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しきびと  作者: 叶星玄
そして3人は3人と出会う
6/10

第1話「出会い~直衛彼方と大地吉宗の場合~」第5幕

 まだまだTSの欠片もない、野郎2人(現時点)でのぐだぐだ喋りです。作者が神経質かつスローペースな為、皆様の期待される展開になるにはまだ時間がかかるのでご了承下さい。

 海と寺社という特色上、鎌倉辺りとよく混同されることもあるが、一応此の街は鎌倉の市中には含まれていない、れっきとした別の市である。

 神奈川県は相模湾に面する白鐘しろがね市。土地面積は鎌倉には到底及ばないが、街の風景に溶け込むように点在している神社仏閣の数々は、そのいくつかが重要有形文化財として指定され、研究と取材に訪れる学者には事欠かない。主な地場産業は酒造業がメインで、その歴史も元禄にまで遡るという。

 ここ十数年程で若干過疎化の波が進んでいる感は否めないが、それでも近年になってから温泉の源泉が掘り起こされたことで、日帰り小旅行目的の観光客がチラホラ足を運ぶようになり、街としての賑わいはそれなりのものだった。 


 彼方達の暮らしている街は、そんな場所である。程々に快適、程々に伸び伸び出来る――


 知る者は少ないが危険じゃないにしろ、『平和』ではない温泉街。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「黙っていれば、という言葉はお前の為にあると思う時があるよ」


 陽射しの差し込む昼下がりの直衛家のとこの間にて、勝手知ったると言わんばかりにくつろぎきった様子の北都はそんな風にのたまった。切れ長の眼を覆う眼鏡を、陽光にきらめかせながら。

 クールとか理知的とか大人びたとか、とにかく涼しげな形容詞で飾られる怜悧な容貌はいつもの鉄面皮だが、声音にはそこはかとない物憂げな色が浮かんでいる。因みに座り込んだ座卓の前には温かな湯気をのぼらせる彼方謹製の手料理が整然と並び、黙々としかしかなりのスピードによる箸使いにより秒速で平らげられている。美味いと思って食べているのか相変わらず謎だが、とりあえず残されたことも味に駄目出しをされたこともない。

 すぐ真横に面した坪庭の、小気味良い音色を奏でる鹿威ししおどしと透き通ったきらめきを湛える池を横目に、彼方は『何だよ』という文句を表情の全面に押し出して応えた。

「『黙っていれば』の後にどう続くのかわからねーと、こっちも殴ればいいのか蹴ればいいのか反応しようがないんだけどな?」

「見事なまでに攻撃コマンド一択な件は、ツッコんでもらいたいなら拾わないからな。そうじゃない。売られた喧嘩は特売セール並みに即決で大人買いするような頭の悪ささえなきゃ、本業で学校を抜けることがあっても学校側からそう文句を言われることもないのにな、と思っただけだ」

 絶賛教師からの覚えのめでたい生徒代表たる模範生徒に言われると、本人に悪意があるかどうかは関係なく凄く皮肉っぽく感じる。

「学業はこの際匙を投げる他ないが基本的にスポーツ万能、当番や日直をサボったこともなければ、購買の店員が計算を間違えて多く渡した釣り銭の差額をきっちり返すし、放課後の掃除も一人だけずば抜けた手際の良さでチリ一つなくピッカピカに教室を磨き上げるのは当たり前。クラスの連中ではお前を怖がっている奴なんか一人もいないだろう。……喧嘩の停学処分と、何故か『祭』を今回に限ってエスケープしようとしているのはともかく、それさえなければ間違いなく優等生扱いでもいい筈なんだけどな。ついでに言うと、その仮装でピシッと床の間に正座して食事する姿なんて、まさにパラドックスとしか言いようがない」

「言うに事欠いて仮装と抜かしたか手前ぇ、これは俺にとっちゃ一張羅に等しいデフォルトだぞ!?」 

 文句は言ったものの、最後の部分は大いに頷けた。着崩した学ラン姿の自分が、背筋を針金のように伸ばして正座して食事している姿は正直言って違和感がある。

 白鐘第一高校の誇る問題児といえばこの人、な今年2学年になる直衛彼方がようやっとそう自覚したのは、遡ること中2の春。教室以外の、屋上や裏庭――つまりは椅子のない場所で友人達と昼休みを過ごし、何とも言えない顔で弁当をつつく姿を注視されていることに気づいてからだった。 屋上の鉄柵にもたれ掛かりながら足を崩してパンにでもかぶりついていそうな外見の自分が、繊細な箸使いかつシャンと背筋を伸ばした正座姿で弁当をつつく姿は、彼らからしてみればかなり違和感のある光景だったに違いない。

 実は育ちのいい坊ちゃんなのでは、なんておぞましい噂も囁かれ出した為に、その評判を払拭すべく殊更粗暴に振る舞っていた、ある意味不毛な時期でもある。

実際は直衛家にあるメインの座り物家具が殆ど座布団(背もたれのある椅子はキッチンと自室の二脚しかない)だけ、という環境でずっと育ってきたせいで、自然と床では正座の体勢が身体に染みついてしまったというのが本当のところである。

 因みにアルバイトの貯金が貯まったら床の間に座椅子が欲しい、というささやかだが切々とした願望を、彼方はそのちっぽけなプライドから誰にも話したことはない。


 それはともかく、親しければ親しいほど歯に衣着せない上に毒とか棘とか攻撃的な部分ばかりが目立つ物言いな昔なじみの、聞いていて常になく怖気が立つような褒めっぷりに、彼方はちょっと心と身体の距離を意識的に一歩分開く。

「……持ち上げぶりがいっそ気持ち悪いんだが。お前まさか、うちのクラスのかけ算狂い系発酵系女子どもの変な本に毒されたんじゃないだろうな?」

「そうじゃない。……よくわからないが最近のお前は、去年に比べると格段に絡まれやすくなってるだろう。もう去年の夏の時点でお前の腕っ節は周囲に知れ渡ってるんだ、ちょっかいをかける奴なんて早々いなかった筈なのに、しかも妙にたちの悪い輩にばかり」

 咄嗟に言葉に詰まって、所在なさげにそっぽを向く。即答出来ないことが肯定への何よりの証左、だというのは彼方自身が一番理解していた。

「……気のせいじゃないのか」

「勘違いするなよ、お前に瑕疵かしがあるとかいう話じゃなくて、本当に言葉通りに連中の方がお前を放っておいてくれない感じに見える、と言ってるんだ。チンピラの歩き煙草で子供が火傷しそうになったのを見て、珍しく穏便に口での注意だけで済ませようとしたら有無を言わさず殴りかかられたり」

「高校生のガキにしたり顔で注意されたから、口より先に肉体言語で会話したくなったんだろ」

 あの件も不可解といえば不可解だった。『何抜かしてんだ』『いてまうぞオラ』レベルの警告さえ発さず実力行使という点が確かに引っかかったものの、最終的には殴りかかろうとしたその腕ごと、近くのゴミ捨て場に投げ飛ばしてしまったが。

「下校間際に校門で、『頭文字泥いにしゃるでい』とか勘違い甚だしいのぼりを掲げた暴走族にバイクで取り囲まれたり。本当に見覚えはないんだよな?」

「そもそも免許取れる年齢としじゃねえだろ」

 あれは本当に驚いた。校門を一歩潜ったその途端に、ぶぉんぶぉん不快な排気音をかき鳴らすぶっといマフラーを付けたバイクに十数台ほど取り囲まれ、すれ違った記憶もこちらにはないのに『てめぇちょっと面貸せや』と来たものである。因みにこの件に関しては彼方が対応するより前に、その場に駆けつけた白鐘一高の誇る体育担当の京極(柔道黒帯)を筆頭に現国担当の武田(空手二段の彼氏募集中・2×歳)、地歴担当な愛すべき皆のおじいちゃん先生・小早川(※居合道歴数十年の剣道部顧問)といったマッシブ教員集団直々のOHANASHIを以て鎮圧されている。


 ――確かに。思い返してみれば、桜の蕾が開き始めた頃から、妙に自分の周辺が騒がしくなってきた自覚はあった。繁華街を歩く時は、自分の出で立ちを自覚しているので迂闊に誰かと肩が接触したり目が合ったりしないよう行動している筈なのに、やれヤのつく自由業への勧誘やらコンビニに便所座りでたむろする古典的なのからまで。文句は様々だが、何故か彼方を無視してくれずにしつこい程に絡んできて、最終的には喧嘩沙汰へもつれ込んでしまうのだ。 


 それこそ、『直衛彼方』の名を知っている者・いない者に関係なく――だ。


 まるで、彼方自身が悪しき何かを引き寄せる誘蛾灯になっているかのように。


「――ってちょっと待て! 徳川のアホはあれが通常運行だからともかくとして、まさかあのガキも!?」

「よくわからないが、誤魔化すんじゃない。とにかく、率直に言うが今のお前は自分の意志とは関係なく、妙に良くない者を引き寄せやすくなってきている気がする。なるべく『普通の』人間相手に騒ぎを起こすな。いつものように片倉かたくら先生辺りから漢字書き取り原稿用紙50枚分をペナルティにされる位ならまだいいが、刃傷沙汰にまで巻き込まれたりしたらオレも夜警も庇いきれない」

「言わんとすることはわかるけどな、書き取りだって十分苦行だぞ。お前知ってるのか? あのハゲ、多忙そうな学年主任の癖しやがって、放課後の教室でせっせとプリント片付けてる俺をずっと監視しながら、時々書き順の間違いポツリと指摘してきたり、ねちっこい嫌がらせしてくんだぞ!」

 だんっ!と空になった茶碗を思い切り座卓に叩きつける。思い返すだけでも背筋が震えた。

「もうあそこまでいくとホラーだろ。あいつこそ何かに憑かれてんじゃねーのか、うちの爺の出番だってのあれは」

「よっぽど恨み骨髄なんだろうな、お前がクラスの奴らにノせられてヅラ疑惑の真偽証明する為に、校内挨拶の時に持ち込んだ釣り竿振りかぶって長年の秘密を御開帳したこと」

 髪の分け目に感じた微妙な違和感をクラスメイト達に漏らし、騒ぎの発端となった元凶が他人事のように言う。

「というかお前……自分の本業が何だったかちゃんとわか――」

呆れたようにポツリと漏らしかけた北都の言葉が途切れたのは、そのタイミングで溜め池の金魚がぱしゃん、と跳ねたから――では当然、ない。


 太陽が、雲に隠れていた。空気が淀んだ濁りに染まり、池の水面には波紋一つ立たない。それだけで彼方と北都、この2人にとっては充分過ぎる程の合図だっただけである。

 

 嫌だな、と真っ正直に彼方は思う。

 昼時の、しかもさっきまであんなに心地よい日和だったのにとか、更に遡ってしまえば駅前でのあのトラブルの後に、とか色々理由づけは出来る。


 けど、『あいつら』に関しては、日常のいつどんな時に来たって歓迎出来る時なんてない。

 この、程々にトラブルは絶えずとも決して厭わしくはない日常を愛するが故の、当然の感情である。


 気づけば彼方の手は、無造作に壁の掛け軸辺りに立てかけていた木刀を掴んでいた。長さにして三尺三寸ほど、刀身を麻布でグルグルと巻き付けたその奇妙な意匠は変わらず、ただ掴んだその柄は小刻みに、かつひとりでに震動している。 

「『マグニチュードに換算して3程度のレベルじゃないか? まあ、夜警を呼ばなくても俺達で対応して――』とか考えているだろう。甘く見るなよ、俺もお前もまだまだひよっこだ」

そう呟く北都もまた、懐から静かに取り出したいつもの筆を虚空にかざし、ブツブツと彼方が十数年傍で聞いていて未だ覚えきれない真言マントラを呟く。途端、淡く穏やかな黄金の燐光が筆先に宿ったかと思えば、滑るような筆遣いで眩い梵字を描き、そこから四方に放たれる眩い山吹色のシャワーは、直衛家全体を光の天蓋となって包み込んだ。これで周辺への被害はほぼカットされる。毎度のことながら、非常に有り難い技である。

「そこまで思い上がってねえよ。今からでも近場で頼れそうな奴に連絡を――」

そこで、タイミングよく懐に仕舞い込んだ携帯の着メロが流れ出す。滅茶苦茶厳しい人達が不意に見せた優しさを思い出すメロディに今度は北都は無言を貫き、彼方も敢えて言及せずに通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『あ、彼方先輩、やっと出てくれたんですね!? ボクです、ボク!』

「じゃあボク君、名乗るつもりがないなら詐欺未遂として通報してもいいか?」

『こっちは真剣なんですから茶化さないで下さい!』

「あー、わかったわかった冗談だって、めい。……その様子じゃお前の方でも感知したんだな。今俺と北都は正に台風の目のど真ん中なんだが」

『それがわかってるからボクも急いでるんですよ! ついさっき夜警から連絡があって、夜警所属の占者全員が、八佐霞山やさかさんを震源地に大規模かつ濃密度の地脈流動を感知して、妖異の活性化と空間侵食のスピードがいつもより――!』

「そーか。それがわかってるなら手っ取り早い、早く合流よろしくな。結界は張ったから周囲への被害はもう心配ないけど、出来れば火力は押さえ気味で頼んだぞ」

 『ちょっと先輩!?』と喚く声は思い切り無視してプッ、と電源を切った。どうせあのちょっと心配性が過ぎる後輩のことだ、どんな形状の妖異と遭遇しているのかとか、重箱の隅をつつくような些細な疑念や不安をあれこれ並べ立ててくるのに違いないと思った為だ。

「後でまた文句言われるぞ」

「いつものことだろ。……あー、でもアレだな。こういう非常時ほど、あいつが慌てふためいてくれると冷静になれる」

「後輩をトランキライザーか何かと勘違いしていないか? ……つくづく思ったが、最近のお前はただ巻き込まれるだけじゃなくて、段々この土地の芸風に微妙に染まってきている気がするぞ。これも悪縁か」

 今度師範に祓ってもらえ、ともう投げ遣りに言い捨ててから、北都の視線は池の石灯籠へと向けられる。そこが一番、霊気の濁りが濃いのだと探索サーチ能力の低い彼方の霊感でもよくわかる。

 武器を構え直すと同時に、北都の言葉にてめーが言うなとか余計なお世話だよ、の一言でも返そうとした時だった。

 『悪縁』のワードで思い返す、昼前に起こった衝撃の瞬間。しかし何故だろう、先程のような怒りと嫌悪感は、状況が状況のせいか不思議と湧いてこなくて、ただ胸に積もるのは本当に純粋な疑問。


 さっきも思ったが――あの少年は本当に、悪縁には違いなかろうが、本当にただの(・・・)悪縁なのだろうか。


 ――本当に?


 彼方に、星詠ほしよみの類の才はない。でも、仕事中にも関わらずふと思ったのだ。


 何故かあいつは、そう遠くない内にまた現れる気がする。


 そう、頭の中で改めて言葉にしてみたところで、頭を思い切り横に振った。

(……こんな時に思い出すことじゃねえだろ)

 ていうかむしろ忘れた方が幸せな記憶の筈だ、と改めて自分に『ただの悪縁ただの悪縁……』とブツブツ呪文のように言い聞かせ、刀を構え直す(隣の北都の不審者を見る目には、気づかない振りをした)。


 しかしそんな束の間の逡巡も、そう長くは続かない。続けられる状況ではないのだ。


 真っ直ぐ視線を向ければ、そこにはいる。北都が言った、今日最大の悪縁であり、倒すべき課題だ。

 研磨されたように青く輝く青銅の皮膚を持つ、人間大の蝙蝠こうもりの姿を目に捉え、彼方は小さく舌打ちした。


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