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 目を覚ますと、赤く染まっていた景色は、真っ暗に染まっていた。街灯と、近所の家の明かりが、暗い道を微かに照らしている。

「ん……」

 欠伸を漏らしながら、ゆっくりと上半身を起こす。どうやらベッドに横になって色々と考えていたら、そのまま眠ってしまっていたらしい。

 目を擦り、伸びをする。シーツの上に放ってあった携帯を見れば、いつもの夕食の時間をとっくの昔に過ぎていた。ヤバい、と思う。爆睡していたから、優人が自分を呼んだのにも気付かなかったに違いない。自分から呼んでほしいと言ったくせに、なんてことだ。

 ベッドから降りると、重力に逆らう髪の感触がした。手でそこを押さえてみるが、跳ねた髪は、簡単な手櫛だけでは戻りそうにない。仕方ない。跳ねているといっても軽くなだけだし、放っておこう。

 携帯をポケットへと入れ、晴太は部屋を出ると、階段を降りた。なんとなく足音を立てないようにしようと思ってしまうのは、未だに、微かな居心地の悪さを感じているからか。

 晴太は小さく、息を吐き出す。

 夕方に、ずっと考えた。優人と眞一郎のこと。二人のことは嫌いではない。むしろ好きだ。まだ、男同士の恋人、という点においては複雑な思いだが、でもだからといって、嫌悪感を抱いたりするわけではない。

 ――もう自分は、認めているのかもしれない。二人の関係のことを。

 そして晴太が導き出した答えは、こう。

 男同士だし、仮にも父親だしと晴太は悩んでいたが、別に二人のことを否定したいわけではないのだ。眞一郎の性格もだんだんと分かってきて、少なくとも、上手くやっていけないわけではないと思う。

 それに、今さら母親として新しい女性を紹介されるより、同じ男である眞一郎の方が、ある意味上手くやっていけるかも。

 そんな考えが頭に浮かび、そんな風に考えられる自分に、晴太は苦笑した。

 階段を降り切り、リビングへと向かう。

 自分の中でも、優人と眞一郎の関係に整理がついた。ならあとは、この思いを二人に伝えるだけだ。そうすれば二人も、安心してくれるに違いない。

 認められないからといって、関係をやめるやめないというわけではない。ただ彼らは、望んでいるのだ。息子と呼べる存在が、この関係を祝福してくれることを。

 まあ認めるからといって、心の底から祝福するというわけでもないんだけど。

 心の内で呟き、晴太は無意識に笑った。

 とりあえず、腹の虫も主張を始めたことだし、まずは夕食を食べることから始めよう。

 今日の晩ご飯のメニューは何だろうと考えながら、リビングへ入るために扉を開けようとした晴太は、リビングから、優人のもの以外の声が聞こえてくることに気が付いた。

「?」

 テレビの音ではない、生身の人間のものだ。

 誰か、来ているのか?

 首を傾げつつ、晴太は扉を少しだけ開けると、そっと、中を覗き込んだ。そして大きく、目を見開く。

 え……?

 唇が開く。が、そこから声は漏れない。まるで金縛りにあったかのように、体の機能すべてが停止した。ただ視線だけが、目の前のものに注がれる。

 リビングのソファー。そこに。

 キスをする、優人と眞一郎の姿が、あった。

 世界から、音が消えるような感覚が、晴太の体を包み込む。

 初めて見る、上気した義父の顔。服越しに優人の体をまさぐる眞一郎の手。互いの瞳に映るのは、男として、相手を欲する欲情の光――……。

「ん……ッ」

 不意に優人の唇から漏れた声に、晴太の金縛りが、解けた。

 心臓が、苦しいほどに鳴っている。締め付けられるような感覚が、体中を苛んだ。それはまるで、罪悪感に似ていた。見てはいけないものを見てしまった、良心の痛みのように。

 このままここにいてはいけない。そう感じ、部屋へ戻ろうと振り返る。だが一歩を踏み出した瞬間、足をもつれさせ、転んだ。

「!」

 派手な音を立てた自分に気が付き、ハッとして振り返る。

 驚いたような顔をする二人と、目が合った。

 体が冷たくなる。心臓から血が抜けたように、頭の先から体温が消えた。

「あ……」

 何も見ていないと嘘をつける雰囲気でもなくて、晴太は慌てて立ち上がった。その場のいたたまれなさに逃げようとするが、その前に、自分の元へと走ってきた優人に手首を掴まれる。

「晴太、あの……ッ」

 珍しく焦ったような彼の声に、頭の中が真っ白になった。

 無意識に、優人の手を振り払う。

「っ……」

 自分の行動に驚き、優人の顔を見れば、彼は傷付いたように眉根を寄せていた。謝らなければと、心の奥底で自分が叫ぶ。なのに視線が合いそうになり、目を背けてしまった。

 どんな顔をすればいいのか分からない。どう反応すればいいのかが分からない。――とにかく、この場にいたくない。

 晴太はいつの間にか、走り出していた。きちんと靴も履かないまま、外へと飛び出す。背後で優人が自分の名前を呼んだ気がしたが、止まる気にはなれなかった。

 今はただ、優人の顔も、眞一郎の顔も見たくなかった。ただ今は、とにかく二人から、離れたかった。


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