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「晴太、紹介したい人がいるんだ」
その言葉と、言いにくそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を見て、折原晴太は、義父である折原優人が何を言いたいのか理解した。
二人で住むには多少広い一軒家のリビングで、晴太は深くイスに腰掛ける。飲むためにと置いていたコップをテーブルの上から持ち上げ、小さく口付けた。
母が死んでもう五年。実の子ではない自分をその間育ててくれていたとはいえ、彼はまだ三十二だ。新しい恋が来てもおかしくない。晴太はずいぶん前から、優人に恋人がいると、気が付いていた。
晴太だってもう子供ではない。つい最近十七の誕生日を迎えた今では、彼の、母以外との恋愛を、笑って祝福することができる。
「ん、分かった」
自分の前に立ち、不安そうな顔を向ける優人に、にこりと晴太は笑んだ。頷いた途端、彼の顔が明るいものへと変わる。まるで子供のような無垢な笑顔に、思わず晴太の唇に、苦笑のような笑みが浮かんだ。
今年の誕生日で三十三になる義父は、童顔なせいか、実年齢よりも若く見える。二重でぱっちりした瞳と、自分と変わらない身長、癖があり柔らかい髪質も、彼を幼く見せている原因かもしれない。二重とはいえ、特別に特徴もない容姿の自分とは大違いだ。――血が繋がっていないから、それは当たり前なのかもしれないが。唯一同じなのは、耳より少し下まで伸ばした髪型だけだろう。まあその髪も、晴太は真っ黒で、優人は茶色なのだけれど。
「じゃ、じゃあ、呼ぶね。今実は、外で待ってるんだ」
「うん」
誰が、とも、どんな関係なの、とも、敢えて晴太は聞かなかった。恋人であろうことは分かっていたし、それにその単語は、きちんと優人の口から聞きたかったのだ。
コップをテーブルの上に戻す晴太の前で、優人は携帯をポケットから取り出すと、通話ボタンを押した。少しの間何かを話し、すぐに切る。するとほぼ同時に、玄関の扉の開く音が、晴太の耳に届いた。
好奇心と、多少ばかりの不安に駆られながらも、そんな自分を落ち着かせようと、晴太はゆっくりと深呼吸する。
どんな人が現れても、晴太は祝福するつもりだった。そりゃあ不安がないといえば嘘になる。自分にとって母はたった一人だし、戸籍上は父親といえ、優人と晴太に血の繋がりはない。そこに新しい女性が来たとして、本当に家族になれるのか。
「――……」
でも。
晴太はちらりと、優人の姿を一瞥した。
優人もまた、表情に不安を隠せないでいるらしかった。なんとかして平静を保とうとしているらしいが、その手は強く、携帯を握り締めている。
優人もまた、不安なのだ。
不意に晴太と優人の視線が合う。瞳がぶつかると、優人は弱々しく、晴太に微笑んだ。晴太もつられて笑ってしまう。
――大丈夫だ。
必死に晴太は、自分にそう言い聞かせた。
優人が選んだ相手なのだ。悪い人であるはずがない。大丈夫。例え相手がブサイクだろうとデブだろうと、受け入れる。
意を決したように大きく息を吸い、晴太は、玄関からリビングへと続く扉を見つめた。ガラス張りの扉に、いつの間にか影が映っている。どうやら太っているわけではないらしく、映る影は細い。代わりに身長が高いらしく、晴太は少しだけ、首を上へ向けた。
「入って」
優人が、影に向かって声を掛ける。そしてその声を合図にしたように、ゆっくりと、まるで時間をかけるように、扉が、開いた。
「…………え……?」
相手がどんな女性であろうと、自分は否定しない。強く心に誓いながら、廊下からやって来る人物を凝視していた晴太は、入ってきた人の姿を捉え、目を瞬いた。反射的に唇から漏れた自分の声は、無意識だったせいか、とても間抜けに聞こえる。
「え?」
目を見開いたまま、思わず晴太は優人に顔を向け、目で、何かの間違いじゃないのかと問うた。だが、顔を真っ赤にして俯く優人からは、今現れた人物が、そうだということを物語っていて。
「…………――――え?」
再度口から、疑問の声が漏れる。
そりゃあ確かに自分は、受け入れようと思った。相手がどんなにブサイクでも、デブでも、優人が選んだ相手ならば、と。しかしそれは、あくまでも、相手が女性だったらという場合で――……。
「紹介するよ、晴太。この人は橘眞一郎」
驚きとショックで何も言えないでいる晴太に、優人は口を開いた。
「おれより五つ下の二十七で、――おれの恋人、なんだ」
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