碑文
始めに言があった。
言は光であった。
光は最も純粋な力であった。
世界は光で満たされていた。
光には何の意志もなく、また意識もなかった。
何も願わず、何も思わず、何も感じず、ただ広がるだけだった。
広がれば、空間が生まれる。
空間が生まれれば、闇が生じる。
光に引きずられるように、闇は拡大した。
光と闇が混じり合い、そして物質が形成される。
形成された物質は、空間の拡大に従い、拡散していった。
光が物質を照らし、闇がそれを写し、影が生まれる。
影は物質に、いくつもの色をもたらした。
光は広がり、闇は拡大し、物質は散らばり、影は多様性を生み出した。
始めに意識を持ったのは、影だった。
始まりの意識とは、最も多様であるがために生じた、ノイズのようなものだったのだろう。
当初のそれは、意識と呼ぶには、あまりにも単調で、曖昧な存在だった。
だが幾度も集合と拡散と増幅を繰り返すにつれ、次第に複雑さを増していった。
やがて影の意識は、染み出すように、物質の表層へと侵食していく。
物質の意識は、多様化への流れに従って、様々な生命を生み出していった。
幾星霜の時が流れ、やがて人が生まれた。
人の意識は、光と闇に、名を付けた。
光と闇は表裏一体とされ、一柱の女神となった。
名付けられ、意識を獲得した女神は人を祝福した。
女神は世界にエリンの名を還した。
其の大地の名は『エリン』――
光と闇の女神に祝福された、人の世界。
――そして影は忘れ去られた。




