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 不意に目を覚ました。目の前には、見慣れた白い天井がある。自分のベッドだと気が付くのに、さほど時間を必要とはしなかった。ゆっくりと上半身を起こせば、窓から差し込む光が、目の中へと飛び込んでくる。視界の端に、パジャマを着た自分の体が映った。

「こ、こ……?」

 自分は今まで、眠っていたのだろうか。

 とりあえず、今の時刻を確認するために、晴太は枕元へと手を伸ばす。携帯があるはずだと、手探りでシーツの上をまさぐっていた晴太は、ハッとした。

「橘さん……!」

 自分は、優人と別れようとした眞一郎を止めようと、駅へと行ったはずだ。そこで眞一郎と話し、別れるなと叫んだことまでは覚えているのだが、それ以降の記憶が、ない。

「っ……」

 慌ててベッドから降り、床へと足を着ける。が、途端視界が、ぐるりと回転した。気持ち悪い。

 ……でも、確かめなくては。眞一郎が一体、どうなったのか。

 倒れそうになる体を奮い立たせ、扉へと向かおうとすると、二、三回ノックの音が部屋へと響き、同時に、優人が部屋の中へと入ってきた。

「義父……さん……」

「起きた?」

 起き上がっている晴太に気付いた優人は、晴太の元へと歩み寄った。晴太の足がふらふらだと分かると、自分の肩を貸し、ベッドへと晴太を座らせる。

「俺……?」

「晴太ね、倒れたんだよ。風邪と興奮とが一気に来て、そのままバタン」

 優人は持って来た袋を開け、中から、熱覚まし用のシートを取り出した。晴太の前髪を掻き分け、額へとそれを貼る。ひやりとした冷たさに、晴太は一瞬だけ肩を揺らした。

「俺、どんくらい寝てた?」

「半日くらいかな。今お昼過ぎたところ。お腹は?」

 優人にそう尋ねられた途端、腹の虫が主張を始めた。そういえば、昨夜何も食べていなかったと思いだす。そこから半日寝ていたとなれば、胃の中には何も残っていないだろう。

「何か食べる?」

「食べたい……けど、気持ち悪いから無理」

 空腹感を感じるのに、今何か口にしたら、そのまま吐いてしまいそうだった。風邪特有の症状に、自分の体のことでありながら晴太は眉を寄せる。

「でも何か食べなきゃねぇ……」

 食べられそうなのであれば、何か食べた方がいいに決まっている。優人は腕を組むと、小さくうーんと唸った。

「たぶんリンゴがあったはずだから剥いてくるよ。一緒にスポーツドリンクも持ってくる」

「うん」

 優人は顔に笑みを浮かべると、今言ったものをリビングから取って来るために部屋を出ていく。ベッドの上に腰掛けたまま、晴太はそんな優人を見送った。

 熱で頭がぼーっとする。唇も乾いているし、目も乾いてしぱしぱする。

「…………」

 ベッドにもう一度横になろうかと考えて、しかし晴太は、先ほど自分が部屋を出て行こうとした理由を思い出した。

 そうだ、自分が立ち上がったのは、眞一郎がどうなったのか確かめようとしたからだ。

 今眞一郎は、どこにいるんだろう。昨夜、優人と別れようとした彼を、駅で呼び止めようとして、でもそこで倒れて――。そして、どうなったんだ?

 彼の前で倒れたのだから、自分を運んできてくれたのは眞一郎ということになると思う。だが今、彼はどこにいるんだ?

 ゆっくりと、晴太は立ち上がった。

 結局、あの二人はどうなったんだろう。先ほどの優人の態度は、いつもと何ら変わりはなかったが……。

 確かめなければ。ふらふらと扉へ向かい、晴太はドアノブを掴むと、回した。廊下へと足を踏み出し、瞬間、足がもつれる。

「うわ……っ」

 倒れる……!

 バランスを保つという考えが浮かばなくて晴太は、体に走るであろう衝撃に備えて体を固くし、目を瞑った。一秒、二秒と時間が経過する、が、体に床の感触はない。そして晴太は、自分が、誰かの腕に支えられたことに気が付いた。温かい感触に、体を受け止められたことが分かる。

 優人が、もう部屋まで戻ってきたのだろうか。

 そう思い、晴太は顔を上げた。

「たちば、な……さん……」

 目の前にいる人物に、呆然と呟く。

 そこには、眞一郎が立っていた。倒れ込みそうになる自分の体を、自分の体を使って支えてくれている。

「大丈夫か?」

 心配そうに眉尻を下げ、眞一郎は晴太の顔を覗き込んだ。

「お前熱は? うわ、まだ熱いな」

 晴太の頬に手を当て、体温を確認すると、驚いたような声を上げる。

「まだ大人しく寝とけ。それともどっか行くのか? 便所とか。なんなら連れて……」

「橘、さん……」

 自分の身を案じてくれる彼の言葉を、遮る。

 目の前に、眞一郎がいる。夢じゃない。彼は確かに、今ここに、存在していた。

「ん? どうかしたか?」

「ここにいるってことは」

 首を傾げる眞一郎の、シャツの裾を晴太は掴む。眞一郎の顔を見上げ、見つめた。

「別れてないってこと、ですよね……? 義父さん、と……」

 優人と眞一郎が別れたならば、彼は今、ここにはいないはずだ。確かめるように疑問を口にすると、一瞬だけ眞一郎は驚いたような表情を作り、それから、微笑む。笑うとえくぼができるんだ、そんなことを、晴太はぼんやりと考えた。

「ああ」

 眞一郎が、首を縦に振る。

 肯定の言葉。それは昨夜の自分の言葉が、彼に伝わったことを意味していて。

 じわり、と、目頭が熱くなった。涙が瞳から溢れる気配がする。

 ああ、きっと、熱のせいで涙腺が緩んでるんだ。だから今の俺は、熱のせいでおかしいんだ。自分に、晴太は言い聞かせた。そうでなければ、二人が別れなくて済んで、嬉しくて泣いていると、実感してしまうから。

「せ、晴太?」

 いきなり泣き出した晴太を見て、眞一郎が焦ったような声を漏らす。

 たったそれだけのことなのに、嬉しくて仕方がない。

「っ」

 晴太は勢いよく、眞一郎へと抱き付いた。あまりにも勢いが付きすぎて、眞一郎の体が、晴太の体重を支えきれずに傾く。

「う、うわっ!」

 二人して廊下に倒れ込んだ。いや、眞一郎が自分の体を抱きとめてくれたため、晴太は床に体を打ちつけずには済んだのだけれど。

 二人分の体重を受け、床が大きな音を立てる。

「ど、どうしたの?」

 すると、その音を聞きつけ、優人が階段を駆け上がってきた。その手に五百ミリリットルの空のペットボトルが握られているのを見ると、どうやら、スポーツドリンクを、そこに移し替えようとしていたところらしい。

「晴太? 眞一郎?」

 廊下に倒れ込んでいる二人を見て、一体どうしたのかと、優人が目を瞬いている。

「よか……った……。二人が、別れないで……」

 起き上がることもせず、眞一郎に抱き付いたまま、晴太は唇を開く。涙が溢れて止まらないせいで、声が微かに掠れていた。

 晴太の呟きを聞き、優人と眞一郎が、目を見開いて、互いに顔を見合わせる。だがすぐにその顔には、嬉しそうな笑みが浮かんだ。

 眞一郎の手が、晴太の頭に乗せられる。

「ありがと」

 同時に優人が、晴太と眞一郎の元へ歩み寄った。しゃがみ込んで晴太と視線を合わせると、優人は呟くようにそう口にする。

 晴太はただ、純粋に嬉しかった。二人が別れないでいてくれて。二人が一緒にいると決めてくれて。二人と一緒にいることが、できて。

 手の甲で涙を拭い、泣きながら、晴太は笑みを作る。交互に優人と眞一郎へ顔を向け、白い歯を見せた。

「二人はこれから、幸せになんなきゃいけないんだから」

 言うと、晴太につられたのか、瞳に涙を溜めながら、優人が笑った。

「もう充分、幸せだよ」


fin

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 このお話は、昔(軽く五年くらい前)某所に投稿したものでした。

 本当にBLなのかと言われると疑問も残るのですが、気に入っているお話の一つです。

 ただラストだけ随分間を空けてしまってすみませんでした。


 少しでも面白いと思っていただけたのであれば、幸いです。

 それでは、ありがとうございました!

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