もしいわね……でも あんまり無茶しないでよ? そういえば、一月前に言ってた変な霊障に掛かったかもって件、もう大丈夫なの?』


 キミ、「治った」の一言しか寄越さなかったでしょう?と、オペレーターは何気なく気遣ったつもりだろうが、その言葉は水道の栓を締めるのと同レベルの容易さで、息が秒速で詰まってむせ返りそうになった。今一番突かれたくない部分に、正に会心の一撃を喰らったからである。

 ……いや、実を言うと治った訳ではなく詳細を報告出来ない理由があるのだが、急な不意打ちを前に咄嗟に良い言い訳を返せるほど器用ではない。

 思わず言葉に詰まっていると、こちらの心境を察した訳ではないだろうが――

 そのタイミングはある意味、神の采配だったのかも知れない。

 

 小枝がパキッ、と折れるその音と共に、前方から向かい風の如く迫る気配。小石と枝の切れ端にまみれた地面を踏みしめて立ち止まり、「すいません、お出ましです」の一言と共に通話ボタンを一方的に切った。思わず安堵のため息がこぼれたのを押さえて、キッとその双眸に戦意の光を宿す。

 振り返った先にあったもの――青白い炎の鬣を薄闇の中に浮き彫りにさせた黒馬の姿を見た時、鳴は呼吸を殺して静かに身構えた。四角形を形成するラインで配置された四つの赤い眼の瞳孔が、ギョロギョロとそれぞれ異なる方向を向いて最終的にこちらに集中するおぞましい様を目の当たりにしても、眉一つ動かすことはない。

 通学鞄の留め金をパチリと外すと同時に、一丁の重厚な佇まいの機関銃――銃砲霊符ガトリング・アミュレットが姿を表す。

 重く鈍い嘶きと共に、黒馬の頭上でバチバチと火花が閃いて、やがてそれは無数、かつ黄金に色づく光球へと次々に分かたれていった。好き勝手な軌道を描いて迫るそれらに怯むことなく、鳴は地を蹴った。と、ふとした不安が頭を過ぎる。

「……出来れば、『あいつ』が気づく前にケリをつけたいところだけど……」

 ささやかな呟きは、悲鳴のような光球の唸りに呑まれて消えていった。一撃目の飛来は軽く頭を屈めていなし、片手間に懐の霊符を丸め、シリンダーに二、三枚装填。間断なく迫る光球の群れの隙間を縫って、まずは眉間――と呼んでも良いのか――とにかく四つ目で作られた四角形の中央部に一発。ズドン、とこちらに鈍重な衝撃が走ると同時に、一帯を揺るがすほどの昏い咆哮。黄金の波濤に呑まれ、その巨体が後ろ向きに仰け反った。

 次弾を再び解き放つより前に、チクリとした違和感が首筋を掠めて、鳴は本能の警告するままにバックステップで距離を取る。

 瞬間、黒馬は未だ体のみが慣性の力に従って吹き飛ばされているにも関わらず、長い首のみが平然と起き上がってグルリと鳴に照準を合わせたように見えた。そのまま紅玉の眼が不吉な輝きを放つと、頭上で形作られる光球はぐにゃりとその輪郭を歪め、収縮の後に耳を激しく打ちつける破裂音と共に次々と弾け飛んだ。

 咄嗟に顔を腕で塞ぐも流石に全ては防ぎきれず、金の飛沫の熱い残滓が頬を掠め、ヒリつくような痛みに顔を歪めた。

 ブルルル、と改めて向き直った馬は、鬣の火の粉を周辺に散らしながら蹄の音も高らかに突進してくる。

 その突進をわずかに身体を傾いでいなす。黒馬の突進は今し方喰らったダメージなど一顧だに――いや、そもそも自覚していないかのように猛然とした勢いを伴っていた。


(――体は傾いた。でも、それだけだ)


 真っ当な――というのはおかしいが、通常の妖異ならば痛覚も最低限の知性もある筈だ。 

 しかしたった今一撃を叩き込み、実際銃砲で穿った穴も塞がっていないにも関わらず、黒馬は依然よろけたような素振りも警戒の体勢も見せない。


(……誰かが放った式鬼の可能性が強いか)


 とにかく、痛みの類で動きを止められないのならば文字通り物理的に押さえるしかないだろう。


「……あんまり得意じゃないんだけどなぁ」


 知らず知らずのため息は、再び熱を以て唸り出した光球に紛れていった。 

 バックステップで光球の間を潜り抜けながら、一端身を隠せる木陰に飛び込んだ。


「えーと、確かこの辺に……」


 バッグの中に収められていた一本の筒から、使い込まれてその黒い艶が鈍くなった苦無を数本構え直す。修験道を宗派とする自分が降魔調伏の古道具として扱うならある意味こちらの方が正解なのだが、最近はもっぱら銃砲霊符ガトリング・アミュレットのような近代化した兵器にばかり頼っていたので実戦に用いるのは割と久々である。


「破っ!」


 特に詠唱は必要はないが掛け声だけはそれらしく(血の気の多い先程の通話相手の影響だ)、黒馬のすぐ手前の地面に苦無を投げつけた。瞬間。投網が広がったような黒い格子模様が黒馬を中心にドームを作り、目標をあっという間に地面に押しつぶす。天蓋の黒に紛れた黒馬の色合いは、ドームの黒と混ざり合って融けて失くなりそうにも見えたが、抵抗の気配は未だ強かった。 


(よし、今の内に――)


 作り上げた好機を見逃すまいと、核となっている式札を探るべく梓弓を打ち鳴らそうとした時だった。


 ――ぐら。


 薄い皮膜が視界全て覆ったような。逃れえない脱力感に、ほんの僅かだが足が立ち止まる。


(――嘘だろ、こんな時に!?)


 身体に起こったこの異変が意味することを、鳴はもう充分過ぎる程理解していた。ここ最近、自分にとって最大の悩みの種である『発作』の波が、悪魔のようなタイミングで身体を浸食している。弦にかかっていた指先にすら、ロクに力が入らない。

 その隙を見透かしたみたいに、脛から踵までの足先がどろっとしたぬかるみにはまる感触を覚えた時には、もう遅かった。

 足元に見える、黒ずんだぬめる水たまり。眼前の黒馬よりも、その池にこそ悪意めいたものを感じて、鳴は一瞬硬直する。――それはあの日、自らを一度は手中に置いた『奴ら』の気配に酷似している気配だったからだ。

 まさか、と思ったのも束の間、黒の水たまりから伸びてきたいくつもの触手めいた帯がこちら目掛けて襲いかかってきた。


「うわっ!」

 視界が思い切り反転し、ほの昏い森の中から一転、現在の異常状況を示す紫色の空模様へと移り変わる。首を、手を、腹を、身体のあらゆる部分を掴み上げられ、地上3メートル程の高さにまで宙吊りの体勢にされる。その拍子に白い頬をビッ、っと木の枝の切っ先が掠め、幾筋かの血が周囲に舞った。


(しまっ――)


 タイミングの悪さと自らの油断に、舌打ちする余裕すらない。

 水たまりと連動したかのように、未だ符の呪力に押さえつけられた黒馬は短い嘶きと共に再びの光球を出現させ――



 横合いから音もなく飛来した、無数の白光のへらに横っ腹を射抜かれ、転倒した。


「――え?」

 殆ど素で呟いた瞬間、殆ど光速ともいえる勢いで目を瞬かせてみる。しかし、タキシードの紳士だったり月影の某だったりした美少女戦士の助っ人が放った薔薇のように放たれたそれらは、紛れもなくへらだった。家庭用のゴム製みたいな攪拌用キッチン器具ではない、それこそ鉄板焼屋の店員がカウンターで粉物を翻す時に用いる、五角形を逆さにしたような形の小べら・またの名を起こし金の数々が、ともすれば神聖にも見えそうな光を放って黒馬に突き刺さる様。それは、いっそシュールを通り越してカッコいいのではと錯覚しそうになり、一瞬鳴はどんな表情をすればいいのかわからなくなった。


 ズル、とばかりに吊り上げていた力も自動的に弱まり、逆しまの体勢で宙へ放り出された。何が起こったかの把握よりも、まずは受け身の体勢を取ろうと身をよじらせた時だった。


 靴裏が地を蹴る音と共に、温かな感触の腕が一本、背中辺りに回されて落下速度が急速に緩まる。止まった、といってもいい――そのまま視界は黒く濃い森へと戻って、静かで軽い着地の音が耳を掠めた。

 自分を受け止めたのが誰なのか。一瞬他のメンバーの増援かと思ったが――顔を上げたそこには、見慣れた不遜な面構えがあった。


「……大河たいが……」


 それだけで、鳴は自分の望まない展開が来たことを悟り――自らの不甲斐なさに唇を噛んだ。

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